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幻の旋律

作者:伊能忠孝
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第一話 命題の真偽

 
前書き
ステージ中央にはピアノが置いてある。幕が閉じているためそこは暗闇だ。
男は、静かに手を合わせた。

「父と子と聖霊と源によりて、アーメン」

「天におられる私達の父よ、皆が清とされますように・・
美国が来ますように・・
美心が天にあるよう、地にも降りますように・・
私達の日ごとの糧を今日もお与え下さい・・
私の過去に犯した罪をお許し下さい・・
私も人を許し・・・・」

「私は人を許しません・・・」

「イエス キリストよ、あなたが神の子だとすれば・・
私は、悪魔の子なんでしょうか・・」
「私は過去、大量殺人を犯しました・・・
私なりに、悪人を葬ったつもりです・・
いや、あれは復讐だった・・」

「それでもなお、今後、二人の男を殺す予定です・・
私は過去の暗闇を消したいのです・・
これは、私なりの手段です・・
どうか、お許し下さい・・」

「父と子と聖霊と源によりて、アーメン」

男は、鍵盤に向かい座った。そして静かに目を閉じた。
しばらくの間、この一年を振り返ったのだった。

一体、今からどんな物語が始まるというのか。読者の皆様には予測もできないであろう。この物語は、この浅はかな私が思いつきで書いたもので、大変読み苦しい場面もあるが、まあしばらくの間、どうかお付き合い願いたい。

第Ⅰ部 ~ 復讐という名の闇の中 ~

 第一話 命題の真偽
 第二話 闇の世界へ
 第三話 十三階段
 第四話 伝説の測量師
 第五話 ロミオとジュリエット

第Ⅱ部 ~ 情緒という名の旋律 ~

 第六話 美的感性を求めて
 第七話 真夜中の悲愴
 第八話 時間との共有

第Ⅲ部 ~ 使命の赴くままに ~

 第九話 加速する臨場
 最終話 さよならをメロディーに乗せて

主な登場人物

深谷賢治  数学教員 元自然科学研究者
待鳥幸代  音楽教員
木村警部  暴力団対策本部 刑事
塩塚美香  謎の秘書
伊能良蔵  伝説の測量師
平賀源内  金竜組組長 
佐々木次郎 銀竜組組長
滝沢馬琴  銀竜組幹部 殺し屋
木村秀長  麻薬取締捜査官
 

 
雨が降っている。決して、これは「甘露の法雨」ではない・・・・
男は、昇降口から外へ出た。
傘もささずに、その男は、歩いて行った。
片手には、盗聴録音機器を握っているが、それを再生した。
校長と、ある教員とのやり取りだ・・

「あの男は、本校には置いとけない・・うちの評判もガタ落ちだから・・・」
「そうですね・・・」
「でも、首には出来ないのだよ・・」
「では、自ら去ってもらいましょう・・だから、奴が今まで築いた地位から転落させたのですよね・・・
「ああ、そうだ・・・」

雨は容赦なく激しさを増すばかりだ・・・

「俺の上昇人生、今じゃ転落中だぜ・・
お前とは同期で、お互い夢を語ったものだ・・
松本・・俺はお前を許さない・・」

「彼は、教員不適格ですよ・・奴のクラスは今じゃ崩壊中です。
とにかく保護者からのクレーがひどすぎる!担任を変えろと・・」
「それは、教員不適格だ・・でも、なぜ急に!」
「奴のあの秘密を保護者に流しました・・」

