魔法絶唱シンフォギア・ウィザード　～歌と魔法が起こす奇跡～

　エスカロン空港に多数のアルカノイズが出現し、政府軍も民間人も誰彼構わず攻撃していた。

　ついさっきまで味方だと思っていた筈のアルカノイズが突如牙をむいて来た事に、バルベルデの政府軍は完全に浮足立ち散発的な反撃をしつつも各個に撃破されていた。

「コイツ等味方じゃないのかよッ！？」
「そんな見た目じゃないッ！？　うわぁッ！？」

　ノイズに比べればまだ通常攻撃も意味を成すとは言え、それでも相手は超常の力を用いた存在。問答無用で全ての物質を分解するその力を前に、軍人達の装備はなす術なく白旗を上げ数秒前まで人だった赤い塵が辺りを漂う。

　その阿鼻叫喚の地獄絵図を、カリオストロが静かに見下ろしていた。鼻歌すら歌い出しそうな気楽な様子で空港を見下ろしていた彼女に、カエルのぬいぐるみを抱いたプレラーティが近付く。

「派手に暴れて装者と魔法使いを引き摺り出すワケダ」
「あら、手伝ってくれるの？」

　やや意外なものを見るような目でカリオストロがそう訊ねると、プレラーティは小さく溜め息を吐きながらそれに答えた。

「私は楽しい事優先……ティキの回収はサンジェルマンに押し付けたワケダ」

　彼女がこちらに赴く前、サンジェルマンとどのようなやり取りがあったのか。カリオストロはちょっぴり気になったが敢えて聞かない事にした。どちらにしても面倒を押し付けられる形となったサンジェルマンが気苦労を抱えている事に変わりはない訳だし。それに何より、回収作業程度であればサンジェルマン1人で十分こなせる。人手が必要なのは、装者と魔法使いという敵を相手にしなければならないこちらの方だ。

　そんな事を考えていると上空からヘリのローター音が聞こえてきた。見上げると国連所属のヘリが飛来し、開かれた扉からはマリア・切歌・調と言う3人の装者に加えてガルドと言う魔法使いが顔を出しているのが見えた。

　待ち望んだ相手の到着に、カリオストロは楽しそうな笑みを浮かべる。

「待ち人来たり♪」

　カリオストロたちが見上げている上空で、ヘリから飛び降りたマリアとガルド達はギアと鎧を纏った。

「Seilien coffin airget-lamh tron」
「変身ッ！」
〈マイティ、プリーズ。ファイヤー、ブリザード、サンダー、グラビティ、マイティスペル！〉

　空中で変身したガルド達は、降下しながらも地上のアルカノイズ達に狙いを定め攻撃を開始する。

［α式　百輪廻］
「ッ！　マリア、あそこだッ！」
「見つけたッ！」

　地上のアルカノイズ達への攻撃をしつつ、ガルドは建物の屋根の上に居るカリオストロとプレラーティの姿を発見。互いに頷き合うと軌道を変更しカリオストロたちが居るビルの上に着地した。
　着地と同時に攻撃を放った2人だったが、カリオストロたちはそれを余裕をもって回避。ガルド達から距離を取ると反撃の錬金術をお見舞いしようとした。

「のっけからおっぴろげなワケダッ！　ならだ早速……！」

　プレラーティが伸ばした手の上に錬金術の術式が起動する。だがその発動速度はガルドが次に使う魔法よりも遅かった。

〈バインド、プリーズ〉
「捕まえたぞッ！」
「……チッ」

　四方から伸びた鎖がプレラーティの体を拘束し、錬金術の発動を阻んだ。プレラーティは忌々し気に鎖を引き千切ろうと身を捩るが、魔法の鎖はそう簡単には外れない。

　あっさり拘束された相方の姿にカリオストロは顔を顰めた。

「もう、なにやってるのよッ！？」

　流石に捕まったのなら助けてやることも吝かでは無いのだが、生憎とカリオストロの相手をしているマリアはそれを許さない。短剣を片手に素早く近付き、手数の多い接近戦で勝負に出ようとした。

「くっ！　ハッ！」

　先程オペラハウスでは接近戦でガルドを圧倒していたカリオストロも、ギアを纏った装者が相手となると接近戦は避けたいのか錬金術による弾幕で迎撃する。無数の光弾の間をマリアはすり抜けるようにしながらカリオストロに接近した。

