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おじさんのバレンタイン

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第五章

「それなり以上のものを返さないとな」
「家族の人達にはですか」
「奥さんや娘さんには」
「そうしないと駄目ですか」
「何で高くて数百円のチョコでな」
 またぼやく様に言う山田だった。
「高級レストランのディナーの券とかブローチとかな」
「そういうのになるのか」
「それがわからない」
「どうしてもですね」
「誕生日にもあげてな」
 この場合はプレゼントである。
「それでホワイトデーもとかな」
「男親は大変ですか」
「何かと」
「バレンタインの後も」
「ああ、全くバレンタインでいい思いをするのはな」
 腕を組みぼやいた顔のまま言った。
「若いうちだな」
「そう思えるのはですか」
「若いうちで」
「歳を取るとですか」
「こんな風になるな、それかな」
 若しくはとも言うのだった。
「本当に身体壊してな」
「歯が悪くなったり糖尿病になったり」
「そうなってですね」
「チョコを食べること自体が出来ない」
「そうなりますか」
「ああ、本当におっさんにバレンタインは縁がないかな」
 若しくはというのだ。
「会社じゃ味気ない、家じゃ金がかかる」
「そんなものですね」
「いいものじゃなくなる」
「そういうことですね」
「ああ、本当にな」
 こう言ってだった、山田は三時にチョコを早速食べて働き続けこの日もジムに通ってから家に帰ってだった。
 妻や娘から義理チョコを貰った、そして贔屓目に見てアイドルになれそうな外見の娘ににこりと笑って言われた。
「お父さん、わかってるよね」
「ああ、ホワイトデーな」
「私バッグが欲しいから」
「どんなバッグなんだ?」
「これね」
 そのバッグの広告を出して指差してきた。
「このバッグね」
「一万円か」
「それの半額で売ってるから」
 娘が出した五百円のチョコの十倍の値段だった。
「宜しくね」
「ああ、わかった」
 返事はこれしかなかったのでこう答えた。
「それじゃあな」
「楽しみにしてるから」
「それネットで売ってるよな」
「うん、売ってるよ」
「じゃあホワイトデーに届く様にしておくな」
「そういうことでね」
「それじゃあな」
 妻には妻でプレゼントを約束させられた、そして。
 一人ウイスキーを飲みつつチョコを食べた、そのチョコの味は。
「甘くないんですか」
「ほろ苦いな」
 休日散歩の時にたまたま出会った横山少年に話した。
「チョコレートは」
「僕は甘いと感じますけれど」
「同じものを食べてもな」
 それでもだとだ、彼は少年に話した。
「歳を取って立場が変わると味も変わるんだよ」
「そうですか」
「おじさんも君みたいな時はチョコは甘いものだったさ」
 本当にそう感じていた。
「けれどな」
「今はですか」
「ほろ苦いな」
 そうした味になったというのだ。 
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