機械の夢
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第01部「始動」
第08話
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「マスター」
…どうしたものか。
自室の扉の前で、佇みながら考えてみる。
あの後、アカツキたちと話を進めているとラピスが部屋に戻っていった。
そっとしておこうと、何も言わなかったのがいけなかったのか昨日からラピスが部屋から出てこない。
今もリンクからは何も感じない。昨日からずっと閉じたままになってしまった。
「マスター」
やっぱりまだ子供なんだ…ろうな。
今までも納得したくない事は我慢していたが、今回は…
無理に扉を開けても解決しない。でもそのままにしても…な。
数日後、ラピスとのリンクを一度切らないといけない。約束を守るためにも必要な事だ。
隠れて過ごすのならば問題もない。だが、それじゃあラピスに普通の生活をさせてやれない。
普通といっても学校に行かせたり、所定の棲みかを作ることも出来ないだろう。
だが…それでも追われ続けるよりもましな筈だ。
「マスター!!」
腕が引かれる。
ん?
…ああ。ラムダか。
「どうした?」
「どうした?じゃありません!いつまでそうやっているおつもりですか!?マスターはこれからやることが一杯あるのですよ?」
頬を赤くして怒るなんて…芸が細かいな。
感情の浮き沈みを、表情や仕草で表現するのは人間らしいといえば人間らしいが…
考えてみれば、こいつの体に関しては何も分かっていないんだよな。
俺とリンクできたって事は、ナノマシンの処理はされている筈だ。
見た目は人間にしか見えない。
でも機械だ。
ナノマシンの処理も恐らくMCに近い操作が出来る。
でも機械の筈だ。
涙を流す事も出来て、声も声帯を通したような…機械質な音には聞こえない。
でも…機械だろう?
…こんな事を考えていても無駄だな。
「…そうだな。ラピスのことを任せてもいいかラムダ。アカツキのところに行ってくる」
「分かりました。お任せ下さい」
笑顔で頭を下げるラムダに、頼むと言ってコミュニケを起動する。
「アカツキ…ん?ああ……分かった。今から行く」
3コール以内に出るのは暇なのか…それとも気をつけているのか?
着信したアカツキと、少し話して行く場所が決まった。
「行ってらっしゃいませマスター」
「ああ」
ラピスの事が少し気がかりだったが、ラムダに任せれば問題もないだろう。
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コンコン。
無機質な音を立てて部屋のドアがノックされる。
静寂とも言える静けさを漂わせて、窓の外を見上げて雲を見る。雲と雲の垣間見える青い空が今は空しく思える。
「入りたまえ」
シュッと音を立ててドアがスライドする。
軽めの音を響かせる足音は子供のそれと感じる。
自分が呼び出したのだ。入ってきた人物に心当たりはある。
だが、今は後ろを振り向かずに空を見上げたまま…後ろ手に手を組む。
様式美は大事なのだよ。
「お呼びでしょうか」
「うむ。待っていたよ」
澄んだ声が部屋に響く。この声を聞くと少し感慨深くなる。あの頃を思い出す…いや、今では少し違うな。
「それで話とはなんでしょうか?」
「…時に、おじいちゃまと呼んではくれないのかね?」
「………あの」
何度目になるか分からない問答を繰り返す。根負けして今度から呼んでくれるのならば、二つ返事で何でもする自信がある。
「今日呼んだのは次の命令を与える事。そして、伝えないといけない事がある」
「…はい」
「うむ…まず、今回の件ご苦労だった。君たちの働きによって犠牲を最小限に抑えて鎮圧することが出来た」
人の噂も七十五日。クーデターが鎮圧されて既に日は経っている。
今ではそんなことがあったのかと、テレビやニュースで話題に上ることも少なくなってきた。あの事件の裏で行われていた行為についても公表されることはない。
後ろに佇む一人には以前から、その件で報告を受けている。
自分の能力を使って、ある実験についての証拠を集めその結果を立証する為に…その報告を受けるたびに胸の奥で痛みが走る。
彼女自身。その行為にどれだけの意味があるのか分かっているだろう。彼女は聡明で理解力もある。
