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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第四話

 とんでもない悪戯を仕掛けてきた二人にがっつり説教をした後、一体何を考えてそんなことをやったのか理由を聞いてみた。
すると二人は梵天丸様に頼まれて忍び込もうとしていたらしく、無駄に大きな袋の中には政宗様が用意したプレゼントが入っていた。

 なるほど、クリスマスだからサンタに運んでもらったと。
……でも、何でそのサンタがこんなになっちゃったのか。
つか、泣く子はいねがーって、完全になまはげじゃんよ。

 「政宗の話を聞いて、こういうものではないかと思ったんだがのぉ……その“さんた”とやらは、義賊なのであろう?」

 「……は?」

 「誰にも気付かれぬように子供らの枕元に贈り物をする……その姿を見たものは一人としておらぬ。
だからそういうものであると思ったのだが」

 ……そんなサンタクロース、私は嫌だ。つか、義賊は分かったけどどういうイメージしてんのよ。
そんな人があんなお面着けて入って来てみなさいよ。トラウマになるっての。特に子供の。

 本当、政宗様の父親だけあって輝宗様も妙な感性してんだから。
つか、綱元殿がいたってのにどうして二人して忍び込んできたのよ。
少しは止めろって……あ、この人小十郎をからかうことに命懸けてる節があるから、
案外驚かせてやろうって悪戯心で着いて来たのかもしれない。
今後馬鹿なことをやらないように、もう少しお説教しておこうかしら。

 「それで、サンタさんは何を持って来てくれたんですか? とっくに元服を済ませてる私達に」

 もう子供じゃないんだけど、政宗様の好意を無碍にすることは出来ないし
ここはさっさとプレゼントを受け取って追い返しておくに限る。

 輝宗様と綱元殿が揃って袋から取り出して差し出したのは三振りの刀だった。
どちらも大刀だけど、綱元殿が持っている方が若干短いだろうか。

 「政宗からの贈り物よ、お前と小十郎にな」

 「刀、ですか?」

 お前はこっちだと言われて綱元殿から受け取ったその刀は、
初めて持ったのにすんなりと手に馴染むようで、かなりの名工が作ったものだというのはすぐに分かった。

 「銘は白龍、小十郎に渡すつもりであるこの二振りの刀は黒龍と言う。
白龍と黒龍は対になっておってな、兄弟刀として作られておる。……お前達に相応しいであろう?」

 にやりと不敵に笑う輝宗様の格好が非常に間抜けで、なんだかカッコイイとは思えなかった。
出来ることなら普通に賜りたかったもんだけど、まぁ……クリスマスプレゼントにかこつけてるんだろうからさ、
そこは黙っておいてあげるか。

 「ありがたく頂戴致します。わざわざこの為に、そのような珍妙な格好をさせてしまい申し訳ございませぬ」

 珍妙をかなり強調して言ってみたんですけど、気付いてるだろうか。厭味だって。

 「何、構わん。美味い料理の礼よ、それに可愛い政宗の頼みじゃ。これくらいはするわ」

 そんなことを言って小十郎を起こさないように笑う輝宗様は……やっぱりなんか威厳ってものが全く無くて困ってしまった。
とりあえず小十郎の刀も預かって枕元にそっと置いておく。サンタクロースからの贈り物は枕元にこっそり置くってのが相場だ。

 ……あ、でも、小十郎のプレゼントは刀でも良いけど、こういう方が喜ぶかもしれない。

 「輝宗様、御手を煩わせても良いでしょうか」

 「何じゃ」

 「小十郎にクリスマスプレゼントを上げたいのですが……」

 耳元で軽く打ち合わせをすると、輝宗様は笑って小十郎の側に座っていた。
私は部屋の明かりを遮るようにして座り、部屋の中を薄暗くする。
何を言ったのか分からない綱元殿は首を傾げて成り行きを見守っているが……
多分これは小十郎が子供に戻ってる今しか出来ないことだと思う。

 そっと小十郎の髪に触れて頭を撫でる輝宗様を、ぼんやりと熱に浮かされた目で小十郎が見ている。
暗くて顔が見えないから一体誰が頭を撫でているのか分からないはずだ。

 「小十郎、具合はどうじゃ」

 「……誰、だ」

 力なくそんなことを言う小十郎は、やはり誰だか相手が分かっていない。
普通なら声を聞いただけで誰だか分かりそうなもんだけど、熱が高いせいもあってよく分かってないんだろう。

