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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第六十二話

 慶次に連れられてやって来たのは、私やお供達では一生泊まることがないような高級な宿。
本当国主とかそういうかなりの御身分の方しか泊まれないような御宿に連れて来られて、
つい入るのを躊躇ってしまったのは言うまでもない。

 この長旅でろくに衣類を洗濯することもなくて、薄汚れた私達が入るにはあまりにも美しすぎる。
入口には貧乏人を追い出すような結界が張られてるような気さえするんだもん。
つか、従業員だって何だこの薄汚ぇ連中は、言いたそうな目で見てるし。慶次がいなければきっと塩撒いて追い返されたよ。

 とはいえ軍神に会わないわけにもいかなくて、意を決して私達は宿に踏み込んでいく。
入って来やがったよ、と言いたげな従業員の冷たい視線に抉られるようなダメージを受けたけど、
今は気にしてる場合じゃない。これも重要な任務だ、気にしたら負け。気にしたら……。

 とっとと事情を話して御暇しよう。そうしよう。
あんまり長居すると私が耐えられない。つか、四人ももう既に耐えられないって顔してるし。

 一室に案内されて入って行った私達は、優雅に酒を飲む軍神に会った。
軍神は私達を見ても特別驚くこともなく、目を細めてやはり酒を飲んでいる。
政宗様が時折あの冷静さが癪に障るって言ってたけど、確かに癪に障る。殺されかけた身としてはね。

 「これはめずらしききゃくじんを」

 「その節はいろいろとお世話になりました」

 微笑んでそんなことを言う軍神に、私もまた笑顔で挨拶をする。言葉に棘があるのは御愛嬌って奴だ。
だって、愛想良く話せるわけがないじゃん。

 「かたのぐあいはどうですか?」

 軍神のこの言葉に、笑う私の笑顔が引き攣ったのは言うまでも無い。

 この野郎、いけしゃあしゃあと……!
刀を抜きたい気持ちになったけれど、ここは私も竜の右目と呼ばれた人間。
ぐっと怒りを堪えておきましたとも。

 「お陰様ですっかり。痕はしっかり残っておりますが」

 ほほほ、と笑う私をお供が恐ろしいものでも見ているような目つきで見ている。
そりゃそうだ、相当怒ってるって空気が出てるもん。私から。
慶次だって私達の間に吹き荒れるブリザードのような冷たい空気に顔を引き攣らせてるくらいだしね。

 「謙信、実は……」

 この空気に耐えられなくなった慶次から事情を聞くうちに、穏やかだった軍神の表情が次第に厳しくなる。

 第六天魔王織田信長……会ったことはないけど、相当な脅威と見て間違いないのかもしれない。
復活を目論む、なんて荒唐無稽な話を信じるほどに。
だって、あの軍神がこの変わり様だもん。第六天魔王の異名を持つのは伊達ではないのかもしれないって思うじゃないの。

 「実際に復活するかどうか、それが事実か否かも定かではありませんが……
事実ならば尚更各地で起こっている神隠しは防がなければなりません。
本拠地を本能寺に据えているそうなので、手がかりを求めて調査に訪れたのですが……越後ではどうでしょうか」

 「……えちごのちでも、どうようにむらぜんたいからむらびとがきえる、といったじけんがおこっています。
かすがにもちょうさをたのみましたが、いぜんとしていばしょもげんいんもはんめいしないままです。
……だいろくてんまおうのふっかつ、それがむらびとをさらうもくてきであるのならば、ぜがひでもとめねばなりません」

 やっぱり越後も例外じゃないってことか。
しかし、どうして皆こうも第六天魔王って話になると神妙な顔つきになるのかねぇ。
そりゃ、その異名は伊達じゃないんだとは思うけど……どうにも私には分からない。

 「慶次、第六天魔王ってのはそんなに恐ろしいものなの?」

 私の問いに、軍神も慶次も、そしてお供までもが驚いた顔をしていた。
逆にその顔にこっちが驚いてしまったくらい。

 ……何か、私変なこと言った?

 「……かのものは、ひとにあらず……ねのくによりいでし、まことのやみ。
まおうがてんかをしょうあくしていれば、いまごろこのよはまかいとかしていたでしょう」

 魔界? それって随分大げさな……いや、軍神がこれだけの評価をする相手だ。
生半可な相手じゃないってのは分かった。やっぱり一筋縄ではいかない相手と見て間違いなさそうだ。

 「俺も大抵人に悪い感情持ったりしないんだけどもさ……あの人だけは恐ろしかったよ。
この世のありとあらゆる災いを集めて作った人間、って感じでさ。
あの人が天下を獲ろうとしていたのは、この世を魔界に堕とす為だって言うから、俺達は織田包囲網を組んで戦ったんだよ」

 織田包囲網……そういや、同盟組んで囲み討ちをしたって竹中さんが言ってたっけ。
確か、何か意味深なこと言ってたような覚えが微かにあるけど……何だったっけ、忘れちゃったな。

 「けいじ、りゅうのみぎめにきょうりょくをし、おだのどうこうをさぐりなさい。
まんがいち、まおうふっかつをもくろむのならば」

 「分かってるよ。叩き潰せって言うんだろ?」

 ぱん、と膝を叩いて慶次が立ち上がり、軍神に向かってにやりと笑って見せた。
事情を話して良かったよ。協力してくれるようで何より。人手はあるに越したことはないしねぇ~。

 「それと、もうひとりどうこうをさせてもらいたいものがおります」

 軍神の言葉に私達は揃って首を捻る。軍神がわざわざ同行させたいと言う相手は一体誰なのか。

 「もう一人? 誰だい、その人は」

 軍神が軽く手を叩くと、部屋の奥の戸を上杉の家臣達が静かに開く。
そこには恰幅の良いおじさんが座っており、落ち込んでるのが丸分かりなくらい肩を落として溜息を吐いていた。

 不思議な形の兜に蒼い甲冑……この後姿に見覚えがある。
っていうか、忘れることなんて出来やしない。だってこの人は。

 「あ、あなたは!」

 私の声に振り向いたそのおじさんもまた、私の姿を見て驚いたように目を丸くしていた。

 「貴女は……あの時の!」

 そう、そのおじさんはザビー教に監禁されていた時に救い出してくれた、命の恩人だった。

 いや~……世間って狭いもんだわね。こんなところであの時のおじさんにばったり出会っちゃうだなんて。
でも流石に感動のご対面、なんて訳には行かなくて簡単にしか御礼が述べられないまま出発することになってしまった。
今度、改めてお礼を言いに行こう。小十郎が作った野菜でも持ってさ。 
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