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fate/vacant zero

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新星





 杖を振り上げ、アルビオン艦隊の居る空を惚ほうとした目で眺めながら、ルイズは韻それを風に乗せていた。

 緩やかに、力強く己の内から溢れ始めたそれは、紛れも無い自らの精神力に形作られた河川。



Rz守護の Þ鎚鉾、 Fill満たすは Jarnsaxa鉄の短剣,



 肌に感じるのは、渦巻く精神力こころと内を循環めぐる血流。

 耳に届くのは己が紡ぐ詠唱と、内より響く鼓動のみ。

 詠唱が、視界をイメージに塗り潰していく。



A Þ U同じく強力の鎚鉾、 Lo R其は戦車の如く,



 血の煙も、砲の音も、人の声も、何一つルイズには届かず。

 ただ彼女は、加速する鼓動に揺らぎ呪まじないの歌を謡う。



P Y滅びの信託、 S K O勇気の光は揺らぐことなく,



 謡い上げるは、虚無に染まる否定の力。

 染め上げ編むは、純粋な破壊の力。

 魔力製拒絶空間Spatium recusativus ex magicusと記された紛れも無い始祖の祈祷そらのじゅもんの片割れを今、彼女は確かに詠あつかっていた。



J I 約束の槍よ、W H 幸運の英雄よ、B Yここに終焉を告げん――



 そして呪文が完成し……彼女は、視界を情報が埋め尽くしている事に気付く。



 視界中央、今この瞬間にも砲撃を続けているアルビオンの巨艦も。

 翼を砕かれ、緩やかに地に墜ちてゆく青い竜も。

 遥か頭上を渡る、使い魔が駆る鋼の猛禽も。

 果ては周りを取り囲む木々までもを。


 等しくこの呪は砕きうるのだと、組み上げきった『虚無zero』は教えていた。


 だから彼女は、イメージを指向する。

 杖の先端を艦へと向け、突き出すようにそれを構え。

 砕くべき"情報"は何かを思考する。



 凧ふねではどうか?

 却下、恐らくそれでは二人の居る猛禽をも巻き込む。


 木材。

 却下、自爆する可能性が高すぎる。周囲は全部木材だ。


 金属。

 却下、理由は凧と同じく。


 ならば狙うべきは、この状況下において凧固有の物体。


 狙いは定まった。

 ならば、後は、最後のイメージを魔法に打ち込み、ただこの杖を振り抜くのみ。

 そうして、彼女は杖を振るい――



「T射よ」



 閃光が、一筋。





「……これは」


 タバサの杖式フルスイングメテオスマッシュによって杖を失い、遥か高空より瀕死だった乗騎の背に叩きつけられたワルドは、ただ空を見上げていた視界の隅でそれを見つけた。

 それは、背後から天に向かって真っ直ぐに貫くような……細い、細い光の糸。

 とてもか細く、だが小揺るぎもしないそれを確かに視認した。


 震える身を起こし、竜の体からそっと地上を見やれば、どうやらそれ・・は森の只中から、何の脈絡も無く生えているように見えた。

 それを確認した直後、ワルドは微かに笑いを含みながら――頭上からの、光に呑まれた。

《S弾けて》

 ただ一節のその詠唱こえを、確かにその耳に聞き取りながら。





「なんだありゃぁ?」

「……ルイズ?」

「ああ、なんかすっげえ見覚えがあるなぁこの光景……」

「奇遇だなぁ、オレもさ」


 くるくる円を描きながら大地を目指すF-15イーグルの操縦席コックピットの中。

 『飛行フライ』の使いすぎと酸欠で落っこちかけたタバサとそれを慌てて回収した才人。


 二振りは足元にて、その太陽に既視感を感じ。

 二人は座席に重ね座り、遥か眼下で突然花開き始めた真昼の太陽に目を奪われていた。


「これが――これも、魔法なのか? これが、ルイズの――」

「わからない。でも……とても、ルイズらしい」


 そう言葉を交わす間にも、どんどんそれは膨らんでいき。

 目を細めて竜を、艦隊を包み込んだ太陽の奥を見ようとする二人の耳に――

《N拒め》

 その祈祷こえが届いた。





「なにも、起こらない……?」


 太陽の内、完全に包み込まれたアルビオン艦隊を見渡しながら、ボーウッドは身構えていた体を少し緩める。

 間違いなく、この光は魔法によるものだ。こんな自然現象などあってたまるものか。

 だが、これは何を目的とした魔法なのだ?