 「何を言っておる。この父の声を忘れたのか。……小十郎、よう頑張っておるようじゃな。
政宗様の近侍に取り立てられて、儂は鼻が高いぞ」

 「父上……?」

 「……すまなんだな、幼いお前達を遺して逝ってしもうて……。
いつも儂はお前達のことを母と二人で見守っておる。……これからも日々精進するのだぞ、小十郎」

 こんな言葉をかけて小十郎の髪から手を離し、そのまま立ち去ろうとした輝宗様の手を小十郎がしっかりと掴んでいる。
思わぬ非礼にこっちは焦っちゃったけれど、輝宗様は少しばかり驚いた様子ではあったもののそれを咎めることはしなかった。

 「……父上」

 夢うつつ、そんな感じのあの子の声に、輝宗様が優しく笑いかけている。
けれど、小十郎の言葉にその笑みが消えたのを私は暗がりでしっかり見ていた。

 「この私は……生まれて来ても良かったのでしょうか……」

 普段絶対に人には見せない小十郎の心の内側、抱えてきた苦しみの一端をこんな茶番で表に出した。
これが姉であれば馬鹿なことをと説教したかもしれないけど、相手は輝宗様だ。
一体どう答えるつもりなんだろう。

 「……兄上達にずっと言われておりました。父も母も、お前が邪魔だから置いていったのだと。
必要ならば、共に連れて行ったと。……生まれなければ良かったのだと」

 「何を言うか。儂はの、お前が生まれてきた時のことを一度も忘れたことはないぞ?
小さなお前が直子に抱かれての、あどけなく笑う姿は今でも覚えておる。お前が生まれて来て、本当に幸せだった。
ずっと側にいてやれなんだことはすまなんだが、小十郎……お前は生まれて来て良かったのだ。お前は儂の自慢の息子、そのように言うてはならぬ。
誰がお前にそのような言葉を投げかけたとしても、儂はお前の生まれを祝福するぞ。
……お前は生まれて来て良かったのだ。お前が生きているからこそ、この父も心安らかにあれるのだ」

 見てたんじゃないのか、って思うような輝宗様の言葉に何だか泣きたくなってきてしまった。
小十郎は当然記憶がないけど、確かに父は幸せそうだった。私と小十郎を抱いて嬉しそうに笑ってたことを覚えてる。
忘れられないよ、現実の世界じゃ父さんも母さんも……そんな顔してくれたことは一度も無かったんだから。

 「お前が眠るまで側におる。ゆっくり休め。……案ずることはない、姿は見えずともお前の側におるゆえな……」

 優しく髪を撫でる輝宗様の手が離れても、小十郎がその手を掴むことは無かった。
眠ってしまったんだな、そんな風に思ったところで輝宗様が袖で小十郎の顔を拭っている。

 泣いてたんだ、あの子は。そりゃそうだろう、私だって自分のことじゃないけど泣きたくなったもん。
あんなこと言われたら泣いちゃうよ。ただでさえ、人から良い扱いを受けてこなかったんだから。

 「輝宗様、ありがとうございます。小十郎に最高の贈り物が出来たと思います」

 「いや……小十郎の父のことを思えば、あれくらいは言うてやらんとな。
己が生まれたことに自信を持てぬなど、親としては……悲しいことだからの」

 ちょっとおかしいところがあるけど、やっぱり輝宗様はいい人だよ。
もう一生ついていきますって言いたくなっちゃうくらいに。
出来ることならば、ずっと元気にいてもらいたいけど……この世界ではどうなのかな。

 「小夜」

 ここでは呼ばれたことのないその名前を呼ばれて、私は驚いて輝宗様を見る。
今度は私の頭に手を乗せて、まるで自分の子供の頭を撫でるように私の頭を撫でてきた。
それに涙が滲むけれど私は必死に堪えていた。

 「お前も生まれて来て良かったのだぞ。誰が何を言おうと、この父がお前が生まれたことを祝福する」

 本当に優しく笑ってそんなことを言うもんだから、泣くつもりは無かったのに涙を零してしまった。
だってさ、輝宗様ったら父上みたいな顔をして笑うんだもん。泣きたくなるよ。
あの父上は本当に私達のことを愛してくれた。母上もおっかない人だったけど愛してくれたし……
それを小十郎が覚えていないことが可哀想だとは思うけど、それでも少しは優しい記憶になって小十郎の中に残るんじゃないかと思う。

 良い子じゃのぉ、なんて言いながら私の頭を撫でるもんだから、本当に涙が止まらなくなっちゃって困ったよ。
私が泣き止むまで輝宗様は付き合ってくれたし、綱元殿も冷やかしたりなんかしないで黙っていてくれた。
クリスマスって、本当は嫌いなイベントなんだけど……ちょっとだけ、好きになれたような気がした。 
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