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癌でも

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第四章

「スタジオ録音をですか」
「日本ですることになった」
 医師にこのことを話した。
「この度、そして遂に」
「遂にといいますと」
「カイロでオテロに出ることになった」
「オテロといいますと」
「イヤーゴを歌うことになった」 
 この歌劇の悪役、原典であるシェークスピアのオセローのヤーゴをというのだ。
「そのことが決まったよ」
「そういえばこれまでは」
「舞台ではなかった、だから」
「カイロではですか」
「是非歌いたい、そして日本でも」
「録音をですね」
「頑張りたい」
「そうですか、ですが」
 医師は仕事とそれへの意気込みを語るバスティアニーニに暗い顔で話した。
「マエストロはもう」
「癌が転移しているな」
「ですから」
 それ故にというのだ。
「もう無理は」
「わかっている、どうもな」
「お身体の調子がですね」
「最近次第にな」
 見れば顔色が悪い、その顔での言葉だった。
「悪くなってきていることをな」
「ご自身でもですね」
「自覚している」
「左様ですね」
「だからだ」
 それでというのだ。
「今年の末位かなら」
「舞台の方は」
「休んでだ」
 そうしてというのだ。
「治療に専念したい」
「そうされますか」
「何度も言うが私は最後の最後までだ」
 それこそという言葉だった。
「癌が完治する様にだ」
「していかれますね」
「諦めない」
 絶対にというのだ。
「何があってもな」
「そうですか、では」
「日本には演奏に行ってな」 
「録音をですね」
「してだ、カイロでだ」
 エジプトの首都でというのだ。
「イヤーゴを歌う」
「そうされますね」
「どちらも全力で歌い楽しんでくる」
 こう言ってだった、バスティアニーニは。
 日本に行き歌い録音も行なってだった、カイロでイヤーゴを歌った。彼の舞台でのはじめてのイヤーゴだった。
 そしてその末からだった。
 バスティアニーニは仕事を入れない様になっていた、それで医師に話した。
「癌は転移したが」
「はい、まだですね」
「私は生きている」
「それならですね」
「やってみる、そしてだ」
「癌が治れば」
「まずは体力を戻し」
 そうしてというのだ。 
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