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イシナゲンショ

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第一章

                イシナゲンジョ
 長崎県江ノ島沖での話である。
 大神裕司は祖父の裕太郎から家で言われていた。
「いいか、海には気をつけろ」
「荒れると怖いからね」
「それもあるがこの辺りは危ないのもいるんだ」
「危ないもの?」
「そうだ、磯女がいるんだ」
「磯女?」
「何でも溺れ死んだ女の幽霊でな」
 漁師である祖父は孫に真剣な顔で話した。
「宮崎とか大分ではダキと呼ばれるんだ」
「それでその磯女がいるからか」
「海には気をつけろ」 
 こう言うのだった、小さい優しい目で肉付きのいい孫の顔を見ながら。二人共黒髪だが祖父の髪の毛はかなり減っていて見れば裕司も同じ髪の質だ。
「いいな」
「それでその磯女ってのはどういう奴かな」
 裕司は祖父に具体的に聞いた。
「一体」
「夜に海岸の石の上にいてな」 
 祖父は孫に答えその磯女のことを詳しく話した。
「髪の毛がやたら長くてまっすぐに垂らしてる」
「髪の毛が長いんだ」
「そして腰から下はぼやけているんだ」
「幽霊だからかな?」
「そうかもな、それで漁師の船に上がってきてな」
 そしてというのだ。
「夜に寝ている漁師の血を吸って殺す」
「船に」
「ともづなを伝って上がってくるんだ」
「そうしてくるんだ」
「だからな」
 それでとだ、祖父は孫にさらに話した。
「船で港に泊まっても錨は下ろしてもな」
「それでもなんだ」
「ともづなは使うな」
 それはというのだ。
「絶対にな、そして寝る時は苫の茅を三本服の上に乗せて寝るんだ」
 裕太郎はこのことも話した。
「絶対に」
「それはどうしてかな」
「急女は苫が嫌いというんだ」
「それでなんだ」
「ああ、だからな」
「苫の茅を三本だね」
「港に泊めた船の中で寝る時はな」
「服の上に乗せて」
「それで寝る様にしろ」
 裕司に真剣な顔で話した。
「港に泊めた船の中で寝る時は」
「そうしろ、いいな」
「磯女に襲われない様に」
「そうだ、あとな」
 祖父の話は続く、孫に言い聞かせる様なそれは。
「イシナゲンジョが起こると特に気をつけろ」
「イシナゲンジョ?」
 そう言われてだ、裕司はまず怪訝な顔になった。そうして首を傾げさせつつ祖父に対してその言葉の意味を問うた。
「何、それ」
「ああ、大体五月か」
「五月になんだ」
「この辺りで霧が濃い夜に漁をしてるとな」
 その時にというのだ。
「いきなり大きな岩が崩れるみたいな音がするんだ」
「海でだね」
「しかし次の日そこにいっても何もない」
「そんなことがあるんだ」
「急にそうしたことがあるんだ、祖父ちゃんも若い時一回聞いた」
「そうだったんだ、祖父ちゃんも」
「ああ、これがイシナゲンジョだがな」
 そう言われていることだというのだ。 
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