「確かにそうかもな・・でも、俺なりに生徒と向き合ってきたつもりだ・・」
「職員も、俺に対し白い目で見ている・・俺の生い立ちを否定してるのか・・・」

やがて、雷鳴がなり響く・・

「あいつが退職するのも時間の問題だな・・
「ありがとう・・君の調査のおかげだよ・・お礼に、新居を建設させるよ・・」

「俺にも、怒りという感情があったのか・・・」
「親父・・勘違いしないでくれ・・・
俺はあんたを恨んでる訳ではない・・・」

雷鳴が激しさを増していく・・

「ほら・・この空も起こってるぜ・・・」

3年前、時空高校に、ある男が赴任してきた。その男の名は、深谷賢治。また同時に大手ゼネコン出身の松本博之も同時に赴任、彼はゼネコン時代の闇の世界との付き合いがあるされていた。とにかく、社交性の富んだ人物であり、やがて校長に最も近い人物となる。その荒れた職員間は二人の男によって、当時若手教員を中心として学校の活力となった。二人は出世して行くのだが、やがて賢治は松本に恨まれる。賢治は、去年から新一年の担任となり、感情表現力に乏しく、大変癖のある性格を持っていたが、彼なりの努力によりクラスはやがて、団結していった。しかし、今年2年次の春、ある秘密を原因に、信頼は急降下した。そして、すぐにクラスは崩壊したのだ。
クラスに対し再建不可能と判断した賢治は生徒と深く向き合うことをやめた。すなわち、生徒との距離を置こうと決めたのだ。そうした方が自分の時間も持て、楽だったからである。賢治は普通の感覚の持ち主ではなかった。優れた論理性をもち大胆な男である。賢治はこの高校の在職中にある授業をしたことがある。これは、その貴重な授業記録である。

第一話 ~ 命題の真偽 ~

「さあ、始めるか!」
みんな疲れ切っていた。
「何だよ・・始めるって言ってるだろ・・」
「先生、今日はみんな疲れていて、なんか元気が出る話でもして下さいよ・・
最近先生、数学ばっかり・・つまらない」
そのクラスの学級委員長が口を開いた。
今日は特に疲れているようである。賢治は考えた。
「俺はな長い間数学を研究してきた。数学は、与えられた定理を、証明することが大事だと思っていたけど、さらに大事なことは疑う心だ!学者の論文を読んでいても間違いがある。間違いを見つけ真実を明らかにすることこそ重要なのだ・・
その昔、地球は平面構造であると誰もが信じていた。しかし、ガリレオはその地動説を否定したのだ・・やがて後に、地球は球体であることが証明されたのだ!」
賢治はイキイキしながら話した。
「そんな科学的な事実など興味ないですよ・・・日常生活で疑う場面なんかあるのですか?」
「ハハハ!その質問を待っていたよ。」
賢治は笑った。
「実はな、先週の土曜、ある女性との出会いがあったのだ!」
「は!」
疲れていたはずの全員が起き上がり注目した。期待のまなざしで賢治を見た。この瞬間こそ教員にとって大事なのだ。
「俺にも春が来たぜ!ハハハ」
クラスは爆発した。好奇心を持って聴いている。
「先生!もう付き合っているのですか?」
「まあ聴きなさい・・」
「ハーイ!」
賢治は事実をありのままに話し始めた・・・・
「実はな・・」

賢治には菅原という純粋かつ誠実な友達がいる。
2人は大牟田の繁華街で飲んでいたところに、電話が鳴った。
どうも女性らしい、菅原の、その嬉しそうな表情からそれが伺えた。
「え?今から会うの?いいよ!友達と一緒に・・」
菅原は有頂天な様子で電話を切り。
「ケンちゃん、あのね、彼女から連絡があって、今から、2対2で会いたいと・・」
「は?今23時だぜ?」
賢治は驚いた、彼も女好きだから断るはずもない、菅原もそれを承知で約束をしてしまったのである。さすがの友だけあって理解がある。
「菅原ちゃん、今夜はもり上げるバイ、ハハハ・・」
賢治もやがて上機嫌になった。
やがて、待ち合わせの店に入った。やがて菅原は彼女に気がつき
「恵美ちゃん、待たせたね・・友達連れて来たよ!」
菅原は、ニヤニヤしながら、彼女の正面に座った。
「菅原の彼女、美人ではないか・・」
賢治は驚いた。
「こんばんわ・・」
賢治の正面の女性がニコニコしながらこちらを見ている。
「おい!何て美人なんだ!・・・」
驚いた、賢治を見ている眼差しは、最高の笑顔だった。
「あ・・どうも・・・」
この瞬間、冷静さを失った賢治だったが。
「始めまして、菅原君の親友の深谷賢治です。どうぞよろしく!」
何かのスイッチが入った。四人はしばらく話をした。
「ところで、賢治さんは何を職業にされているのですか・・」
恵美が興味をもっていた。すると菅原が言った。
「この人ね、数学の教員をしてるんだ・・でもそこらの教員とちょっと違うんだ!」
「へ!・・教員なの・・見えない!」
恵美の連れである美香は、目を輝かせて言った。
「何で数学を専攻したの?私達は数学苦手だから、尊敬しちゃうわ!」
賢治は、ゆっくりとタバコに火をつけて言った。

