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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第七十話

 町中で気が済むまで散々に泣いた小十郎は、前髪を下ろして目元を隠しながら歩いている。
その珍しい髪型のせいか、普段よりも随分と幼く見えるのを政宗様が珍しそうに眺めていた。
小十郎は恥ずかしいとばかりに政宗様から目を逸らしているけれども、
こんなのをネタにするほど政宗様も人間出来てないわけじゃないだろうから安心しなって。
もしからかったりしたらぺちゃんこに潰しておしおきしてあげるからさ。

 伊達屋敷に戻ってからも小十郎の珍しい髪型に兵達が興味深そうに眺めてくるんだけど、
泣いた跡を隠してるってのに気付いた連中は髪型については何も言わなかった。
どうして泣いたのか、なんてそんな無粋なことを聞くほど、空気の読めない連中でもないしね。

 ……まぁ、その代わり小十郎がいなくなったところで私に詰め寄って、
小十郎様どうしちゃったんですか、って聞いてくるから困るんだけどもさ。

 「あー……えーっと、小十郎がいつまでも身を固めないから、男としての尊厳を根底から叩き崩すことを言って、
泣きそうになっても説教し続けたらマジ泣きされた……かな?」

 その適当に吐いた嘘を、片倉家の力関係を知る部下達はこれを素直に信じてくれて、小十郎に励ましの言葉を送ったってんだから救われない。
最初、何を言われているのか分からなかった小十郎は答えに困ったらしいんだけど、
どうも私がそういう説明をしたと知って、もう少しまともな嘘もあったでしょうに、と酷く呆れられてしまった。

 だってさぁ……咄嗟に思いつきませんよ。
普段鬼のように怖いなんて評価されてる小十郎が、痕残すくらいに泣くなんてさぁ……余程のことがあったって証明してるもんじゃないっすか。
まさか馬鹿正直に話すわけにもいかないし、話したら話したで六郎の奴リンチにしそうじゃないの。
個人的にはよくやったって言うけど、上に立つ人間としちゃそんなことされたら罰しなきゃならないしね。

 さて、夜になってお市と二人で部屋の前で月を見ながらお茶をしていると、政宗様が酒を持ってやって来た。
小十郎でなくてもいいのかと言うと、たまにはお前と飲みたかったと言われて、二人で摘んでいた茶菓子を勧める。

 「飲みすぎないで下さいよ。政宗様、下戸なんですから」

 「分かってる! 無粋なこと言うんじゃねぇよ」

 だって酔っ払って寝ちゃったら、運ばなきゃならないの私だもん。
まさか私の部屋に寝かせておくわけにもいかないし、政宗様抱えて歩けるだけの力は私にはない。
とすると重力の力でふわふわ浮かせて運ばないといけないんだけどもさぁ……
過去にそれやったら見回りの兵にお化けと勘違いされて悲鳴上げられちゃったし。

 「私に担がれて運ばれた、なんて噂が立っちゃったら困るんじゃないですか? 女だ、ってことになってるんですから」

 渋い顔をした政宗様は、ぐっと杯の酒を一息に飲み干した。

 そんなペースで大丈夫か? 大丈夫だ、問題……いやいや、大有りだろう。

 私も湯飲みに酒を注いでもらって、それを飲む。
お市はどうなのかと思ったけど、飲むというので飲ませてみたら意外と強そうな気がする。
政宗様が持って来た奴、そんなに強くは無いけれど結構辛口なんだよね。
でもそれを辛くて美味しいとか言ってるから……この子、ザルかワクかどっちかなんじゃないのかなぁ……。

 うーん、人は見かけによらないわ。

 「……強くなったのは、お前の為か」

 「へ?」

 唐突に言い出したそれが一体何のことだか分からなくて、私は首を捻ってしまった。

 「小十郎だ。そう言ってただろ」

 ああ、そう言えば私に頼って欲しいから強くなった、って言ってたよーな。
何となく面白く無さそうな政宗様に、悪いと思いつつ噴き出してしまった。

 「……笑うんじゃねぇよ」

 だってさぁ、政宗様ったら本気で拗ねてんだもん。
強くなった理由は俺の為、って言ってもらいたかったんだってのは予想がつくけどもさぁ~……
笑うしかないっしょ。そんな顔して言われたら。

 「政宗様が思ってる“強さ”と、小十郎が言った“強さ”は違うと思いますよ」

 そう答えてやると、政宗様が少しばかり興味深そうにこちらを見ている。

 「小十郎が命を懸けて守ると決めたのは政宗様です。守る為の強さを、政宗様と出会ってから必死に磨いてきました。
あの天才的な剣の腕も内務の能力も、博識であるのも全て政宗様の為です。
いや~、愛されてますねぇ~。閨にでも呼んでやったらどうっすか」

