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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第六十六話

 京を出て甲斐へと戻って来た私達は、出立しようとしている奥州の軍と会った。
政宗様は私の姿を見ると、少しばかり驚いた顔をして手招きをする。

 「政宗様」

 織田のことやお市のことを報告しなければ、なんて口を開いたところで軽々と持ち上げられて
あの人は平然と私を自分の馬へと私を乗せてきやがった。
一体何を考えてるんだと思ったところで、政宗様がしっかりと私を抱きしめてくる。

 「……俺は許さねぇぞ」

 「は?」

 一体何を言い出すんだ。許さないとか唐突に言われても。
というか、何で彼氏から結婚の申し出をされた一人娘を持つ父親みたいな顔してんのよ。

 「真田の嫁なんかには絶対許さねぇからな!」

 ……あー、聞いちゃったのね。つか、何処の馬鹿がその情報流しやがった。
……いや、もしかして本人が宣戦布告したか? 有り得る、あの子ならそれくらい言っちゃいそうだもん。
特別な意図も無く、ぽろっと……。

 「……政宗様、いつから私は貴方の女になったんですか。貴方の家臣ではありますが、女になった覚えはありません。
いくら貴方が主とはいえ、そこまで口出す権利はありませんよ。
性懲りも無く同じこと繰り返すようなら今度こそ出奔します。二度と伊達には戻りません」

 きっぱりと言ってあげると、政宗様は軽く眉間に皺を寄せて口を閉ざしていた。
こんな様子に周りは肝を冷やしているようだったが、この程度言われて癇癪起こすようであれば
暗愚と見做して今度こそ愛想を尽かして出て行くことにするつもりだ。

 私はこの人の玩具じゃないもん。何でも思い通りになると思ったら大間違いだ。
もういい加減、そういうことを学んでくれてもいい頃でしょう? 政宗様だって子供じゃないんだもん。

 「分かってる。……だが、真田のところだけは許せねぇ」

 流石にライバルに惚れた女取られるのは悔しいですか。まぁ、悔しいわな。同じ立場だったら私も悔しいもん。

 「……小夜」

 不意に呼ばれたその名に、私は目を丸くする。政宗様がこの名で呼ぶことは今まで無かった。
男の名に変える前まではそう名乗っていたとは話をしたけれども。
つか、そんな話をしたのだって随分昔の話だよ? まだ政宗様の近侍になったばかりの頃の話だし。
よく覚えてるもんだわねぇ……。

 「Sorry、俺が悪かった。焦るばかりできちんと段取りを踏まなかった……やっちまったことを許せとは言わねぇ。
俺がやったことは男として最低のことだ。それはきちんと受け止めるし、二度とやらねぇと誓う。
……小夜、俺はお前が好きだ。正室に持つならお前がいいと思ってる。
子供が出来ないことも、歳が離れていることも、位のことも……全部理解した上でお前を愛している。
お前から見りゃあ俺はまだまだガキなんだろうが、これは決して底の浅い気持ちじゃねぇ。
十年以上、ずっと温めてきた俺の気持ちだ。主だとかそういうのを全部抜きにして、一人の男として少しでも考えちゃくれねぇか」

 真っ直ぐに言われたその告白に、誰も茶化す人間はいなかった。
こんなことやったら冷やかしの声の一つも上げる伊達軍の面子が誰一人として何も言わなかったのは、
政宗様がそれだけ真剣だったのが伝わったからだろう。

 いつもの傲慢で不敵な政宗様でなくて、不安に揺れる左目に何処か縋るような口調。
奥州筆頭だの独眼竜だのと呼ばれた人間とは思えず……いや、これが素の政宗様なのかしら。
この人はいつもポーズで人と接するから、本当のところってのがどうにも見え難いのよね。
一番信頼している小十郎でさえも奥州筆頭としてのキャラクターで接してるからさ。

 ……卑怯だよ、政宗様。そんなギャップで攻められたら揺らがないわけがないじゃん。
でも、ここで陥落するほど私も甘くは無い。それだけやられたことは大きいのだからチャラには出来ない。

 「……今はまだ、失点の方が大きいです。貴方に恋することは出来ません。けれど」

 一呼吸置いて、しっかりと政宗様の目を見た。

 「本気で落とそうって言うのなら、私がうっかり恋焦がれるほどのいい男になって下さい。
……私は好きでもない男に脚開くほど、安い女じゃないですよ」

 こんなことを言う私に政宗様はにやりと笑う。いつもの不敵な笑みに、何となく安心するのは何故だろう。
いや、政宗様はこっちの方が似合ってる、そう思っているんだと思う。

 「上等……俺のことしか考えられなくなるほど、いい男になってやる」

 「でも悠長に構えてる時間はありませんよ?
幸村君が攫いに来るって言ってますし、私だって三十ですからいいおばさんですしね」

 「……攫う? あの野郎、そんなこと言ったのか?」

 おおっと、それは流石に言わなかったのか幸村君。こりゃ完全に蛇足でした。
いや、ヤバいな……また手篭めにされちゃうか? でも流石にそれは御免だから、先手を打たせてもらうか。

 「皆、政宗様の言葉聞いた!?」

 そう叫べば、皆一様に笑って返事をしてくれる。
これを聞いた政宗様は何処か頭が痛いという顔をしていたが、仕方が無いとばかりに溜息を吐いていた。

 「私にいい人が出てくる前に、いい男になって下さいよ?」

 「分かってるさ」

 軽く触れるだけの口付けをした政宗様の横っ面を叩いてやろうかとも思ったけど、
唇を離した瞬間に見せた小さな笑みに一瞬見惚れてしまって、完璧にその機会を逃してしまった。
政宗様には似つかわしくないほどの優しい笑みを浮かべるもんだから、私だって戸惑ったりしちゃうよ。

 とりあえずこれ以上政宗様の馬に乗ってるわけにもいかないし、ついでにお市をほったらかしにも出来ないからと自分の馬に戻る。

 「政宗様、これからどうなさいますか」

 小十郎の問いかけに、政宗様は瞬時に表情を引き締めた。

 「奥州に一度戻る。……六爪が砕けてるからな、また直しに行かねぇといけないだろうよ」

 「また?」

 政宗様が腰に差した六爪のうちの一本を抜いてみせる。見事にぱっきりと折られた刀は清々しいもので、余程の激闘が繰り広げられていたのは想像がつく。

 「他にも刃こぼれが酷かったりと……真田の奴、何時にも増して張り切ってやがってな。
甲斐の虎が倒れて元気が無いと聞いていたが……」

 あー、紛れも無く私のせいです。はい。

 でも、良かったって言っちゃいけないのかもしれないけど、幸村君が立ち直ったんなら良かった。
佐助から立ち直らせた分の費用貰おうかしら。

 とりあえず、甲斐にはもう用が無いというので、そのまま引き上げて奥州へと戻る事になった。

 ゆっくりはしていられないけど、とりあえず奥州に戻れる。
一度戻って来たとはいえ、落ち着かなかったからなぁ……何だか懐かしい気がするわね。 
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