「この世は数学で支配されている・・
すなわち、数学は、科学の言葉なんだ・・」

三人は関心のまなざしで見ていた。
特に美香は賢治に興味をもったようである。賢治はさらに続けた真剣な顔となり口を開いた。

「人は俺を平気で裏切る・・
だが、金と数式は俺を裏切ることはない・・」

彼は冷静に言った。これは彼の口癖でもあったのだ。
その瞬間、三人の時間は一瞬止まった。しかし約数秒後に
「アハハハハハ・・」
爆発した。
「深谷ちゃん、初対面のそれも女性の前でそれを言うなんて・・相変わらず強烈だね!」
「ハハハハ冗談だよ」
普通の人にはこの冗談が通用する。このとき女性二人は冗談と受けと止めたかは分からないが。
「深谷君、面白すぎる・・・」
女性2人も大喜びだった。
会話も弾み、あっという間に時間が過ぎた・・
「そろそろ、時間だわ・・帰らないと・・」
恵美が言った。

「ねえねえ・・アドレス交換しようよ!賢治君また会ってくれるでしょ」
美香はイキイキしながら言った。
「赤外線受信するね」
賢治はアドレスを交換したのだった。
そして二人を見送り別れた。
「菅原ちゃん今日はありがとね・・」
賢治は感謝していた。
「いやあ、楽しかったよ、たまには4人もいいね・・俺の彼女、可愛いやろ・・
美香さんはケンちゃん気があるかもよ!」
「そうかもな・・でもあの冗談は、いきすぎたかな・・ハハハ」

「その翌日、美香からメールの受信があった・・・
それがな・・・」
クラスの皆は注目していた。ドキドキしていた。
「え!・・・なんて書いてあったのですか!」
「いや・・・ハートマークがたくさん付いてて、それらが動いてるんだよ!ハハハ」
「ハハハ、先生、それデコメールというやつですよ。その子、可愛いいなハハハ」
「それで何て・・・・早く内容を教えて下さいよ・・」
「近いうちに、あなたに会いたい・・ってなハハハハ」
「嘘―!そんなに早く!先生は惚れられたなハハハハ」
クラスは大喜びだった。
「どうもそのようだ、彼女は女優レベルだ!まあ、俺のような男にはふさわしいがな・・」
賢治は勝ち誇った顔をしていた。
「で・・これからが本題なんだよ。今までの話はどうでもいい・・」
「え?それで付き合ってるんでしょ・・そうとしか考えられないわ・・」
「まあ聞きな・・」

賢治は、その日、一日7往復のメールのやり取りをし、その週の土曜に会う約束をした。賢治は舞い上がっていた。そんな、やりとりが水曜まで続いた。
その夜、彼は、メールのやりとりをしながら、ある数学の難問を解いていた。
それは、重要な瞬間だった。常識ではありえないことを考えたのだった。
「この問題難しいな・・これは、3次元に拡張して・・」
「うん?・・・・待てよ??いや、俺の気のせいか・・」
「もしかして・・こんな都合の良い話って、存在するのか・・」
彼は、数学を探究しながら、ある仮説を立ててしまった・・・」

