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ソードアート・オンライン 幻想の果て

作者:真朝
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八話 攻略組への誘い

――WINNER

デュエル決着を示す紫色の文字列が宙に浮かび明滅する。突撃槍(ランス)を突き出したシュウ、そしてそのランスに胸の中心を貫かれ信じられないというように目を見開いたロン。大方の観衆の予想を裏切りそのデュエルは中層プレイヤーであるシュウの勝利という形で決着した。

ウィナー表示の文字列が消えるより早く、シュウがロンを貫いたままのランスを引き抜く。最後に放たれたソードスキルの威力で宙に縫い付けられたような形になっていたロンは支えを失いそのままどさりと尻餅をついた。そんな彼は息をせわしなく乱し、見開いたままの瞳を動揺に揺らしながら目の前の何も無い空間――プレイヤー本人の視界には映し出されている自身のHPバーを凝視している。

その場が静まり返る中、不意にパチパチと、手を叩き合わせる音が鳴る。中層プレイヤー側でただ一人驚いた様子もないアルバのデュエルを終えた二人に送る拍手の音だった。

「ナイスファイト、いい勝負だったぜ」

にやりと笑って少年がそう言うと、やがて周囲のプレイヤー達、敗れる結果となった《聖竜連合》側の者達も決闘を演じた二人に拍手を送り出す。一部には渋い顔をするものもいたが、「やるじゃねえか」「たいした盾捌きだったぜ」などシュウを認める言葉を口にするものも少なくなかった。

拍手の音が鳴り響く中、《聖竜連合》側からはリーダー格のシュミットが、中層側からはパーティメンバーであるアルバとトールが決闘を終えた二人の元に歩み出した。

「正直負けるとは思っていなかった、強いな」

座り込むロンの隣まで来たシュミットがシュウに声をかける。その賛辞をシュウは大した感慨も見せず受け、ランスを背に負いなおした。

「俺達中層プレイヤーは最高レベルのあんたらと違ってPKなんかに狙われやすいからな、わりと対人戦慣れしてるんだよ。そちらの人も防御値低いタイプだったから助かった、あんたみたいなタンク系プレイヤーだったらジリ貧になってたかもしれない」

「どうだかな……ロン、大丈夫か?」

未だに腰を落としたままの短剣使いにシュミットが声を落とす。するとロンはビクリと肩を震わせ、慌てて腰のポーチから小さな瓶、HP回復アイテムのハイ・ポーションを取り出し中身を呷った。

「お、おい……どうしたんだ急に」

「そっとしといてやれよ」

その余裕の無い行動ぶりを気遣うシュミットを歩み寄ってきたアルバが遮った。ロンの様子をちらりと見ると、彼の行動理由を見透かしたような確信に満ちた言葉を続けた。

「多分HPが一気に吹っ飛んじまったんだろ、一気にイエローゾーンまで削られたら誰だって焦るわな」

「な……今のデュエルは強攻撃のヒットで決着したんじゃないのか?」

「どっちも、だったんじゃねえかな?貫通武器で心臓位置ならクリティカルヒットだ、しかもシュウなら――」

メニューウィンドウを開き今のデュエルで消耗した装備の耐久度を確認しているシュウを横目で見、アルバは彼の勝利を我が事を喜ぶかのように誇らしげな表情で解説を聞かせる。

「ソードスキルの一番《重く》なるポイントで当ててくる。威力のブーストも完璧だったしな、防御値低そうなその装備じゃとんでもないダメージになった筈だぜ」

システムアシストによりただ武器を振るう攻撃行為とは比べ物にならない威力を生み出すソードスキル。発動前に体の動きをソードスキルの流れに沿って動かし、力を加えてやることで威力を上乗せするスキル威力のブースト法というものが存在するが、ソードスキルにはもう一つパラメータに依らないプレイヤーの技量が干渉し得る要素があった。

狙い通りの場所に攻撃を運ぶ能力(エイミングテクニック)。ほとんどのプレイヤーは無意識に行っていることだが、いくらシステムアシストに従い体が動くといっても文字通りただ体が誘導されるがままに任せるのならば攻撃を目標に対し正確に当てることは至難の技だ。

しかしSAOには体に隙間の多い骸骨形モンスターも数多く存在している。そしてプレイヤーの中にはそんな空洞だらけの体躯から有効範囲を正確に、レイピア等の細い剣先によるソードスキルで突き穿って見せる者も数多くいるのだ、ならばそこにはプレイヤーの意思によりスキルを誘導することが出来る何らかのロジックが存在すると考えられるのは当然だった。

