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流人

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第二章

「仁によって為すべきであるな」
「はい、法がありです」
「そこに仁もあるべきです」
「それが本朝の政です」
「古来より」
「間違ってもな」
 家光はこうも言った。
「室町の六代様の様なことではいかん」
「あの様に暴虐では」
「ご政道は駄目になりますな」
「まさに」
「やはり仁を忘れてはならぬ」
 決してというのだ。
「ならばな」
「この度はですか」
「遠島になった者達にも食を与えますか」
「以後は」
「その様にな、そしてじゃ」
 家光は笑みを浮かべたままこうも言った。
「これを竹千代の仕置きはじめとせよ」
「公方様の」
「それにですか」
「まことによきこと、仁を忘れてはな」
 それこそというのだ。
「世は治まらぬな」
「だからですな」
「これを竹千代様に仕置きはじめとされ」
「そこからはじめよというのですな」
「左様、竹千代がそうした者でお主達もおるからな」
 それでともだ、家光は話した。
「幕府は安泰であるな」
「有り難きお言葉、それでは」
「このことを竹千代様の仕置きはじめとし」
「そのうえで」
「竹千代には政に励んでもらう」
 家光は上機嫌のまま言った、そしてだった。
 竹千代が将軍となり元服し家綱という諱になってからだ。大老であり叔父である松平正之に尋ねられた。父秀忠の面影が残る穏やかだが引き締まったものもある顔だ。
「上様にお聞きしたいことがあります」
「何であるか」
「先日のことですが」
「さて、何があったか」
「食事の時です」
 正之はこの時のことだと話した。
「汁ものを飲まれましたな」
「食事にはいつもついておるな」
 将軍の食事にはとだ、家綱は答えた。
「いつも美味で何よりである」
「髪の毛が入っていましたが」
「そういうこともあったな」
「お箸で摘まんで取り除かれましたが」
「何でもない」
 実際にその思いでだ、家綱は答えた。
「それがどうしたとな」
「思われていますな」
「あの時小姓の者が慌てて新しいものと替えようとしたが」 
 それはというのだ。
「余は汁を途中で捨てて碗を空にして下げる様に命じた」
「左様でしたな」
「それがどうかしたのか」
「これは椀を空にして」
 そしてとだ、正之は言った。
「普段のおかわりと同じ様にしたな」
「うむ、実はな」
「こうすれば」
 言えるなの様にすればというのだ。
「誰も咎められませぬな」
「こんなことで咎められる者が出るとな」
 それはとだ、家綱は正之に答えた。
「よくない、些細なことではないか」
「それです、公方様たるものです」
 正之は家綱に微笑んで答えた。 
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