「先生・・何言ってるのですか・・」
「意味が分かりません・・」
クラスは冷めきっていた・・・
「だから、今からが重要なんだよ・・すなわち、数学の最中にはずみで、とんでもない事を考えてしまった・・どうだね君たち。この出会いの話を聞いて、何か変だと思わないか?」
「先生まさか・・彼女を疑ってるのですか!ひどい!」
「いや、あまりに出来すぎていてな・・」
「彼女に騙されてるということですか?そんなこと考える必要はないと思います!」
皆は騒ぎ始めた。
「果たして、そうなのか・・でも俺は、いったん思ったことは、気がすむまで追求する性格でね。もうその時は手遅れだったよ。」
賢治は真剣なまなざしになった。
「その女が俺と接触して得をすることがあるとすれば、それは一体何だ?そして俺はある結論を出した。」
「先生それ以上やめて下さい。彼女が可哀そうです。」
「まあまあ、もし仮にだよ、まあ落ち着いて聴いてくれ、俺は確信した!」
クラスは静まりかえった。

「これは・・デート商法だ!」

「は!・・・」
しかし、生徒の約半分は納得しかけている。
「先生!もしそうだと仮定して、でもあくまでも先生の仮説ですよね?それをどう証明というか確認するのですか?彼女に聴くしかないでしょ?」
ある生徒が疑問を投げかけた。
「これはすごい話になってきたわハハハ・・こんなに興奮したの初めてだわ!私達まるで数学をやってるみたい!謎解きだわ・・・」
別の女子生徒が言った。

「そうだな・・今、数学の授業中だから・・それを、このクラスで考えるとするか!」

生徒の口から「証明」という単語が出てきて、賢治は嬉しかった。
その一言が、皆の好奇心をかきたてた。これこそが究極の生徒主体の「考える授業」であろう。今クラスは1つの難問に向け共有しているのだ。その後生徒らからいろんな意見が出たが解けなかった。美香の事を傷つけない為にも本人に聞くことはできない。そんな方法は存在するのか?これは難問であろう。
「そろそろ時間だな・・
実は、俺なりに証明した。証明の手掛かりは一つだけ存在していた。」
「え!!なんですか!」
「それは、メールアドレスだ!」
「は?」
「そういえば、アドレス交換の際、赤外線受信をしたため、その彼女のアドレスを直接見ていないのだ。そこで、改めてそのアドレスを直接目にしたところ、俺は納得した。証明完了だ・・」
賢治は続けた。
「メールアドレスにその謎は隠されていた。アドレスとは普通、数字、記号、アルフャベットの配列で構成されている。」
「まあ、そうですよね・・・先生の言ってる意味がわかりません」
クラスは賢治が言ったことに対し頭を抱えていた。
賢治は結論を言った。

「そのアドレスが、意味のない、ランダムな配列だったのだ!」
「は!なるほど!」

皆一斉にその言葉を発した。納得する瞬間だった。クラスは静まり返り、「ホー」という息だけが聞こえる。
「普通、メールアドレスは、意味のある配列であろう。例えば、自分の誕生日、名前・・やはり君達もこの作成には凝るだろ・・その女の場合、手間をかけ登録してないのだ・・契約時の状態なのだ。すなわち携帯電を二つ持ってると考えるのが普通であろう・・そういうわけだ!」
「先生!凄すぎる。たかがメールアドレスの配列で、それを暴くなんて!」
「ということは・・・先生の友達の彼女である恵美さんは同類なんですよね!」
「そういうことだ!お互い知らないわけなかろう・・彼は、すでにプレゼントを2つ貢いでいた。手遅れだったよ・・友人としてもっと早く気づいてやるべきだった。無念だ・・その事実により俺の推理は極めて高い信頼性となるであろう。証明は完了だ!」
「先生!FBI捜査官にみたいだ!深谷捜査官!ハハハハ、先生は職業間違えたね!
今日の授業最高だった!ハハハハハ」
この授業中、あまりにも盛り上がりすぎて、隣で授業していた年輩の教員が
「深谷先生、あまり雑談で盛り上がるのは辞めて下さい。授業妨害です。一体何を話してたのですか!」
「いや、もちろん数学の授業ですよ。ある命題の真偽についてです・・」

