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歪んだ世界の中で

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最終話 再会その七

 二人で真人の家で楽しく飲んだ。チューハイにナッツ類を加えてだ。
 座布団の上に胡坐をかいて座って向かい合って飲む。その中でだ。
 希望は笑顔でだ。カルピスチューハイを飲みながら真人に話した。
「もうすぐだってね」
「わかったんですか」
「夢で言われたよ」
 夢の中でのこともだ。希望は話した。
「ほら、前に話した姫路城での人達ね」
「あのお姫様達にですか」
「あの人達が夢に出て来て言ってくれたんだ」
「あの人がもうすぐですね」
「うん、戻って来るってね」
「そうですか。実際に言われたんですね」
「春だよね。もうすぐ」
 希望は飲みながら満面の笑みで話す。
「その春にね」
「戻って来られますか」
「春は。寒さが終わって」
「そうです。厳しい冬が終わって」
「戻って来る季節だったんだね」
「その通りです。ではその春に」
「僕は千春ちゃんと会うよ」
 そうするというのだ。彼は。
「必ずね。そうなるよ」
「ではその春が来ることを祝って」
「乾杯だね」
「先程もしましたが」
 飲む前にそれはした。共に酒を飲む前の礼儀として。
 だがその乾杯とは別にだとだ。真人は言うのだった。
「もう一度乾杯をしましょう」
「千春ちゃんが戻ることを祝って」
「はい、その前祝いに」
「そうだね。そうしよう」
 希望もだ。千春のその言葉に笑顔で頷いてだ。
 そのうえで乾杯をした。チューハイの缶と缶を打ち合わせる。
 それからまた飲んでだ。こう言うのだった。
「じゃあ明日もね」
「行かれますね」
「そうするから。例えもうすぐでもね」
「一日たりともですね」
「休まないから」
 一日でもそうすれば千春が戻らなくなる、だからだった。
 希望はだ。笑顔だが確かに言うのだった。
「千春ちゃんの為にね」
「はい。では春を迎える為にも」
「頑張っていくよ」
「春ですね」
 春、それそのものに対してだ。真人は温かい目を向けた。
 そうしてだ。希望にこんなことも言った。
「笑顔で春を迎えますね」
「そうだね。このままね」
「これまで僕は春はただ来るだけだと思っていました」
「僕もだよ」
「けれどそれは違うみたいですね」
「手に入れるものなんだね」
 希望はこう真人に返した。
「そういうものだったんだね」
「そうですね。実は」
「僕は春を手に入れるよ」
 そして言う言葉は。
「千の。誰よりも大きい春をね」
「そうして下さい。僕はそのことを願います」
「有り難う。じゃあ」
「はい。是非共」
 真人と飲んでそうした話をしてだった。彼は春を間近にしていた。
 春休みの最後の日も千春のところに来て薬をあげた。そのうえで去る。
 この時彼は後ろを振り向かなかった。前にある春を見ていた。
 それで見なかったのだ。千春に今緑が戻ったことを。木は元に戻りその枝という枝に黄緑の淡い歯を戻していた。そうなっていたのだ。
 次の日は始業式だ。その時にだ。
 彼は朝起きてまずはいつも通りランニングをした。それで汗を流してから。
 シャワーを浴びて朝御飯を食べる。その時におばちゃんとぽぽちゃんが笑顔で言ってきた。
「今日は学校のはじまりやから」
「いつもより御馳走にしたで」
 こう言ってだ。希望の前にだ。
 大きな見事な魚を焼いたものにサラダ、豆腐と茸の味噌汁、酢のものに卵焼き、納豆を出してくれた。海苔や梅干もちゃんとそこにある。 
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