いかなる要素がその結果に影響をもたらしているのか、断定できるのはこのゲームの開発者である茅場晶彦ぐらいのものだろうが一部のプレイヤー達の間でまことしやかに囁かれているのが《ディティール・フォーカシング・システム》による誘導説である。

SAOに存在しているモンスター達には製作者側のこだわりなのか、攻撃の狙いに例外なく視線を向けるという特性があった。目という器官をもちあわせていないタイプのモンスターについてはその意識の向いている方向を感覚で判断するしかないが、そういった実例もありプレイヤーの視線に合わせて物体の解像度を変化させるこのシステムこそがソードスキルの追従性に影響を及ぼしているという説は一定の説得力を持って広まっていた。

そしてソードスキルの軌道を限定的とはいえ意識的に操作できるのならば可能になる事象があった。システムの補正を得られるソードスキルといってもいつどのタイミングで攻撃を命中させたとしても同じ威力を発揮できるというわけではない、武器を振り出した瞬間、連撃の切り返し直後のような瞬間には十分な力を加えられているはずもなく、攻撃が命中したとしてもまともなダメージは望めない。

逆にいえば十分に勢いが乗った状態で命中させることが出来たならそのスキルが持つ威力を有効に発揮できるということになる。シュウが放った最後の重単発攻撃《ランメ・カノーネ》の一撃はその効果を最大限に生かしたものだった。

持ち前の筋力値による踏み込みと身体操作によりブーストしたスキルの威力、それがピークに達する瞬間に急所へと打ち込む、いわば二重の会心の一撃となる威力は計り知れないものになる。それを可能にする飛び抜けた三次元的攻撃精度(アキュラシー)こそがシュウが持つ最大の強みだった。

耐久度の確認を終えたシュウはメニューウィンドウを閉じ、解説を披露したアルバに向け軽く嘆息して見せながら苦言を呈した。

「アルバ、あまり人の手の内を語らないでくれ、マナー違反だぞ」

「悪りー悪りー、つい喋っちまった」

陽気に笑いながら悪びれた様子もなく返すアルバだが、そんな彼に慣れているシュウはそれ以上何も言わず目を閉じ薄く笑いまで浮かべる。デュエル直後にも関わらず余裕に溢れる少年達の姿にシュミットは目を瞬かせ、やがて何かを決心したように表情を引き締めていた。



   *          *          *



鉱山跡地での諍いから一週間後、いつものように四十二層フェルゼン、エルキンの酒場で一日の活動を終えくつろいでいたシュウ、アルバ、トールの三人は珍しい客を迎えていた。回転椅子(スツール)を回しカウンターに背を向けた三人はその来客――《聖竜連合》シュミットの目的が掴めず沈黙していたがやがて、シュミットの方から口を開いた。

「単刀直入に言おう、お前達……《聖竜連合》に来ないか?」

ギルドへの勧誘を意味するその言葉にシュウら三人は程度の差こそあれどそれぞれに驚きを顔に浮かべる。押しも押されもせぬトップギルド《聖竜連合》がレベルでは攻略組に及ばない彼らを自ら勧誘にくるというのはそれほど意外だった。

「悪い話じゃないはずだ、うちなら最前線近くでレベリングのサポートも出来るし、攻略組にもスムーズに加入できるだろう」

「……確かに悪い話じゃないな、しかしどうしてリーダー格のあんたがわざわざ出向いてまでレベル的には格下の俺達を勧誘しにくる?戦力に困ってるわけでもないんだろう、それにこの間の騒動で俺達にいい印象持ってないやつが結構いるんじゃないのか」

飲みかけのグラスを置き、シュウが疑問を口にする。鉱山跡地での一件もあり《聖竜連合》との対談は彼に任せるつもりらしくトール、アルバは口を挟まずじっと目の前の男を見るだけでいた。

「知っての通り、うちのギルドの方針は最強ギルドの立場維持に向いている、迷宮区の探索よりもレベリングや装備強化に活動が偏っているのは事実だ。
――だが最近ギルド内で攻略にもっと積極的に参加しようという人間が増えてきてるんだ」

ギルドの内部事情を躊躇い無く口にしたシュミットにトールが瞠目する。かなり腹を割って話す覚悟らしい、この勧誘への気の入れようが窺えた。

「かくいう俺も攻略積極派なんだが、これまでの方針維持派とで意見が割れることが多くなってきててな。だが、俺達聖竜が攻略にもっと参加できるようになれば攻略速度には貢献できると思うんだ。《血盟騎士団》が精鋭ぞろいとはいえあちらは三十人もいない少数ギルドだからな」