　その間に、切歌と調は地上に蔓延るアルカノイズの群れを相手に善戦していた。

　一見するとS.O.N.G.が優勢に見えるこの戦い。しかしこの優位は薄氷の上の存在だった。何を隠そう、マリア達3人の装者のLiNKERの限界時間が近付きつつあるのだ。今はまだ適合係数も安定している。だが了子の計算ではそれもそろそろ限界で、時間が過ぎれば彼女達3人の戦闘力は目に見えて低下してしまいガルド1人であの船上を支えなければならなくなるのだ。

　そうなる前にと、マリアは限界時間が来る前にカリオストロとの戦いに決着を付けようととにかく苛烈に責め立てていた。

　それともう一つ、マリアが手数を緩めないのには理由がある。それは…………

「今度はこっちで、無敵のヨナルデパズトーリを――」
「ハァァァァァッ！」
「ッ！？！？」

　カリオストロがヨナルデパズトーリを召喚しようと術式を展開する。だがマリアはそれを許さず、攻撃の手が緩んだ一瞬の隙に接近し彼女の頬に左の拳を叩き込んだ。

「攻撃の無効化、鉄壁の防御……だけどあなたは無敵じゃないッ！！」
「あぁんッ！？」

　マリアに顔面を殴られた事で、カリオストロが発動しようとしていた術式はキャンセルされ娼館は失敗に終わった。

　これがマリアが勝負を急ぐもう一つの理由。現状ヨナルデパズトーリに対抗する策が存在しないので、出来る事は召喚される前に術者を潰す以外になかったのだ。

　RPGでよくある、低レベルクリアの鉄則と同じだ。やられる前にやる。

　カリオストロがマリアに釘付けにされている頃、プレラーティは自力でガルドからの拘束を解いていた。錬金術で衝撃を発生させ、それにより体に巻き付いていた鎖を弾き飛ばす。

　自由になったプレラーティに、拘束が無意味と知ったガルドは直接攻撃に切り替えた。マイティガンランスを振り回しプレラーティを責め立てるが、彼女は身長差と即座に展開できる障壁を使って彼の攻撃を巧みに躱していた。

「くっ！　すばしっこい……！」
「ふっ！　所詮野蛮な魔法使い、力押ししか能がないワケダ」
「姑息な手しか使えないお前らに言われたくないな！」
「何を……！？」

　互いに舌戦を繰り広げながら戦う2人。ガルドもまたプレラーティがヨナルデパズトーリを召喚する可能性を考え、彼女の集中力を乱す為こうして口先でも挑発していたのだ。普段の彼ならこんな言い方はしない。

　マリアとガルドが錬金術師を相手取り、切歌と調がアルカノイズを始末していたその時、突如3人のギアがスパークしマリア達が苦痛に表情を歪める。

『適合係数、急激に低下ッ！　まもなく、LiNKERの効果時間を超過しますッ！』
『ッ！？　司令ッ！　ガルドの交戦地点に、滑走中の……！』
『航空機だとッ！？』

　煙を突き破る様にして、ガルドとプレラーティが戦っている場所に一機の飛行機が接近してきた。その後ろには、飛行機を追い立てるように無数のアルカノイズが迫っている。
　そこで漸くガルドは、今自分が居る場所が滑走路の真上だと言う事に気付いた。

「マジかよ、アクション映画じゃねえんだぞッ！？」

　まさかこんな状況で尚飛び立とうとする機があるとは思っていなかった。一歩間違えば他の機体の残骸や流れ弾を喰らって大惨事となる可能性もあると言うのに。
　いや、或いはこんな状況だからこそだろうか。座して死を待つくらいなら、一か八かに賭けて飛び立とうとする機長の考えも分からなくはない。

　兎に角ここに居ると離陸の邪魔になる。即座にこの場を離れたいガルドだったがそうするとプレラーティを自由にしてしまう事になった。この状況で錬金術師を自由にしてしまえば、それこそ何をされるか分からない。

