| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ゾンビ株式~パンデミックはおきましたが株式相場は上々です~

作者:macbex
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

ゾンビ株式

 
前書き
1h小説
前・中・後編 6000字程度になる予定です。 

 
ゾンビ株式



 「それ」が始まってから広がるまで一日も掛からなかった。

氷川はいつも通りに出社して、いつも通りの仕事に従事する予定だった。今日はオリンピックの開催日で、朝のテレビでは盛んに新国立競技場が写されていた。日本各地を回っていた聖火が東京に戻り、氷川が出社する頃に聖火ランナーが走りだし、お昼の休憩をする頃に聖火台へ点灯される予定だ。

 氷川はエナメルのパンプスへ、ストッキングが伝線しないように足を入れているときに、背後のテレビから「デンセン」という声が聞こえた。氷川はとっさに振り向くと、リモコンで電源を切った。

 危ない危ない、消し忘れるところだった。

念のため折りたたみ傘をバッグに入れながら家を出た。

 中央線はがらがらだった。皆オリンピックを見ているのかもしれない。彼女は不思議だった。世の中には走ったり、跳ねたり、取っ組み合ったりするのを見ることが好きな人が、結構いる。

 お客との雑談の時にも、オリンピックの開幕式が抽選で当たったとか、柔道では日本に勝ってほしいとか、その手の話が出るが、氷川は愛想笑いしかできなかった。この話の後には必ず「オリンピックが終わったら株が暴落するって本当?」と聞かれるからだ。そんなの誰にも分からないのに、なんで聞いてくるんだろう?

 六本木にある彼女のオフィスビルに到着した。投資会社の大手は大田区に多いのだが、ベンチャーは六本木に多い。彼女のオフィスビルは築40年程度の古いもので、1階から7階まで全て証券会社で埋まっている。

エントランス――と呼べるほど立派でもない出入口から、髪を撫でつけた男性が勢いよく飛び出してくる。危うく氷川は衝突しそうになったが、男性は氷川には一顧もくれずに「実家の方は大丈夫なのか?!」と携帯に怒鳴っている。

 眉をひそめた氷川だったが、男性が駅の方へ小走りに去っていくのを見て、なんとなく事情を察した。誰か倒れたりしたのかもしれない。彼女は同情を込めてその背中を見送ると、エレベーターを待った。

 開いた瞬間、彼女は壁に背中を合わせた。この小さいエレベーターに七人も鮨詰めだったのだ。コップを倒したみたいに人が溢れると、彼らは携帯に何かを怒鳴りながら、やはり小走りに去っていく。

 ブラックマンデーでもあったの? 氷川は携帯で相場を確認するが、まだ前場(午前中の取引)も開いていない。ロウソク足も昨日の終値のままだ。氷川は閉じかけたエレベーター扉に手を挟んで開けると、閉じるボタンを押した。扉が閉まっていく。出入口の向こうには、六本木らしい幹線道路と、街路樹の植えられたインターロッキングの歩道が見える。そこを何人もの人が走っていく。彼女は急に不安になり、「開」ボタンに手を伸ばしかけたが、既にエレベーターは上昇を始めようとしていた。

その時、ガクン! 音がした。彼女は急な揺れで腰が抜け、手すりにつかまって尻もちを回避する。扉の防火窓の向こうは、夜の様に暗い、フロア間でエレベーターが止まってしまったのだ。

「ついてない……」

 彼女は今日初めて喋ったなと自嘲する。古いビルなので、エレベーターが停まってしまうことがあると社長も言っていた。そういう時はしばらく待って、駄目そうなら黄色のインフォメーションコールを捺せと言っていた。結局二分ほど待った後で呼び出しボタンを押した。呼び出し音は存外に大きな音が鳴った。いたずら防止の為なのかもしれない。



 呼び出しボタンは空振りだった。24時間監視中! と書いてあるのに、ひどい仕打ちだった。彼女は携帯電話で会社に電話をするが、なぜか誰も出なかった。助けてー!と大きな声を出すのも憚られて、彼女はひとまずエレベーターの隅でうずくまることにした。とにかく落ち着かなければいけない。パンプスの中がじっとりと濡れている。存外に自分が怖がっていることに気付いた。このまま自分はオリンピックの熱狂によって忘れ去られて、全種目が終わった後、ミイラになって発見されるのではないだろうか? 

 彼女は携帯の中から、自分を助けてくれそうな人がいないか探してみた。東京に出てきて三年経つが、東京に友達と呼べるような人はいなかった。かつての同窓は、皆地元の宮城で就職しているし、ろくに連絡も取っていない。東京に逃げてきた自分から「助けて」と連絡が来たら、彼らはどう思うだろうか?

 彼女は意を決して110番に電話した。初めてスマホの「緊急呼び出し」を使った。できれば他人様の迷惑になるような方法は使いたくなかったが、最後の手段だ。オペレーターが出る。

「すいません! 今はご対応できかねます! 事態は現在把握中です!」ブツッ

 氷川はスマホを耳から離すと、まじまじと画面を見た。切れている。

 間違った場所に電話をしてしまったのかもしれないと思ったが、履歴を何度見返してもそれは110番。こんな短い電話番号で間違えるはずがないのだ。もう一度かけようとしたとき、携帯の電源が落ちた。

 
 

 
後書き
株、あんまりよく分からないけど
勉強しながら書いていきます。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