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焼肉の匂い

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第一章

                焼肉の匂い
 黒柳天太の好物は焼肉である、その為何かいいことがあると仕事帰りに焼き肉屋に行って食べている。
 この日もそうで彼は店の者に笑顔で言った。
「食べ放題だしじゃんじゃん持って来てくれよ」
「それで飲み放題ですね」
「ああ、ビールもな」
 大ジョッキのそれを片手に言う、太い眉と顎の先が尖っているのが目立つ。黒髪を真ん中で分けていて丸い目である、大柄でスーツが似合っている。
「じゃんじゃんだ」
「いつも通りですね」
「そうだよ、いいことがあったらな」
 黒柳はさらに言った。
「俺はこれだよ」
「焼肉ですよね」
「もう焼肉があったらな」
 それでというのだ。
「俺は何もいらないよ」
「本当に焼肉お好きですね」
「ああ、こんないい食いものないよ」 
 店員が持ってきた肉を自分で焼きつつ言う。
「じゃあ今日もな」
「はい、召し上がって下さい」
「残さないからな」
 笑顔で言ってだった。
 黒柳は焼肉を楽しんだ、兎角彼はいいことがあると焼肉を楽しんだ。彼にとって焼肉は生きがいですらあった。
 しかしある日のことだった。
 彼は社内の所謂お局OLとはいっても既婚者である佐上姫に言われた、黒髪を後ろで束ねきつそうな眼鏡をかけている中年の女性だ、細面で吊り目で唇は小さく背は高い。
「黒柳君、貴方臭いわよ」
「お風呂毎日入ってますよ」
 黒柳は佐上にすぐに答えた。
「歯も毎日です」
「体臭や口臭じゃないのよ」
 佐上は真面目な顔で答えた。
「私が言っているのは」
「じゃあ何ですか?」
「服の匂いよ」
 それだというのだ。
「それよ」
「服ですか」
「随分と焼肉臭いわ」
「そうですか」
「貴方焼肉が好きだったわね」
「好きなんてものじゃないですよ」
 黒柳は強い声で答えた。
「もうそれこそ」
「大好きかしら」
「生きがいです」
 目を輝かせて答えた。
「それこそ」
「それはわかったけれど」
「服がですか」
「相当言ってるわね」
「いいことがあったらそのお祝いに」
「それでよ、スーツやズボンによ」
「ブラウスやネクタイにもですか」
「ブラウスは洗うけれど」
 それでもというのだ。
「スーツはあまり洗わないでしょ」
「学校の制服と同じですからね」
 黒柳はその頃を思い出しつつ答えた。
「スーツは」
「そうね、だったらよ」
「あまり洗わないので」
「匂いもよ」
「つきますか」
「それで今貴方かなり匂うわよ」
 佐上は真面目な顔で話した。 
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