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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第九十四話

 「危ない!!」

 誰かに咄嗟に腕を引かれて、私はその場に座り込んだ。
一体何事かと思えば、私の目の前を電車が通過して行く。

 そうか、そう言えば駅のホームから落ちてこの電車に思いきり轢かれたんだっけか。
死ななかったことに、って言ってたけど……戻ってきちゃったわけね。こっちの世界に、かつての私として。

 「ちょ、大丈夫!? 小夜香(さやか)!」

 「え、あ、うん……大丈夫、かな?」

 声を掛けてくれたのは、大学の友人。
他にも私の周りには大学の友人が心配そうに集まって来ていて、立ち上がるのを手伝ってくれた。

 小夜香、そうだ……それがこの世界の私の名前だったよね。うん。

 立ち上がったところで浮かび上がってきたのは、現実の私の記憶。
そして、今まで六十年近く経験してきた記憶が、まるで夢だったかのように霞んでいく。

 ……本当に、夢、だったのかな。

 ふと、自分の手にいつの間にか握られたメモ用紙を開く。
そこに書かれていたメアドには覚えが無くて、そういえばあの不思議な空間で神様に教えてもらったんだったと思い出す。

 「何、それ」

 「あー……メル友になろうって人のメアド」

 「え、何。男?」

 「男っちゃ男だけど、ステレオタイプなヲタだもん。範疇外だよ」

 友達とそんなことを言いながら自分の携帯に登録しておく。
名前は“神様”、忘れないように私は自分の名前と無事に戻れた旨を打って送信した。

 アレは嘘じゃなかった、そう半分信じたくて。



 今日は十二月二十五日、私の二十二年目の誕生日だ。
大学も四年目で今年度で卒業ということもあり、一回くらいはクリスマスパーティーでもやろうと言って私の家に集まる事になった。
あんまり広くないから大人数は入れられないけどもさ、
まぁ、六人くらいなら頑張れば立食パーティーくらいは出来るんじゃなかろうかと……思ったり思わなかったり。

 毎年この時期は、一人で誕生パーティーをやって一人でクリスマスパーティーをやって、
でかいデコレーションケーキを窓から投げ捨てるのが通例だった。
だから、今年みたいに自分のバースデーを誰かと過ごすって初めてのことかもしれない。
だってさ、この時期ってリア充は性夜でしょ? 私のバースデーどころじゃないもん。夜のパーリィに大忙しでさぁ。

 家に来て狭いところで皆で酒を飲んだりケーキを食べたりで盛り上がった。
ま、マンションの一室だからそんなに盛り上がるわけにもいかなくってさ、
ほどほどにしてくれとは言ったけど、久しぶりに楽しい時間を過ごせたと思う。

 「ハッピーバースデー、小夜香!」

 「え、何?」

 そんなことを言って皆がプレゼントなんかを用意してくれたもんだから、何か嬉しくって泣きそうになっちゃったよ。
だって、こうやって誕生日祝ってもらうのなんて初めてだもん。くどいようだけど。

 たくさん無双の政宗様グッズを渡されて、そんなに無双が好きだと思われてんのかと呆れもしたけど、まぁ……いいっか。
こうやってプレゼントしてもらえるなんて思わなかったもん。

 ふと、仲間の一人がくれたプレゼントに手が止まる。

 「戦国BASARA、結構面白いよ~」

 「え~、だって小夜香って無双派じゃん! BASARA否定派じゃないの?」

 「そんなことないよ、BASARAは結構好きだよ」

 ……うん、BASARAは結構好きだ。今は無双よりも、ずっと好きかもしれない。

 早速やろうぜとそんな盛り上がりでPS3を引っ張り出して、プレイをする。
ひっさびさにやるBASARAはなかなかなもんで、私の華麗な小十郎捌きに皆が感嘆の声を上げてるくらいだ。

