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星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~

作者:椎根津彦
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揺籃編
  第一話 ハイネセンに生まれて

 今でもずっと疑問に思っている。
何故俺はハイネセンにいるのだろうか。何故俺は、ヤマト・ウィンチェスターとして育っているのか。

 未だに現実世界での三十年の記憶は残っているし、この世界で過ごした十五年の記憶も現実にある。
銀河英雄伝説、いわゆる銀英伝が好きすぎてこうなってしまったのか…。それとも夢なのか。
まあ、自由惑星同盟の一市民として人生を送るのも悪くない、現実の世界では俺は歴オタだったから、原作では語られる事の少なかった人類の宇宙進出から現在までの歴史を学んで、歴史の先生にでもなろうと思っていたんだけど…そうは問屋が卸さなかった。



宇宙暦783年5月7日、ハイネセン、ラクーンシティ
 

 親父が死んだ。銀河帝国と百五十年も戦争が続いている状況だ、もれなくという訳ではないけど親父も当然のごとく同盟軍に入隊した。爺ちゃんも、ひい爺ちゃんも同じく同盟軍人だった。
これだけ聞くと立派な軍人の家系、ということになるけど、なんの事はない、ご先祖様が軍人になったのも軍隊が安定した就職先だったからだ。
もちろん、親父も安定した就職先として軍隊に入ったようだ。
ひい爺ちゃんは准尉で定年、爺ちゃんは二階級特進の中尉としてこの世を去った。親父は…どうなるんだろう?




783年5月14日、ハイネセン、ラクーンシティ、ラクーンジュニアハイスクール


 「ウィンチェスター君、この先の進路なんだが、どうするつもりかな?」
まだ一学期だけど今日は三者面談の日だ。通常は九年生の二学期最初に行われる。だけど、戦死者の遺族の子弟は保護者の戦死が認定された直後にも行われる。みんなが遺族面談って呼んでいるやつだ。
保護者が戦死で誰も居なくなってしまった場合は遺族面談は行われない。『トラバース法』で軍人の家庭に養子として送り出されるからだ。
「母は嫌がってますが、軍人になろうと思います」
「そうか。現実的な話になるが、家計の事を心配しているのかい?君の成績なら進学でも特待生の枠でどこにでも入れると思うし、学費は気にしないでもいいと思うのだが…」
そう、俺は成績はいいのだ。何てったって二度目の人生だからな。小学生、中学生レベルの勉強なんて復習だと思えば楽勝だ。前の人生の中で、当時理解できなかった事がすらすらと理解できてすごく嬉しかったよ。
「いえ、まだ妹も七年生ですし、早く家を出て母さんを楽させてあげたいんです」
「そうか…軍人だけがお母さんを楽させる道ではないんだけどね。お母さんはどう思いますか?」
…母さんは顔を伏せたままだった。
「本人の意思を尊重したいと思います。嫌だけれど、私が言って曲げる子でもありませんから…」
…ごめんなさい、母さん。
 「そうですか。…じゃあウィンチェスター君、士官学校を受験するのかい?さっきも言った通り、君の成績なら合格すると思うよ」
「いえ、下士官術科学校に進みたいと思います」





783年5月21日、ハイネセン、ラクーンシティ18番街、ウィンチェスター邸


 結局、親父は二階級特進して少尉になった。
だけど、遺族年金の額は兵曹長の俸給の額のままで支給される。遺族年金まで2階級特進なんて事になったら同盟は破産してしまう。すでに遺族年金の額は国防費の二割を占めているのだ。
長い戦争が続いている、政府の懐事情は知れている。年金だって貰えるだけマシ、文句なんて言ったらそれこそ非国民扱いだ。

 母さんは職を探し始めた。会計士の資格を持っていたから、後方勤務部の嘱託として働く事になった。
軍属というやつだ。
母さん自身は2度と軍には関わらない気でいたけど、遺族が軍属になった場合、遺族年金の認定が優先的に受けられるとなれば仕方がない。
だが、年金と言っても遺族年金は最初の二年間が戦死者本人の生前の階級の俸給の満額、三年目からは七割、五年目からは五割、七年目からは三割の額しか出ない。しかも戦死者の生前の階級で定年の年数になると年金はうち切られるのだ。
到底遺族年金だけでは生活出来ない。
てっとり早く家計を安定させるには軍属になるしか手はないが、誰もが軍属になれるわけではない。
ウチはまだマシな方だ。軍属でない場合、軍は公式には認めていないが遺族年金の認定には早くて数年かかる事がある。
軍人の遺族の子弟婦女子が軍隊に入るのにはこういう裏がある。
皆が好んで入隊する訳ではない。だが家計を助けるには給料の安定している軍隊に入るのが一番なのだ。





784年3月27日、ハイネセン、ラクーンシティ18番街、ウィンチェスター邸


 「じゃあ、行ってくるね、母さん。マリー、母さんの言うことちゃんと聞くんだぞ」
「…頑張りなさい。休暇の時はちゃんと戻っておいで」
「お兄ちゃん、ちゃんと戻ってきてね」
「分かってるよ、二人とも。…じゃあね」




784年4月1日、ハイネセン、ハイネセンポリス、自由惑星同盟軍下士官術科学校


 「私は、我が国の自由と独立を守る自由惑星同盟軍人としての使命を自覚し、国家に忠誠を誓い…」
入隊式が終わった。
下士官術科学校を選んだのにはちゃんと理由がある。
まず、学費がかからない。そして、入学試験のレベルは士官学校よりは当然落ちる。
でも士官学校より落ちるというだけで、倍率は当然高いし簡単に合格するという訳でもないが。
これが一番のポイントなんだが、給料がちゃんと出るのだ。
士官学校生には階級もなく、給料も初任兵の俸給の半分程度の学生手当しかないが、下士官術科学校はちゃんと階級があって、給料も出る。入学時は兵長、二年時で伍長、三年時には二等兵曹、部隊実習を経て卒業時には一等兵曹になる。
だが、下士官兵の世界は士官の世界より過酷だ…と思う。
『下士官は軍隊の背骨』とはよく言ったもんだ。
術科学校を選んだのは純粋に家計を助けたかったからだし、覚悟もそれなりにあったが、着校して入隊までの四日間で、この学校に入ったことを純粋に後悔した。

 
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