 「小十郎じゃその気にならねぇよ。俺にも好みってもんがある。親父みてぇに抱ければ何でもいいってわけじゃねぇ」

 ほ~、好みですか。見事に私がそれに当てはまっていたと。貴方も随分悪趣味ですね。
っていうか、輝宗様の趣味もきちんと心得てましたか。それはそれは。

 まぁ、それは置いといて……。

 「守られなくても一人で立てる強さ、転んでも手を差し伸べられずに立ち上がれる強さ……
小十郎の言った強さってのはそういうもんだと思うんです。
子供の頃は、今の小十郎とは違って本当に頼りなかったですから。
誰かの拳に傷つけられて、誰かの言葉に心を傷つけられて……いつも泣いてばかりいましたからね。
そういう人間に頼ろうって気にはならないでしょ」

 「……まぁ、な」

 「それに男だから、女に頼られたいってのはあるでしょ」

 小十郎だって何だかんだで男だしね。
それに惚れてたって思ってたんだから、良いところ見せたいってのはあるだろうしさ。

 「それは違ぇと思うがなぁ」

 政宗様が軽く笑って杯を置く。一体何が違うって言うんだろう。

 「前に小十郎が珍しく酔って零したことがあんだがな、『姉上は小十郎の前では決して涙を見せようとしない』って言ってたんだよ。
どうにもその意味が分からなくて聞いてみたんだが、わざと強く振舞って、良い姉でいようとしているように見える時があるそうだ」

 政宗様の言葉に、酒を口に運ぼうとする私の手が止まる。

 「全く泣かねぇってわけでもないとは思うが……
まぁ、俺も泣かせたクチだから言えねぇが、お前の方がむしろ小十郎よりも不器用だと思うぜ? 泣くってのはな。
……それが分かってるから、余計に支えたいんだろうよ。もうちっと、分かりやすく頼ってやっても良いんじゃねぇか?」

 「……無理ですよ。いいお姉ちゃんでないと、私がいられないんです。
今までそうやって生きて来ちゃったんですもん。そう簡単には止められませんよ」

 強くて元気で明るくて……いつも笑ってるそんなお姉ちゃんでいなければならない。
小十郎のことを思っているのは確かだけど、でもそれだって百パーセント小十郎の為かと言われるとそうじゃない。
その半分は自分の為、そういうお姉ちゃんでいなければ自分がいられなかったから。
いや違う、お姉ちゃんってだけじゃない。そういう“私”でなければ、とてもいられなかった……それだけだ。

 政宗様が立ち上がって私の側に座る。そっと私を自分の胸に抱いて、私が小十郎にするように優しく髪を撫でてきた。

 「長いこと眠ってる時にな、お前が泣いてる夢を見た。一人で痛みを堪えて、必死で押し殺すように泣いてる夢をな。
……一人くらい、泣き場所になれる奴がいてもいいだろ? 俺には小十郎がいるが、お前は小十郎を隣に置くつもりはねぇんだろうが。
なら、その隣にいる俺で良いじゃねぇか。泣きたい時は頼って来いよ、小十郎には黙っててやるからよ」

 「三人で仲良く役割をローテーションですか。……参ったなぁ、そんなこと言われたことがないから戸惑っちゃいますよ」

 軽く言ってるけど、本当は嬉しかった。今まで、こんなことを私に言ってくれる人はいなかった。
ずっと自分が強くなければと、必死に虚勢を張って生きてきた。
強くて明るくて元気で頼れる私は、外向きの仮面に過ぎない。本当の私じゃない。

 本当の私なんて、この世界では三十年、生まれ変わる前は二十二年生きたけど結局分からなかった。
どんな私も結局は私、って言うけど、私はそんなに強くない。誰かを支えて受け入れられるほどに強くは……。

 急に目の奥が熱くなって、ずっと溜まっていた涙が零れそうになる。
それでも零したくなくて、必死に堪えていれば、政宗様が私の額に優しく口付けをしてきた。

 「弱味につけ込もう、なんて無粋な真似はしねぇよ。……お前も泣いちまえ。
辛かったこと、苦しかったこと、全部ここで流しちまえ。……まだ、この先もう少し耐えてもらわなきゃならねぇからな」

 これから始まる大戦、関ヶ原の戦い……幸村君とも戦って、六爪も直った今、もう次に進む道を決めたのだろう。
六爪が直る前辺りに何処かへ文を出していたから、次はきっと三河に向かうはずだ。

 零すまいと思っていたのに、零れ落ちる涙が憎たらしい。そんな私の涙を政宗様が一度舌で掬う。
しっかりと私を自分の胸に抱いて、落ち着くまでずっと抱いていてくれた。

 ……それをじっと見ている無粋な奴がいることには気付いていたんだけど、後でしっかり仕置きをしてやろうってことで放っておくことにした。 
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