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ピッチャーと扇風機

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第一章

               ピッチャーと扇風機
 この時横浜太洋ホエールズのマウンドにいたのは平松政次であった。当時彼はエースとして知られている最中だった。
 それでこの日も彼が投げていたが。
 監督の別当薫はマウンドで投げる平松を見て言った。
 試合は横浜スタジアム大洋の本拠地で行われていて相手はヤクルトだ、ヤクルトのベンチには広岡達郎が見える。
「今日はな」
「駄目ですね」
「ああ、打たれているな」
「いつも投げていてです」
 コーチの土井淳は別当に苦い顔で応えた。
「それで普段出来ていることが」
「出来ていないな」
「はい、最初はよかったんですが」
「折角な」
 ここで別当はスコアバードを見た、見れば。
 大洋は序盤で五点取っている、その点を見てまた言った。
「こっちが先に五点取ってな」
「大丈夫だと思ったらですね」
「普段の平松だったらな」
「俺もそう思っていました」
 土井は別当に苦い顔で答えた。
「これで今日は勝ったと」
「俺もだ」
 これは別当も同じだった。
「今日はこれでな」
「勝ったとですね」
「思ったらな」
 それがというのだ。
「肝心の平松がな」
「中盤に入ってこうですからね」
「ああ、今日は駄目だな」
「そうですね」
「後でハッパかけとくか」
「俺が言っておきます」
 土井は自分からと言った、それでだった。
 平松がマウンドからベンチに戻るとだった、彼のところに来て言った。
「何だその様は!」
「うっ・・・・・・」
「毎日毎日投げていてそれか!」
 怒った声で言った、土井はこう言って平松を怒ったが。
 平松は顔が真っ赤になった、土井はこれで気の強い彼が負けん気を戻して本来のピッチングに戻ると思った。
 だが平松はベンチに入るとだった。
 そこにあった扇風機動いているそれをだった。
 右手で渾身の力で殴った、扇風機は羽根が吹き飛び見事に壊れた、それを見てベンチにいた誰もが驚いた。
「なっ!?」
「今何やったんだ」
「おい、今扇風機を殴ったのか」
 さっきまで彼を怒っていた土井が彼のところに来て言ってきた。
「そうしたのか」
「あっ、はい」
 平松は言われて我を思い出した様に応えた。
「そうしました」
「お前大丈夫か、すぐに診てもらえ」
「診てもらえって」
「今動いている扇風機を殴ったんだぞ」
 このことを言うのだった。
「利き腕でな」
「痛くないですが」
「そうした問題じゃない、怪我していたらどうするんだ」
「そうしてきます」
「そうしろ、何やっているんだ」
 土井は兎に角だった。
 平松を診せた、すると金物で出来ていた動いている扇風機を素手で殴って壊したのだ、それですぐに医者に診せたが。
 無傷だった、それで土井は胸を撫で下ろして彼に言った。
「幾ら何でもだ」
「扇風機を殴ることはですね」
「金属で動いているんだぞ」
 だからだというのだ。 
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