そこでシュミットは一旦言葉を切り、頭を下げ頼み込む。倣岸で知られる《聖竜連合》の男がそこまでの態度を見せたことにシュウ達三人も驚きを隠せなかった。

「頼む、きっかけが欲しいんだ。うちのメンバーにとってお前達の加入はいい刺激になると思う」

「……解らないな、そんな理由なら尚更、どうして俺達みたいにレベルで劣るプレイヤーを引き込もうとする?」

「この間のデュエルを見て思ったんだ、お前達には華がある」

すっと背を伸ばすとシュミットは表情にうっすら申し訳なさそうな色を滲ませながらも、毅然とした顔つきのままで言葉を続ける。

「失礼だがギルドに誘おうという相手だからな、お前達のことを情報屋に頼んで調べさせてもらった。安全マージンを度外視した上層に三人で挑んで効率的な狩場を見つけて回ってるそうだな、ここの集まりに最も貢献していると有名らしいぞ、それと……アルバートにトール、お前達がパーティの壊滅を経験してなお攻略を目指しているということもな」

シュミットが語った言葉、とりわけアルバとトールの二人に向けて放った最後の部分に彼らは顕著な反応を見せた。触れられたくない古傷に触れられたような苦い表情、加えてシュウとトールは思いがけなかった情報にアルバを見る。

彼らがパーティを組むようになったのは二ヶ月程前からコミュニティで三人が出会ってからのことになる。それまでお互いがそれぞれのスタイルで時には見知らぬプレイヤーとパーティを組みながらアインクラッドで戦ってきたのだろうとは理解するところだった。

デスゲームの開幕から一年以上もの期間、アルバにしてもトールにしても一定の期間固定のメンバーでパーティを組み冒険に繰り出したことは経験があることだ。そしてフィールドでの戦いに身を投じる彼ら剣士系プレイヤーにとって安全マージンという保険をかけていても危険は身近に潜んでいる。

致命的なトラップを踏んでしまうなど不測の事故の類でパーティの壊滅という憂き目に遭ってしまう者達は少なからずいた。そんな中で運良く一人生き残ってしまった者達はほぼ例外なく、目の前で仲間達が死んでいくという強烈な心的外傷(トラウマ)を抱えることになってしまう。

そんな精神状態に陥ったプレイヤー達は安全圏である街から出ることが出来なくなってしまうか、この世界への憎しみを募らせ無謀な戦いに臨み自らの命をも散らしてしまうなどしてしまう場合がほとんどで、攻略にまで復帰できる者は稀だった。

トールもまた彼らとパーティを組むようになる以前に、レベリングを支援していたプレイヤーパーティを全滅させてしまうという経験をしていた。彼が下層プレイヤーに対し過剰なまでに安全を徹底した支援を行うのにはその経験が起因するところによる。

シュミットの調べが正しければ日頃快活な姿しか目にすることのないアルバもまたそんな経験をしているということだった。俄かには信じられずアルバの顔を覗き込む二人の視線の先には、感情を押し殺した、普段の彼からは考えられないような顔があった。

「――あんまり触れて欲しい話題じゃねぇな」

「すまない……だがそれだけの攻略に対する熱意のあるお前達だからこそ、うちに来て欲しいと思うんだ。お前達のようなやつが居ればあいつらだって何か感じてくれるかもしれない、どうか――《聖竜連合》に加わってはくれないか?」

低い声で呟いたアルバに詫びながらもシュミットは引かず、再度その求めを三人に訴えた。しばし沈黙の帳が落ちる中、アルバがふうっと溜め息を吐き、そこに気遣わしげな声をトールがかける。

「アルバ……」

「あー、そんなツラすんなよトール。少しおもしろくないこと思い出しただけだってだけさ、すぐ元通りになる。それより返事、任せるぜ」

「え……任せるって」

「俺はどっちでもいいぜ、シュウはどうだ?」

水を向けられたシュウは表情を明朗なものに戻したアルバと判断を委ねられ戸惑うようにしているトールとを交互に見ると、その問いかけに応じた。

「俺もトールに任せよう」

「そんな、俺の一存で決めるなんて……」

「トール、俺達の中で一番攻略の事を考えて努力してるのはお前だ。そのお前が選んだ選択なら俺達は納得できると言っているんだ。ずるいことを言ってるのはわかってるからな、遠慮なんてせずに決めてくれ」

その揺ぎ無い信頼が込められた言葉に抗論出来なかったトールはそのまましばしの間考えをまとめるように瞼を閉じていたがやがて、キッっと目を見開き、強い意思が感じられる瞳をシュミットへと向けた。