その日の学級日誌にも、4時間目数学(命題の真偽について)と日直の生徒は書いたのだ。この授業は後に生徒達の心の中に、強烈に刻まれたのであった。          
( 命題の真偽 深谷賢治 授業記録より )

実はこの話にはとんでもない続きがあった。なんと、賢治は、翌日の土曜日に美香がデート商法の手下だと知りながら、彼女に会っていたのだ。理性のある普通の人間はここまでしないであろう。この賢治の行動は、単なる好奇心なのか、いやきっと何か目的があったのに違いない。しかし、この事件で賢治はとんでもない世界に入ってしまうのである。

四人で別れた直後、女性側はこんなやり取りをしていた。
「ねえ!あんたしっかり騙すのよ・・」
「ええ・・分かってるわ・・でも・・あの人をだます事ができるのかな・・・」
「何言ってるの!百戦百勝の美香が何言ってるの!あんたまさかあの人に惚れたのじゃないでしょうね!」
「いいえ・・だってあの人、凄く頭が切れそうじゃん?恵美の彼氏、菅原君と違ってね・・・」
「確かに私もそう思うわハハハハ」

賢治は、久留米の「ルジョンドル」という行きつけの店で待ち合わせした。賢治は早く到着し、ある中年の男を見て。ニヤニヤしていた。
「予想通り、今日もあの教授来ているな・・おじさん頼りにしてるぜハハハハハハ」
常連客であるこの教授はいつも閉店まで、この店で難しい顔をして新聞を読んでいる。その教授はトレンチコートをはおる渋めの男性である。もちろん賢治とは面識すらない。
彼の少し離れた斜め前の席に座った。
やがて、彼女がやって来た。
「賢治君、会いたかったわ!」
美香は最高の笑顔を振りまいてした。
「どこまでの頭の悪い女だぜ・・・ハハハハ」
「俺もだよ!」
賢治は作り笑いをした。
「さて、注文するか・・・」
しばらく会話を弾ませ、改めて言った。
「ねえ、・・・俺はずっと君の事をずっと考えていた・・俺と付き合ってほしい・・」
「え!突然どうしたの!嬉しいわ・・私もよ・・」
「付き合ってくれるか・・ありがとう・・今日は記念日だ!給料も入ったし何か欲しい物ある?・・・・」
「え・・嬉しい!でもいいよ、無理しないで・・・」
「何処でだい?葉山ビルの8階で買うよ!」
賢治は無表情で言った。
「え!・・・」
美香は焦った。
「あそこは偽物を売っている。全く興味深い組織だぜハハハハ」
「・・・・・」
「君の正体を分かっている。そのビルについても調べたぜ・・俺を騙したな・・」
「いいえ騙すつもりでは・・」
「デート商法だろ!・・・そこを見ろ・・」
賢治は、教授を指差した。
「あいつは刑事だ・・お前はすでに張り込まれておる・・」
トレンチコートをはおったまま新聞を読んでいるその姿は、見るからに、刑事の香りがする。
「うそ・・・」
「逮捕だな、詐欺罪で懲役3年てとこか・・」
「ええ・・それだけは・・私ね・・実はね、あなたの事・・・」
「何だ・・」
「俺達に協力しろ!そうすれば見逃してやる・・今、ある犯罪者を追っている。」
賢治は写真を取りだした。
「この男だ・・この男は今日、この店で1人で飲んでいる・・この男に接触し誘惑し恐喝しろ・・金額はいくらでもいい・・お前の利益になる話だろ・・・」
「どうやって・・」
「お前さんの仲間に脅させればいい、いつのも手口だろ!今日も外に仲間もいるだろ?」
「・・・・」
「分かったわ・・・」
「では今すぐ行け!」
美香は店を出て行った。その後ろ姿は何だか悲しげな雰囲気であったが、賢治は気にもしなかったのだ。彼女は、賢治の言う通りに行動するしかなかった。
その男とは松本博之である。美香により誘惑され、その後連れの男に脅され現金百万を恐喝されたのだった。しかし、数日後、松本の大手ゼネコン時代からの闇の付き合いである銀竜組から組員を借り、松本を脅した男達は集団リンチにあい重傷、美香も狙われたのだった。