　ガルドが悩んでいると、切歌と調の2人が飛行機の方へと向かって行った。そして追い立てているアルカノイズを減らしつつ、離陸を手助けしようとしている。

「こっちは私達に任せるデス！」
「ガルドとマリアは錬金術師をッ！」
「……よし！」

　危険が伴うが、ここは2人に任せるしかないとガルドは力強い目をプレラーティに向ける。対するプレラーティは彼に呆れたような目を向けた。

「お人好しと言うか、馬鹿と言うか……無関係な連中など放っておけば……」
「お生憎様。こちとらそんな単純な性格してないんでね！」

　ガルドはマイティガンランスを大きく振りかぶり、フルスイングしてプレラーティに叩き付けた。軌道が見え見えの攻撃を、彼女は障壁でいとも容易く防いで見せる。

　それこそが彼の狙い。先程プレラーティは互いの体格差を利用してちょこまかと動き回りガルドの攻撃を躱していたが、今度は彼の方が体格差を利用した。
　即ち、そのまま勢いに任せて彼女を滑走路の上から追い出したのだ。

「くぅっ！？」

　振り回されるようにして放り投げられたプレラーティが飛ばされた先には、マリアと戦っているカリオストロの姿があった。カリオストロは視界の端に自分の方に向けて飛んでくるプレラーティの姿を捉えると、ギョッと目を見開き咄嗟に受け止める体勢を取った。

「ちょっ、プレラーティ、わっ！？」
「ぐっ！？」

　ぶつかり合いもつれ合う様にして倒れるカリオストロたち。一方ガルドはマリアと合流し、LiNKERの効果時間を超過し戦闘力が大幅に下がった彼女を守る様に立った。

「マリア、お前も下がれ！　切歌と調の……」
「お断りよ。あの2人は私の手助けが必要なほど弱くは無いし、この2人はあなた1人の手には余る相手だわ」
「しかし、もう3人とも制限時間が……」

　これ以上彼女達に無茶はさせられないと、ガルドはマリアを下がらせようとした。だがマリアはそれを拒否し、彼の隣に立つと体勢を立て直しつつあるカリオストロたちと対峙した。

「私達を大事に思う様に、私もあなたが大事なのよ。あなたに何かあれば、セレナが悲しむんだからね」
「そう言われると……むぅ……」

「喧嘩してる暇があるのかしらッ！」

　2人が口論している間に体勢を立て直したカリオストロとプレラーティが戦闘を再開した。放たれた錬金術を、ガルドが槍で防ぎその隙にマリアが接近して2人を攻撃。素早く振るわれる短剣を、錬金術師2人は障壁で防ぎ距離を取った。

　距離を取りつつプレラーティはマリアの背に攻撃しようと術式を組む。ガルドはそれを阻止しようと、一度砲撃をお見舞いするとその攻撃に紛れて接近した。
　プレラーティとの戦闘の最中、ガルドはチラチラとマリアの戦いの様子を見る。やはり効果時間を過ぎての戦闘は辛いのか、激しい動きは先程に比べて精細さを欠いていた。

　ここは切り札のコスモスタイルとケイオスタイルで勝負を掛けようかと思ったその時、突如マリアの体から青いオーラの様な物が立ち上った。

「ん……？」
「余所見している余裕があるのかッ！」
「ぅっ！？　えぇいッ！」

　マリア……と言うより、マリアのシンフォギアに起こった異変に一瞬気を取られたガルドだったが、その事に疑問を抱く余裕をプレラーティは与えてくれなかった。彼が隙を晒したと見て、プレラーティからの攻撃が激しくなる。

　だがその異変に気付いたのは彼だけではなかった。本部でモニターしている了子とエルフナインもまた、マリアの身に起きたその異変を目敏く見つけていたのだ。

『了子さん、見ましたかッ！』
『えぇ、勿論ッ！　マリアちゃん！　それに切歌ちゃんと調ちゃんも！』

　了子とエルフナインは、一瞬だけ見えたその光景に確かな希望の光を見た。だがその希望は、今は一瞬だけの小さく儚い灯程度。吹けば来てしまう程度のものでしかなかった。

　だが、しかし…………！

『ごめんなさい。私の力が足りないばかりに、あなた達には不自由を強いているわ。でも必ず、あなた達が掴んだ一瞬は私達が永遠に変えてみせる！　だからお願い、今この瞬間だけでいいから頑張って！』
『皆さん、諦めないでッ！！』