だが、諦められない。凛として落ち着いた雰囲気を出しているが、彼女は芯を揺り動かされれば熱を持つことは明らかだ。
「明日より君たちには、コロニーを巡って火星の後継者の捜査と逮捕を頼みたい」
「はい」
声に少し嬉しさを感じる。やはり考え直した方が良かったかも知れない。
彼女の脳裏には、あの青年…彼の姿が写っているに違いない。
「加えてコロニー襲撃犯の捜索も同時に行ってもらうことになった」
「司令」
「…現状で、コロニー襲撃と火星の後継者は接点が見つかっていない。あの黒いエステバリスのパイロットは最重要参考人…として捜索されることになった」
本音で言えば、コロニー襲撃時の映像記録は残っていない。実際にコロニーを爆破したのが、あのエステバリスなのかは不明だ。しかし、そんなものは関係ない。今のままだといずれそれも作られる。
そう、作られるのだ。
「…以上だ」
「はい…」
さっきと違って力のない返事。それが迷いを誘う。言うべきか…言わないほうが良いのか…
「それとユリカのことなのだが」
「それは私が説明しましょう」
こちらの声をさえぎって、テレビのディスプレイが付き声が響く。
「…さん」
「少し疲れているから詳細は後でレポートするわね。結論から言うと、彼女は大丈夫。ちゃんと安静にして療養すれば回復するわ」
「そ、そうか!」
その言葉に安堵する。
彼女は遺跡施設の第一人者とも言える。
無理を言ってこちらに来てもらった。そのためにいくつかのカードを切ったが、それで少しでも安心が買えるなら安いものだ。
「本当ですか?」
「ええ。彼女はずっと夢を見ていた気分と言っていたけど一種のコールドスリープ状態だったのかも知れないわね。生体部品として組み込まれてはいたけど、遺跡とリンクさせる為の大事なユニットとして無茶はされてなかったみたい」
言葉に少し棘を感じるが、気のせいと思おう。
「ユリカはどうしている?」
「今は寝ているわ。さっきまで、夢うつつのまま質問に答えていたらそのまま眠ってしまったわ」
「あの…ユリカさんは…」
「…あの子、覚えていなかったわ」
感情を感じさせない冷え切った言葉だった。
「そうですか」
私としてはその言葉に少し安心を覚えてしまった。
「恐らく、拉致されて直ぐに遺跡に組み込まれるために眠らされていたのでしょうね。記憶を残してしまうと、実験に支障が出るかもしれないと考えたのかもね」
「あの…無事、でしょうか?」
ユリカが無事なのは聞いた。その後の、この質問。恐らくは彼のことを言っているのだろう。
彼には同情はする。夢を諦め、今では…
あの事件後の調査で分かった様々な事。その中にあった人体実験の名簿。
その実験内容…
「ええ。今は安定しているわ」
交わされる言葉の節々に違和感を与えながら、やり取りが行われている。
…果たして私がしていることは正しいのか。
彼の事は葬られた。
終わったこととして。
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「おっせえぞアキト!」
「待たせたセイヤさん」
まったく、コイツはいつもマイペースだよな。
「せっかくこの俺様が来てんだ。エステちゃんのご機嫌を見ながら新発明をしたい!!っていうのを抑えて、色々やってんだからよ」
「ああ。感謝している」
アカツキの野郎に呼び出されて来てみれば、またコイツら無茶しやがる。
しかも、アキトの出頭が決まる前に呼び出しやがって…用意周到じゃあねぇか。
口の端が上がるのが分かる。
アイツじゃねぇが、燃えてくる…あん時に戻ったみたいだぜ
「でもよ。本当にやんのか?下手したら…」
「セイヤさんの腕は信用している」
「一言余計だ。は、て何だ。は、て」
スパナでアキトを指す。
俺の後ろにはブラックサレナがおかれている。
ここ数週間の戦闘で、ラムダが整備と点検をしていたみたいだが実際にバラしてみると結構、結構部品に負荷かがかかっていた。
こんな無茶なスペック…本当なら作るつもりはなかった。
アキトの野郎の本気を思い知らされて、俺が求めた事にコイツは泣き言言わなかった。
「そうですね。また迷惑をかけます」
常人じゃ絶対にまともに乗れねぇように仕上がったのに、こいつは乗りこなしやがったんだ。それに答えないと男が廃るってもんだろ?