数日後
「賢治!助けて!奴らに囲まれて身動きが取れない・・あなたも追われてるのよ!」
と、突然電話があったのだが。
「もう、お前さんには騙されないぜ・・警察にでも保護してもらいな!」
賢治は、そう一言って電話を切った。
「なんか・・ややこしい事になりそうだから、この組織を潰したほうがいいかもな・・どうせ犯罪組織だからな、存在価値なんてないぜハハハハ」
そう自分に言い聞かせ、葉山商事の情報を徹底的に集め福岡県警送る準備をした。
「さて、速達で送るか・・早く捜査してくれよな県警さんよハハハ」
このとき賢治はふと考え込んだ。ある事を思い出したようである。
「そういえばあの日・・」

賢治は一年前の春、当時、賢治のクラスは入学当時から学級崩壊しており、その約一週間後すでに病んでいた。そのときあるバーに1人で行きカウンターに座った。

「俺は、大学院で高度な数学を学び、そして教員になった。生徒に数学の楽しさを伝える為にな・・でも何だ!あのクラスは授業どころではないぜ・・・・」
賢治はそう嘆いてるそのとき、一人の男が入って来た。
やがて、その男はカウンターに座りマスターと話始めた。
何故か賢治はその男が気になり耳をすました。

「どうですか・・お客さん、勉強の調子は・・」
「ああ・・おれも30歳になってしまった。今年で受験できるのも最後だからな・・・
ずいぶんと遠回りしたが、やっとその気になったぜ!親父の顔もあるからな・・・
今年こそは合格するぜ!
まあ今年合格しても、新卒連中と8年差だから出世がかなり遅れる事になるがな・・
でも俺は頑張ってここ大牟田で昇り詰めるぜ!親父の為にもな!」
マスターは酒をつぎ始めた。

「私のおごりです・・未来の木村署長に乾杯!」
「おおお!俺は署長になるぜ!
そしてその時、大牟田署の屋上からこの寂れた大牟田市を見下すぜ!ここは俺の街だぜ!ハハハハ」

その男はどうも木村という名前らしい。
その興奮した横顔を、賢治はほほ笑みながら見ていた。

「なんて単純なんだ・・知能の低さが伺えるぜハハハハハ
だが、俺と似てきっとこの男は、大胆な奴なんだろうな・・」

この瞬間何故か賢治は、この木村に対し親近感を持ってしまった。これは、何かの導きなのかもしれない。

「あの兄ちゃん県警にいるよな・・間違いない!俺はあの時、兄ちゃんの横顔で、頑張れる気になったんだよ・・だからクラスの崩壊を食い止めることができた・・
そんな俺だが・・今では教育に絶望してるがな・・
この情報を、出世の足しにでもしてくれハハハハハ・・」
賢治は福岡県警木村巡査宛で送ってしまった。

木村巡査はじっとその証拠を眺めた。
最後に一行の文章があった。

「栄光への脱出・・・」

木村巡査は、30歳にしてようやく念願の県警に合格した。しかし、警察学校にて最年長である彼は、教官らから目の敵とされ、厳しく当たられた。そして彼は最下位の成績で、警察学校を卒業し、現場で働き始めたが。しかし、自分より年下の上司から顎で使われる事に限界を感じていたのだ。
木村巡査は警察学校時代の辛い日々を思い出した。

