| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

ボヘミア王

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
< 前ページ 目次
 

第一章

               ボヘミア王
 チェコのボヘミア王の王冠には一つの言い伝えがある、それはどういったものかというと。
 それを被るに値しない者が被るとその者に禍、死とも言われるそれが訪れるというのだ。この話は欧州では非常に有名である。
 それでその話を聞いたナチス親衛隊大将ラインハルト=トリスタン=オイゲン=ハイドリヒは部下にこう言った。
「その話は私も知っている」
「そうなのですか」
「被るに相応しくない者が被れば一年以内に死ぬ」
「そう言われています」
「それが禍だとな」 
 ボヘミア王の王冠の言い伝えだというのだ。
「有名な話だがな、だが」
「それでもですか」
「この話は迷信だ」
 その面長で小さい目の顔で言った、見れば目の光は実に剣呑で彼が尋常な人物でないことがそれだけでわかった。
「それに過ぎない」
「閣下はそう思われていますか」
「そうだ、そして私は迷信を信じない」
 ハイドリヒは部下にこうも言った。
「全くな」
「ではこのお話は」
「文字通り一笑に伏す」
 笑わないでの言葉だった。
「その様なものが今のドイツに必要か」
「それは」
「隊長殿は随分そうしたことがお好きだが」
 自身の上司新鋭隊長であるヒムラーのことにも言及した。
「しかしだ」
「これは迷信であり」
「気にすることはない、チェコは既にドイツの領土となった」
 ついこの前にそうなった、ヒトラーはチェコを随分脅して無理にそうした。そこに至るまでの経緯はまさにヒトラーの外交的勝利へのプロセスだった。
「そしてボヘミアもな」
「あの地も」
「そうなった、ベーメンはな」
 ここでハイドリヒはボヘミアをドイツ語で読んだ。
「そうなった、そしてその王冠もだ」
「話がドイツのものとなった」
「しかしそれでドイツがどうなると思うか」
 自分達の国がというのだ。
「恐慌から瞬く間に蘇ったこの国が」
「それは」
「ならないと思うな」
「最早ドイツは敗戦後のドイツではありません」
 部下もこう言った。
「決して」
「そうだな」
「恐慌から蘇り」
 ハイドリヒの言う通りにだ。
「軍隊は復活し」
「そして領土もな」
「オーストリアを加えチェコもです」
「あのドイツ帝国をも凌駕する」
「それだけの国になっています」
「そしてさらに大きくなる」
「それならです」
 ハイドリヒに続ける様にして言った。
「もうです」
「ベーメンの王冠についてもだ」
「ドイツの中にある宝の一つですね」
「それに過ぎない、小さなものだ」
 それに過ぎないというのだ。
「そして総統閣下はな」
「あの方は王冠は好まれません」
「あの方は王侯貴族がお嫌いだ」
 ヒトラーは平民出身だ、その為貴族階級に対する劣等感が存在しているのだ。その為貴族出身の高級軍人達とは折り合いが悪い一面もあった。ハイドリヒもこのことを知っていて今部下に対して言ったのだ。 
< 前ページ 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