「シュミットさん、折角のお誘いですが俺達は《聖竜連合》に行くことはできません」

「――っ、どうしてだ?攻略組に参加するのはお前達の目的でもあるだろう」

食い下がるシュミットにトールは黙って首を振り、勧誘を拒否した理由を語っていく。

「俺達の目的はこのSAOのクリアであって攻略組に参加することではありません、そしてその為には俺達三人が攻略組に参加することよりも、もっと多くのプレイヤーが攻略に参加することが早道だと思うんです、たとえばこのコミュニティに参加している中層プレイヤー達のような皆が。そして俺達には先程言われた効率的な狩場の発見も一つですが、その為に役立つことが出来る」

己の行動理念を語るトールの顔に迷いは無い、決断を任せた少年のその表情をアルバは眩しいものを見るかのように、瞳を細めて見守っていた。そしてその隣で、そんな二人の顔を横目で見ていたシュウは何か感じ入るものでもあったのかほんの一瞬眉根を寄せて表情を(かげ)らせ、置いていたグラスを口へと運ぶことでそれを隠した。

「今最前線を支えてくれているプレイヤーの皆さんには申し訳ないと思っています、しかし彼らだっていつまでも戦い続けられるか分かりません。命懸けの日々に疲れる事だってあるでしょう、逃げ出したいと思うかもしれない。そんな彼らを――戦えるのは自分しかいないなんて思いつめさせないためにも――俺達はまだ、攻略組に行くことは出来ません」

「……そうか」

トールの語りを聞き終えたシュミットは生半可な説得で彼の選択を変えることは出来ないのだと悟り、深い諦めの溜め息を漏らす。

「無理強いはできないな」

「すみません、それでも俺は……」

「いや、中層にお前達のようなプレイヤーがいると分かっただけでも良かったかもしれない、こちらの事情はどうせ内輪ごとだ、気にすることは無い」

顔を申し訳なさそうにしたトールを遮り、シュミットは心配をかけさせまいとするように軽く笑ってみせる。終始噂とは異なる、むしろ紳士的な態度で交渉してきたそんな彼にトールら三人も笑い返し、勧誘が決裂に終わった場の雰囲気も和やかですらあった。

「ま、すぐ最前線まで上がってやるからさ、それまで死ぬなよおっさん」

「おっさ……誰がおっさんだ!俺はまだそんな歳じゃない!」

「そうだな、おっさんは言いすぎだろうアルバ、まだ大学生ぐらいじゃないのか?」

アルバとシュウのそんな軽口にシュミットが苦い顔をする。体格こそいい彼だが実際はそんなに老け顔というわけでもなく高校生と言っても通るぐらいだろう、明らかにからかわれているのだがそんなやりとりをトールも窘めるでもなく笑ってみていた。そこに――

「うわごつい装備の人……トール、シュウ、アルバ、話し中?」

少年らには聞きなれた少女の呼び声がかかった。シュミットは振り返り、シュウらは首をまげて声の方、シュミットの背後を見るとそこにはリコとマリエル、そして先日コミュニティに加わったヨルコとカインズの四人が立っていた。

「マリちゃん達か、丁度今話がついたところだよ。カインズさん達と一緒に来たのかい?」

「うん、エルキンさんの紹介で店に来てくれて、これからお得意様になってくれるかもしれないし、売り込みも兼ねて少し話してたの。ヨルコさんからスイーツ系メニューが豊富なショップ教えてもらっちゃったからねー、今度リコと行ってくるわ」

「話ってそんなのかよ。ん?おいおっさ……シュミットさん?」

機嫌良さそうに揚々と喋るマリをじと目で見ていたアルバがいつしか硬直していたシュミットに呼びかける。シュミットはぽかんとした表情で、同じように驚きを顔に浮かべているヨルコ、カインズと顔を合わせ、ぽつりと呟きを漏らす。

「ヨルコ、カインズ……」

「シュミット……」

互いの名前を呼び合う彼らの関係が掴めず周囲の少年少女は様子を窺うように沈黙してしまった。 
 

 
後書き
会話パートになるとすぐぐだつくのが悩み……キャラの動きが少ない部分は地の文を考えるのに苦労します、書く速度がたちまち落ちる……すらすら書ける書き手さんは本当にすごいと思いますね。

ちょっと独自解釈、設定が炸裂してますが明確なターゲッティングの設定描写が無かった原作でどうやってスキルの狙いをつけているのかなど疑問に思ったところを妄想してみました。今後のプログレッシブ次第では黒歴史になるかも……; 
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