ある日、木村巡査は刑法の授業中に居眠りをしてしまった。
「おい木村!貴様はなめてるのか!」
教官は怒鳴った。
「よし!今からグランド100周走って来い!もちろん布団を抱えてな・・」
「え!100周!・・・・」
クラスは爆笑していた。
その日は、どうかなりそうだった。体力、精神的に病んでいた。その夜、警察学校の屋上に上がり、外を見ていた。
「俺はもう耐えられない・・どうかなりそうだ・・・」
精神的に病んでいた。そのとき、天神の明かりが見えた・・
「あの明かりが俺を呼んでいる・・あの明かりの下で楽しそうな人々の姿が想像できぜ・・」
もう俺は自分なりにがんばったぜ・・許してくれ親父・・・あの光が俺を呼んでいる!これは栄光への脱出だ・・・・」
木村巡査は警察学校の脱獄を決意した。しかし、しばらくして
「いや・・これは、破滅への序章だ・・」
人は、病んでる時、光を見ると幻を見るのだ・・人間というのは全く、都合のいい生き物である。この時、彼はどうも理性が働いたようである。

木村巡査は我に返った。
灰色のうす汚いこの警察署七階の窓の外から大牟田の夜景が見える。
「ここは一体、何処なんだ・・
この下らない法律で固められたこの退屈な組織・・
まるで刑務所にいるみたいだぜ・・・」
木村巡査の顔色が変わった。やがて立ち上がり、右手は証拠情報を握りしめていた。

「これこそが、栄光への脱出だ・・・・」

木村巡査は、押収品室に行き銃を取りだした。
「警官のリボルバー?何て物は俺には似合わないぜハハハハ」

木村巡査は、迷いもなく一人で、詐欺師集団のアジトに乗り込んだ。上司に報告しないままの常識ない行動を取ってしまった。

「おりゃー・・・国家権力を舐めるなよ!・・全員手を上げろ!」
「ズドドドドドドド・・・」
派手に散乱銃をぶっ放し、数十人の社員が全員が一斉に両手を上げた。
「一体何の騒ぎですか!令状を見せて下さい!」
代表が、言った。
「あ?この俺が法律なんだよ!・・・文句あるかコラ!」
そう捨てセリフを吐き、代表を銃で殴って失神させてしまった。

割れた窓ガラスの外から大牟田の繁華街を眺めていた。
「ああ・・すっきりしたぜ・・」
「令状なんてクソだぜ・・だから犯人を取り逃がすんだぜ!」
「県警組織もな・・だから日本の警察はなめられ、悪い奴がのさばるんだぜ・・」
「俺は間違ってない・・そうだよな親父・・・」

やがて、数十台のパトカーのサイレンが鳴り響き、迫ってくる。
「どうも、派手にやりすぎたみたいだぜ・・」

県警が到着し、全員詐欺罪で検挙された。もちろん木村巡査も連行された。
木村巡査は、警官としてあまりにも非常識な行動に出た為、県警でも大問題となり、マスコミにも追われ報道された程だ。その報道に対して「俺自身が法律だ!」という発言がニュースで話題を呼んだのだが、県警本部は大激怒、その直後留置所に送られた。しかし、ある県警本部の警視正は、一人で、あんな詳細な情報を仕入れた事に対し、その情熱と情報収集能力を極めて高く評価してしまった。出世に餓えていた木村巡査は、もちろんそれを否定していない。やがて釈放後、無試験で巡査部長に就任してしまった。県警は彼の余りにも大胆かつ凶暴な行動に対し適性が検討され、緊急配属は、暴力団対策本部であった。
木村巡査部長は大牟田署の屋上に上がり、大牟田市の夜景を見下ろしていた。
「この錆びれた大牟田の悪党共よ・・
この俺がすべて裁いてやるぜハハハハハ・・・・・」
 
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