 この艦隊を包み込んでいる光のような霧のような雲のような白い何かも、この身に何らかの影響を与えてくる様子が無い。

 感じるのはただ、怖気の走る強烈な圧迫感のみ。


 そう思った時、莫大な魔力が収束した。

 一箇所、というわけではない。

 艦内へ向かう部分、船尾へと向かう部分。

 一つの艦につき二~四箇所に向かい、一瞬で圧縮された魔力は――



 太陽よりなお眩しい、圧力すら感じるほどの閃光と。

 硝子を割るような甲高い轟爆音を撒き散らして。

 ボーウッドはその瞬間、操船していた船員の周囲に積まれた風石の山が、四方八方から押し潰される様に砕け塵芥と化したのを見たような気がした。







Fate/vacant Zero

第二十九章 余編 新星ノヴァ







 その一瞬の戦慄からいち早く立ち直らざるを得なかったのは、艦隊直下にて移動を開始していたアルビオン降下部隊だった。


「艦隊が、レキシントンが墜ちるぞ! 下がれ、下がれぇええ!」


 唐突に消失した上空の光の球を見ていた誰かが。

 少しずつ加速しながら視界の中で大きくなるその艦底に気付いた誰かがそう叫んだ途端、降下部隊は雪崩の如く一丸となって元来た方へ走り出した。


 そりゃそうだろう。誰だって潰れたくはないものだ。

 誰もが必死に逃げ、だが時間という物は有限で。

 その瞬間は、重力の理のままに訪れた。



 それは大地を穿つ槌の音か、それとも大地に砕かれる槌の音か。

 重ねて六度の地震と、幾らかの不運なる兵士の途切れた絶望の叫びと共に。


「バカな……」


 新生アルビオン共和国親善艦隊と名乗ったそれらはこの瞬間、ただの一隻の例外も無く、この世の空から姿を消した。

 それはあたかも、悪い夢のような光景であり。

 だが、運悪く生き残ってしまった艦上や地上の兵士諸君は、まだこの悪夢げんじつから覚めることを許されない。


 全ての艦が大地に沈み、けれども未だに大地の震動は続いていた。

 断続的スタッカートに、成長的クレッシェンドに地を穿つ音が、墜ちた艦の向こうから響いてきて。

 それがどうしようもなく膨れ上がった時、艦の上から飛び降りながら、まだ動けた空兵たちは叫んだ。


「逃げろ! トリステイン軍だ――!」


 声を皮切りに、船首の彼方むこうから、船尾の此方むこうから、果ては甲板を飛び越えて。


「出過ぎですぞ、陛下」

「油断はしませんよ――敵は浮き足立っています! 一気に制圧なさい!」


 翼虎マンティコアの騎士達が、獅鷲グリフォンの騎士達が、鷹馬ヒポグリフの騎士達が、甲板にて二枚の水壁ウォーターシールドを従え独角白馬ユニコーンを駆り王杖振るう、荘厳な戦乙女ワルキューレに従いて現れた。

 先ほどまでの砲火のためか所々鎧を傷つけている幻獣の騎士たちは、だがむしろ戦意を向上させている。

 ただでさえ歩兵の身には厳しい相手だ。

 踏みとどまる者は殆ど居らず、誰もが必死に森への奥へと逃れようと駆け、


「残念だが」


 なれど、それすら敵わず、


「ここから先は予約制だぞ、空の民」


 森の奥より現れた、空の軍装に身を包んだ兵の一団に、行く手を阻まれ吹き飛ばされた。


 彼らは、昨夜未明の艦隊決戦にて墜とされたトリステイン空軍の将官。

 この森に墜ちて彷徨っていたところを、避難する村の住民たち、を誘導していた女騎士に拾われた彼らは、恩義のために今、多くの民間人を有するこの森を守ろうとしていた。



 斯くしてここに、アルビオン軍包囲網は完成する。





「っと、こんなモンか。きつくないか、タバサ?」

「平気。……ありがとう」


 緩やかに降下を続けるF-15イーグルの中。

 割れた仮面で目蓋の上を切っていたタバサに包帯を巻き終え、一息つくと――



「ところで、タバサさん。姿勢、変えない?」

「ダメ。落ちる」


 膝の間に座って背中を預けられるというある種羨ましい体勢から逃れようと、無駄な努力を試みた。

 いい加減慣れてきたとはいえ、やはり年頃の娘さんと不用意に一次接触するのは、色々と火照って困った状態になるわけだ、体が。


 しかしダメってあーた。ダメって。

 理には適ってるけどああもうこの無口ッ娘め。


 身体的な意味で反応に困窮する才人は、とりあえずボディの火照りを押さえるべくふと思い出した方へ話題を変えることにした。


「そう、えっと、その。そういえば、さ。
 こいつに、いまタバサは乗ってるわけだけど……どう?
 乗り心地とかさ」


 それは、ほんの十日ほど前に交わされた約束。

 ……ほんの十日前だったはずなんだが、その後に色々と在り過ぎて随分昔のような気がする。

 具体的にどれくらいとは言わないし聞いてもいけないが。

 親父曰く笑いの筋と言うもんらしい。


 ともかく、タバサの返事は簡素だった。


「寒い」

「ですよね」


 そりゃ、まださっき艦ふねが浮いてた所より高いとこ飛んでるのに風防が割れてりゃあ寒くて当たり前だろう。

 夏だからそれなりに薄着だし。

 ましてまだ昼にもなってないし。


「でも」


 ……でも?