「…いいけどよ。それが俺の仕事だからな。大いに任されよってな!」
ピーッ!
電子音が鳴ってサレナのハッチが開く。
やぁっと降りてきやがった。
「いやぁ…やっぱり駄目だね」
「だから言ってんだろ?慣れとかじゃねぇんだよ」
ハッチからゆっくりと出てきたアカツキは、はしごを使って降りてきた。
顔色が悪そうだな。だから姿勢制御くらいは緩和しておけっつったのによ。
「前も同じような事を言っていなかったか?」
「いいじゃないか。昔取った杵柄…っと言ってもこれは駄目だね。何度か反転すると姿勢制御がままならない…敵と敵の間を抜けるなんてよく出来るね」
髪についた汗を、ぬぐうようにかきあげやがる。
「俺だって、ラピスやサレナの補助がなければ精確な動きは難しい。最初は何度も死に掛けただろ」
「そうだったね……あ、軍の方に行っているイネス君から連絡があったよ。無事だってさ艦長」
「そうか」
「そうかって、そんだけかよ?やっと助けられたんだからよぉ」
「前にも俺の考えは言ったはずですよ。俺は復讐の為…そしてアイツを守れなかった自分の為に闘う。罪を背負った俺に、あの頃に戻る権利はないですから」
コイツが生きてるって聞いて、何度皆に言おうか。ルリルリに伝えてやろうかと思ったか分からない。
それを止めていたのは、必死に死に急ぐコイツの姿を見ちまったから。俺は、死に行かせる為に技師になったんじゃねぇって言った時に、コイツに言われた言葉を生涯忘れられないと思った。
あんなに好きだったコックの道を閉ざされて、あんだけおかしくなっちまった体で必死に震えていたのを見て何も言えやしなかった。
「そうだったな」
でもよ。
やっとここまで、頑張ってきたんだからよ。一度くらいは弱音を吐いてもいいんじゃねぇか?
出かけた言葉を飲み込んだ。
これは俺の話すことじゃねぇ。俺は共犯者だ。
コイツの事を言えた義理はねぇ。俺も納得して協力したんだからな。
目の前の機体を見上げる。
あの赤かった機体は、黒い漆黒の鎧に包まれている。
熱血って言っていた姿が、闇に閉ざされる。そんなこと考えちゃいなかったが、考えてみれば同じなんだよな…
「体に支障はないみたいだよ。安静にしていれば数ヶ月もかからず退院するってさ」
「そうか」
「…ふぅ。それじゃ、この話は今はやめておこうか。とりあえず建設的な話をしよう」
目の前の会話に入ってこれからの事を話し合う。
問題はどうやってアキトの死亡を軍の奴らに認めさせるか…
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「ラピス…入りますよ」
アキト…
「暗いですね…ラピス…寝ちゃってますね」
胸がチクチクする。
私はアキトの目。アキトの…
どうしてずっと一緒にいられないの?
暖かい…アキトと繋がっていると落ち着く。この感覚が私。この感覚がなくな、っちゃう。ゾクって感じて手を握り締める。
なんかやだ。
リンクを強く繋げる。思考の波にアキトを感じる。
もっと。もっと強く。そう思うと、手を伸ばせば届く距離にアキトを感じることが出来るから。
「…マスターが強く出られない理由が分かる気がしますね。ふふふ。こんな事を考える私は、どこか壊れてしまっているのかも知れませんね」
ん。
頭に手をおかれた感じがする。アキ…ト?
「起きちゃいましたかラピス?もう。こんな時間に寝ちゃうと夜寝られなくなっちゃいますよ」
……
プイっ。
見たくない。
「ラ、ラピス?あの、私ですよ。ラムダですよ?」
見たくない。
プイっ。
「ラピス?この前約束していた映像を見ませんか!?そうしましょう!」
………プイ。
「なっ!ほら。ラピス。これなんてどうですか?マスターがラピスを寝かしつけながら自分も寝ちゃったVerですよ!!」
…プ…ィ。
「そ、そうですか。なら奥の手です。マスター で はどうですか!!」
ジー。
「か…勝ち………ジーーーー」
二人揃って仲良く楽しむと同時に少しは和解できたが、終わってみれば説得ではなく単に懐柔しただけと頭を悩ますラムダだった
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