　了子とエルフナインからの力強い激励は、マリア達3人の装者だけでなくガルドのハートも燃え上がらせた。

「オォォォォォッ！！」

　槍を振り回し、縦横無尽にカリオストロとプレラーティの間を駆け回る。激しい槍撃は2対1と言う状況であるにも関わらず2人に反撃の隙を与えず、完全にその場に釘付けにしていた。

「くっ！　この土壇場でこの火事場の馬鹿力……！」
「だが所詮は青二才。詰めが甘いワケダ。本命があの装者の一撃と言う事はお見通しッ！」

　プレラーティが視線を向けた先では、マリアが左腕のガントレットに短剣を差して変形させたアガートラームの砲撃形態の準備を進めていた。威力は高いがその分準備に時間が掛かる。その時間をガルドはこうして稼いでいる訳である。

　意図が見抜かれたと言うのに、ガルドの中に焦りはない。この状況で、狙いが見抜かれる程度の事は既に想定内だったのだ。

「それがどうしたッ！」
〈グラビティエンチャント、プリーズ〉

　見抜かれていようが関係ない。要はマリアの攻撃が当たる様にしてやればいいのだから。ガルドは槍に重力魔法を付与すると、それを使って持ち上げたプレラーティをカリオストロに叩き付けた。

「何ッ！？　がっ！？」
「きゃぁっ！？」

　プレラーティがカリオストロに叩き付けられると、2人揃って重力の鎖に捕らわれた。ガルドはその状態で槍を振り回し、離れた空中に向け放り投げた。

「おぉぉぉらぁぁぁぁっ！！」

　空を飛べるのでもない限り、空中ではどう足掻いても意味はない。無防備な2人に向け、マリアは容赦なく砲撃を叩き込んだ。

［HORIZON†CANNON］
　マリアの左腕から放たれた砲撃がカリオストロたちを飲み込んだ。それと同時に、飛行機はギリギリと言うところで離陸に成功し夜の空へと飛び立った。

　飛び立った飛行機を見送る事はせず、ガルドとマリアはカリオストロたちの撃墜を確認しようとした。今の砲撃、一撃がデカかった分爆発力も大きく辺りが黒煙に覆われてしまったのだ。

　油断なく構えていた2人に切歌と調の2人が合流する。そこでとうとう限界時間を超えたのか、マリア達3人のギアが解除されてしまった。

　これでこの場で戦えるのはガルド1人のみ。彼は3人を守る様に槍を持ち上げつつ、カリオストロたちを倒したことを確認しようと一歩前に踏み出した。
　その瞬間、爆発のような衝撃が黒煙を吹き飛ばした。思わずガルドが手で顔を覆い、衝撃が納まった頃に手を下げて顔を上げるとそこにはほぼほぼ無傷の状態で地面に降り立つ2人の錬金術師の姿を見た。

「チッチッチッ♪」

「えぇい、クソ……しぶとい奴らだ」
「まだ戦えるのデスかッ！？」

　これは非常にマズイ状態だ。最早マリア達3人はお荷物で、戦えるのはガルドしかいない。そのガルドに関しても、ここまでの戦いで魔力を消耗しており万全とは言い難いコンディションだった。

　こんな状態でヨナルデパズトーリを召喚などされようものなら…………

「おいでませ♪　無敵の――」

　やはりと言うか、カリオストロはヨナルデパズトーリを召喚しようと術式を展開した。

　またあの怪物を相手にしなければならないのかと、ガルドが切り札の指輪に手を伸ばそうとした。

　その時である。何かが両者の間に物凄い勢いで降り立った。まるで隕石でも振って来たのかという程の衝撃に、ガルド達だけでなくカリオストロ達も驚き術式の展開を中断してしまった。

「な、何ッ！？　増援ッ！？」

　驚き身構えるカリオストロとプレラーティ。対峙していた両者が注目する中、落下してきた何かを覆い隠していた煙が風で流された。

　そこに現れたのは…………

「――――エキサイティング」

　ゆらりと立ち上がる、狂気の具現した存在と言っても過言ではない、レギオンファントムがそこに居た。 

という訳で第154話でした。

執筆の糧となりますので、感想評価その他よろしくお願いします！

次回の更新もお楽しみに！それでは。