 「へ~、小夜香上手いねぇ~」

 「小十郎使いを目指してるからね」

 「何それ」

 この中で片倉小十郎の姉をやってました、なんて言ったところで、それ、何の妄想? と言われるのがオチだろう。

 ……相変わらず厳ついなぁ~……確かに踊ってるみたいだってのが分かるくらいにモーション綺麗だけどさ。
少しだけ、あの世界が懐かしくて寂しくなる。

 「小夜香?」

 友人の一人が心配そうに声を掛けてきたところで、玄関のインターホンが鳴った。

 「おおっと、煩いから静かにしろっていう苦情かな?」

 とりあえず携帯を持って玄関へと向かう。すると、その途中で携帯に一通のメールが届いた。
差出人は神様だ。件名はちなみにない。



 『ハッピーバースデー、そしてメリークリスマス! 何とか今日中にプレゼントを用意出来たから、そっちに贈るよ。気に入ってもらえると嬉しいんだけど』



 はて、プレゼント? 送った? ってことは、このインターホンは宅配のお兄さんか? あ、お姉さんでもいいけど。

 「はいは~い」

 とりあえず玄関の戸を開けて出てみると、そこには酷く見覚えのある男が立っていた。
長身でそれなりにガタイが良く、オールバックなその強面の左頬には刀傷のような傷があり、私を見て穏やかに微笑んでいる。

 「な、ちょ……何で?」

 だって、この人は絶対に現世にはいるはずのない人間だもん。画面の向こうにいるはずの人間なのに、何で?

 「……あの世界とは名が違うので、間違ったかと思いました。二十二年ぶり、ですか。……お久しぶりです、姉上」

 「小十郎、何でいるの。だって、アンタ」

 「魂を持ってしまった者はそのまま留まることは出来ないと、こちらの世で新たに生を受けることになりました。
……姉上、覚えていらっしゃいますか? 生まれてすぐに双子の弟が遠い親戚に引き取られたと」

 うん、そりゃ覚えてるよ……覚えてますって、まさか。

 「それじゃ、ここでも小十郎は私の弟?」

 「……はい、その通りです。姉上、やっと会うことが出来ました……また、家族として側にいることをお許し戴けますか?」

 夢じゃないのか、そんな風に思って自分の頬をつねる。痛い。これは現実だ、と分かると涙が零れてきた。
少しだけ驚いた小十郎はすぐに笑って、優しく私を抱きしめてくれる。私もまたしっかりと小十郎を抱きしめた。

 何よ、最高じゃない。こんな誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントも貰ったこと無いよ。

 「小夜香~! 何やってんの~!」

 部屋の中から聞こえた声に、現実に戻された。小十郎も客がいるとは思っていなかったようで、少し戸惑っている。

 「間が悪かったでしょうか」

 「ううん、いいの。小十郎、入って。友達に紹介するから、私の弟だって」

 私は手を引いて小十郎をマンションの一室に引っ張り込んだ。

 ちなみに友達に小十郎を見せたら、一斉にリアル片倉小十郎だ、と叫ばれたのは言うまでもなく、
また小十郎もプレイの途中で放置してあるBASARAを見て苦笑していたのは改めて語るまでも無い。



 何だか不思議な体験をしちゃった、あの世界にいた頃の記憶が大分薄れた私は、今はそういう感覚しか持っていない。
けれど、あそこで得たものはきっちりと私の胸の中に残っているし、可愛い弟も私のところへ来てくれた。

 ずっと独りで生きていくんだと思っていたし、人を何処かで信じられていなかったけれど、
もういろいろ吹っ切れたかもしれない。って言っても、また何処かで悩んだりもするんだろうけどね。

 でも、もう私は何があってもきちんと乗り越えていけると思う。だって今は独りじゃないのだから。

 「小十郎、ありがとね」

 友達が帰った後、私は残った小十郎にそう言った。
私の誕生日祝いに神様が用意してくれた最高のサプライズ、二十二年間でこれほど嬉しかったことはない。
だって家族を手に入れることが出来たんだもの。

 「いいえ。小十郎は言ったことは違えませんから」

 全く……この子は本当にいい子だよ。今も昔も。私の最高の弟で、唯一の家族だ。

 「姉上」

 小十郎に呼ばれて私は首を傾げる。小十郎はポケットから包装された小さな箱を私に差し出した。
一体何かと思って包みを開けば、そこに納められていたのは竜をモチーフにした銀のペンダントだった。

 「誕生日、おめでとうございます。……小十郎の好みで選んでしまいましたが、気に入ってもらえるでしょうか」

 そう言ってはにかんだように笑う小十郎の頭を、あの世界にいた頃と同様にぐしゃぐしゃに撫で回してあげた。
本当に私は幸せだ、小十郎の頭を撫でながら初めて自分の人生をそう感じていた。 
 

 
後書き
竜のもうひとつの瞳、本編は以上で終了です。
全九十四話、お付き合い下さいましてありがとうございました。

引き続き番外編を上げますので、もうしばらくお付き合い下さい。 
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