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歪んだ世界の中で

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第十六話 はじめての時その六

「御免、他の場所に行こう」
「多分だけれど」
 千春は林立するホテル達を見ながらだ。そのうえでだ。
 希望に少し考える顔でだ。こう言ったのだった。
「ここってお宿よね」
「お宿って」
「だから。二人で入るお宿よね」
「知ってたんだ」
「お茶屋みたいなところよね。そうした場所ならわかるから」
「わかるんだ」
「うん、遊郭とかもね」
 古い言葉もだ。千春は言うのだった。
「知ってるよ」
「そうだったんだ」
「もうないよね。遊郭って」
「そんなのかなり昔だよ」
 遊郭という言葉にだ。希望は昔の時代劇、あの吉原等を思い出した。
 そしてそのうえでだ。こう千春に話した。
「ないよ。流石にね」
「そうなの。ないの」
「今はね。お茶屋もね」
「こうした場所になるのね。ホテルなのね」
 看板の一つの英語のそれを読んでだ。千春は言った。
「こうしたホテルもあるのね」
「最近じゃデートスポットとしても紹介されてるけれどね」
「それでどうするの?」
 ここまで話してだ。そのうえでだった。
 千春は希望に顔を向けてだ。彼に問うてきたのだった。
「希望。中に入るの?」
「えっ、中って」
「そう。何処かのホテルの中にね」
 入るのかどうかとだ。千春は希望に問うたのである。
「そうするの?どうするの?」
「えっ、それは」  
 そう言われるとだ。希望はというと。
 その顔を真っ赤にさせた。そうしてだ。
 戸惑いながらだ。千春にこう言ったのだった。
「それはその」
「入らないの?」
「だから。そんなつもりはなかったから」
 こう言うのだった。
「だからその」
「三時間あるよ」
 千春は意識しないうちに時間のことも言った。
「それはあるよ」
「時間。三時間」
「三時間。時間潰さないといけないよ」
「ううん、けれど」
 戸惑いを見せたままだ。希望は話していく。
「どうしてもね。今はね」
「入らないの」
「今決めたよ」
 微笑になった。そのうえでの言葉だった。
「僕。今は入らないよ」
「そうするの?」
「うん。千春ちゃんとはそうした身体じゃなくて」
 身体ではなくだ。何においてかというのだった。
「心で一つになってるから」
「だからなの」
「今は入らないよ」
「じゃあどうするの?」
「身体でつながるだけじゃないから」
 それ故にだというのだ。今の希望は。
「心でもうつながってるから。こうしていよう」
 千春の手を掴んだ。そこからお互いに温もりを感じる。
 千春のその温もりを感じながらだ。千春に言う希望だった。
「それで歩こう」
「三時間一緒に歩くの?」
「歩いてお話すれば時間も潰せるじゃない」
「そうね。それはね」
「だから。それでいいじゃない」
 こう言うのだった。
「今はね」
「そうなの。こうして手をつないで一緒に歩いて」
「三時間過ごそう」
 これが希望の提案だった。 
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