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木の葉詰め合わせ

作者:半月
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本編番外編
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  此処ではない他の世界で・弐

 
前書き
入れ替わりシリーズも終わってないのに……。 

 

 一生の不覚だ。
 私はギリギリと歯を軋ませながら、包丁を握る片手に力を込めた。

 幼いとはいえ、医療忍術の応用として怪力を発生させる忍術を生み出している私の片手に握られている包丁の柄の部分が軋む。
 それを敢えて無視しながらも、私は滾る思いを押え付ける事の難しさを改めて認識させられた。

 あの黒髪長髪男を見つけて治療を施していた私はこのまま治療を続けるか否かの選択を迫られ、第三の選択肢を選んだ。
 簡単に言うのであれば瀕死状態から半死半生まで治療して、それからさっさととんずらしようとしたのだ。
 あのまま見捨てていくにはどうにも寝覚めが悪いし、かといってそのまま完治させたらそれはそれで面倒な事になりそうだと判断したから――なのだが。
 
 一言で言うのであれば、相手の方が一枚上手だった。
 私の態度が変わったのを敏感に察したのか、あの野郎はあの奇妙な文様を描く赤い目を私に向けると、何らかの術を掛けたのだ。

 なんだか頭がふらふらする――と思いつつ、意識を失っていった感覚だけは覚えている。
 そんでもって気が付いたらあれほど酷かった傷が癒えた状態のあの野郎が目の前にいるってどういう事よ。そう察した瞬間に逃げ出そうとしたって文句は言われない筈。

 ――全くもって、あれこそが……。

「一生の、不覚だ、こんちくしょう!」

 積もる思いを叩き付ける様にして野菜を切っていた包丁に力を込める。
 おっと、いけない。力を込め過ぎたせいか、下敷きにしていたまな板まで切断してしまった。

 もう何枚目になるのか分からない被害に溜め息を吐きながら、木遁で新しいまな板を作り出す。うん、我が忍術ながら木遁って本当に便利だ。

 怪我を治してやったんだからもう私には用はないだろうと食って掛かってみれば、あの野郎。自分が生きている事を誰かに知られる訳にはいかないだの言って、人の事を気絶させたのだ。
 そんな大人な事情、子供の私に――というか別の世界の人間である私には無関係だ。
 目が覚めた瞬間、あの忌々しい野郎の顔を殴ろうと暴れ出した私は悪くない、筈。(最も殴り掛かったその瞬間、腕を取られて床へと叩き付けられたが)

 同年代の忍者達の中でも、大人の忍者と比べても、私は決して弱くはない方だと自負している。
 それは千手一族として生まれ持った身体能力のお蔭でもあるし、木遁という唯一無二の武器を持っていて尚かつその詳細を知る者がいない、というのも私の強さの理由だろう。
 しかしながらあの忌々しい男は私の木遁についてどうしてだか私以上に詳しく、おまけに認めたくないが今の私では歯の立たない百戦錬磨の強者だった。

「ああ、思い出せば出す程、腹が立って来る……!」

 川から吊り上げた巨大魚の腸を取り出しながら、私は苛々としてきた気分を振り払うために、頭を振った。
 ――冷静になれ、私。怒りは自分を乱すだけで最終的な手助けにはならないのだ。
 赤く染まった両手を水で濯ぎながら、これまでの状況をまとめあげる。

 うろ覚えながらも残っている原作知識と奴の零した情報を組み立てる。

 私が今現在を身を置いている世界には、私と違って正真正銘・男の“千手柱間”がいる。
 そして奴よりも年上――そう言っていた事からこの世界の“千手柱間”は立派な成人男性で、恐らく既に何らかの役職に付いている立場にある筈。
 それは千手の頭領かもしれないし、原作知識曰く初代火影の地位かもしれない。

 だとすれば――……元の世界に戻るために、接触をしておいて損はないだろう。

 地位が高く皆に必要とされている役職についていれば、それだけ情報を集め易い。
 よし、取り敢えず第一目標としてこの世界の“千手柱間”と出会う事を入れて置いても構わないだろう。

「けどなぁ……」

 魚をぶつ切りにしていた手を休めて、自分の左手を憂鬱な眼差しで眺める。
 そこには黒く奇妙に捻れた文様が手首を一周する形で刻み込まれていた。

 詳しい原理はよく分からないが、これは罪を犯した忍者に施される類の『呪印』なのだそうだ。
 この術を施された者は術の使用者から様々な制約を受けざるを得ないとか何とか――この術が施された時のあの野郎の心底愉快そうな表情まで思い出して、気付けば唸る様な声を漏らしていた。

 あの男曰く、逃げ出しても直ぐに居場所が判明する様な探査式の術式と日に一定量のチャクラを被術者から奪うと言う術式が施されているらしい。
 実にナチュラルに嫌がらせを兼ねた代物である。
 おまけに術を解呪するには最低でもあの男レベル、またはそれ以上の実力者でなければ無理なんだそうだとか。

 十代前半の幼気な少女にこんな物を付けやがって、あの野郎。
 ……毛髪単位で死滅してしまえ。
 ぶつぶつと呪いの言葉を吐きながらも、料理をする手は休めない。
 この料理が完成した暁には、さぞかし私の怨念と呪詛が込められた素晴らしい一品になる事間違いない。

 ――……これでも食って腹を下せば良いのに。

 ぐつぐつと沸騰し出しただし汁の中に旬の野菜とぶつ切りにした巨大魚の切り身を投げ込んだ私は、ちらりと窓の向こうの空を眺める。

 夕焼けの色に染まった空の姿は、見ているだけで心が浄化されそうになるくらい美しい光景であった。
 
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