「――悪く、ない」


 ……そっか、


「そりゃあ、良かった」


 心の底からそう思うと、暖かい安心感と、軽い重みで胸が満たされた。





 いや、あの。タバサさん?

 服の端っこ摘まない、後頭部を胸に押し付けない、体重を俺に預けない。

 そんな密着したらあたるあたるあたってるっていやいやいやいや静まれ静まれ気合だ気合を抜くんだマインさん。

 こんな近くで振り仰ぎながら目を瞑つむって薄く笑うとかほんともう人類初の和み死にでも達成させる気ですか貴女。



 ああもう、此築生こんちくしょう。





「………………………………きゅ?」


 地鳴りが静まり、森に静けさが戻った頃。

 木からたれていたシルフィードはようやく目を覚ますと、首をぷるぷる振るい。


「きゅ!?」


 その拍子にバランスを崩して枝から落ちてしまいました。

 背中から落ちたものだから、頭まで打ってしまったようです。


「ぁいったぁ~……もぅ、何なのね! きゅい!

 きゅい?」


 頭を擦さすりながら起き上がったシルフィは、空を飛んでいたときとは明らかに何か様子が違うことに気付き、首を傾げました。


「……あれ? おフネは? おねーさまは?」


 頭上にぽっかりひらけた空には、おにーさまの乗った変な鳥以外に何も飛んではいなかったのです。

 きょろきょろと辺りを見回してみると、少し離れた場所でルイズが地面にへたり込んでいるのを見つけました。

 表情は見えませんが、なんだか空を見上げたまま固まっています。


「えーと……るいず?」


 シルフィは、何か知っていそうな彼女に、主人が何処へ行ったのか訊ねてみることにしました――





「…………」


 ルイズは自らの解き放った魔法の痕、中空の空を眺めながら、そのあまりの威力にただ戦慄していた。

 確かに魔法は放たれ、光はアルビオンの艦隊を呑み込み、堕ちてゆく艦々もこの目で見届けたしその着地の震動だって全身で感じた。

 だが、それにしたってあんまりにも現実味が足りない。

 もしその瞬間にだれかがこれは夢だと教えてきたら、それはもう砂に水を落としたように信じたことだろう。

 それほどこの魔法、『爆砕エクスプロージョン』は圧巻だった。

 狙った情報を持つ物質を無条件に破砕爆散するという異様な効果も。

 六隻の艦隊全てを包み込んでなお余りある効力範囲も。

 見えてさえいれば間違いなく届きそうなトチ狂った射程も。

 一撃に込められるその莫大な精神力も――その何もかもが異常。


 これが、『空vaco』。

 これが、『虚無zero』。


 まだ鼓動が収まっていないことを感じ、跳ねる自分の想いを思い出し、少しずつ、だが確実にルイズはその感覚を心に刻んでいく。

 これこそが――



「――ルイズ?」



 ふと、聞き覚えのある聞きなれない童女の声がした。

 確かこの声は、


「シルフィード、よ、ね? 何?」


 振り向き、確かにそこに居てこちらを見下ろしている風韻竜と目を合わせた。


「ルイズ、ルイズ。お姉さまどこに行ったか知らない?」

「ああ、タバサだったら……」


 つい、と視線を上へむけると、一発で見つかった。

 かなり遠い上空を、ゆっくりとした速度でくるくる廻っているそれを、


「あそこよ。多分、ね」


 指で示して、視線を戻した。



 ……なぜだろう。

 じっと見られている。



「な……何?」

「きゅい。ルイズ、何か変わった?」


 変わったか、と問われても。

 普通そういうことは当の本人は気付かないものなんじゃないんだろうか?

 でも、まあ。



「そう、ね。変わったのかもしれないわ、わたし」



 きっとそれは、自信がついてきたから、なんじゃないかなと思う。

 ……いいえ、きっと“祈祷”に目覚めたお陰なんだわ。

 そう、この水のルビーと、この始祖の祈祷書のお陰で。

 これのお陰で、わたしは魔法が使えたんだから。


 だからきっと、これさえあれば。

 わたしはもっと、わたしはずっと。

 もっと遠くもっと高く、羽ばたいていけるんだ。



 不思議と、そんな確信を得ていた。



 この時の思いを。

 ルイズはその一生涯の内に、何度も、何度も思い返し、何度も、何度でも考え直すことになるのだが――



 きっと。それもまだ、いつかの話になるのだろう。



 今はただ、トリステインが勝ち延びたこの幸運と、それを支えてくださった始祖の御魂に。

 深い感謝と、祈祷いのりを捧げよう。



 異世界の翼かぜが踊る――広くて蒼い、この自由な空vacantに。




 
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