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軽蔑

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第六章

「忘れよう」
「長谷さんだって謝ってるだろ」
「それも本気で」
「だったらいいじゃないか」
「水に流そうな」
「そうしような」
「お前等も俺に散々やってくれたな」
 だが、だった。
 浩紀は彼等にも同窓会がはじまった時とはもっと言えば高校の時から見ても全く別人の憤怒に怒り狂った顔になって怒鳴った。
「忘れてねえぞ!一生忘れるか!」
「散々俺を踏み付けてくれたな!」
「色々言ってくれたな!」
「クラス全員でそうしてくれたな!」
「怨み絶対に忘れるか!」
「何回生まれ変わっても覚えてるからな!」
 こう叫び回って凄まじい力で抵抗した、それでだった。
 戻って来た和彦が必死に宥めて彼は大人しくなった。だが。
 もうそれで帰った、その後で美佳は友人達に言われた。
「ちょっと、ね」
「何ていうか凄かったわね」
「美佳大丈夫?」
「ビールかけられたけれど」
「私は大丈夫よ、ただね」
 すっかり項垂れてだ、美佳は言った。
「私本当に酷いことしてたのね」
「私もよ」
「私だってよ」
「あんなに傷付いていて怨んでいて」
「それで憎んでいるなんて」
「私達のことを」
「あそこまでなんて」
 友人達も項垂れて言った。
「あの時は軽い気持ちでしたけれど」
「嫌いだったから」
「彼が嫌いだからそうして」
「何をしてもいいと思ってたけれど」
「それが」 
 高校時代のそれがとだ、美佳は思った。
「彼をあそこまで傷付けていて」
「憎しみの化身みたいにしていたのね」
「ああした人にしたのね」
「お坊さんになったらしいから普段は穏やかになっていたけれど」
「何かもを別人にして」
「それで」
 そのうえでというのだ。
「心の中でいつも私達がしてきたこと覚えていて」
「ずっと怨んで憎んでいて」
「ああ言ったのね」
「私達ずっと憎まれていたのね」
「怨まれて憎まれて平気じゃないから」
 美佳も彼女のかつてのクラスメイト達も同じだった、彼女達はそう思われると心が痛む人間だったのだ。
 だからだ、美佳は言った。
「それは嫌でも」
「あそこまでなるとね」
「もうどうしようもないわね」
「そのことを思い知ったわ」
「そうね」 
 美佳は項垂れたまま頷いた、彼にかけられたビールは拭いた。だが別のかけられたものは拭けなかった。
 そのうえで家に帰って兄に同窓会でのことを話した、すると彼は美佳に対して厳しい顔で告げたのだった。
「それがお前がしたことだ」
「取り返しのつかないことをしたのね」
「そうだ、あの時のお前はな」
「あらためてわかったわ」
 美佳は項垂れつつ言った。
「あの時の私がどれだけ酷いことをしたか」
「よくわかったな」
「ええ、私軽蔑するわ」
 美佳は沈んだ顔になっていた、その顔での言葉だった。
「あの時の私を」
「彼でなくだな」
「あの時の私こそね」 
 高校時代の自分自身こそというのだ。
「軽蔑するわ」
「それがわかったな、だったらな」
「それならなのね」
「そのことを忘れるな、そして二度と誰にもするな」
「そうするわ」
 項垂れているだけではない、涙も流してだった。
 美佳は頷いた、そうして以後誰にもそうしたことはせず結婚してとても優しい妻であり母親になったが。
 高校一年の時の同窓会に出ても彼はいなかった、噂では徳のある僧侶になったと聞いたが確めることもしなかった、同窓会に出る度にあの時の自分を振り返り苦い気持ちになるだけだった。


軽蔑   完


                  2021・10・19 
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