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戦闘携帯のラストリゾート

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パラサイトGX


「さて……まずはこの子でいこうかね」

 出てきたのは草タイプではなくどくのポケモン、マタドガスだった。
 シャトレーヌのルビアが、仕掛けてきた勝負。わたしはこの人に勝たなければここから出られない。
 負けたら……わたしは怪盗として、捕まる。
 捕まった先はシャトレーヌのお城ではなく、このリゾートの支配人であるキュービの弟、サフィールに。
 サフィールは実の姉に会うために、なんとしてでもわたしを捕まえて、キュービが招いた怪盗の生殺与奪を握る必要がある。そして目の前のルビアは、その手助けをするためにわたしを捕まえようとしていた。自分のシャトレーヌとしての立場に危険を冒してまで。
 ……そんなのは間違ってる。キュービとサフィールが姉弟なら、そんな事しなくたって会えなきゃおかしい。
 二人について詳しいわけじゃないけど、わたしと話すときは二人共……優しい人だったんだから、きっと方法はあるはず。

「一度戻ってシルヴァディ……いくよルカリオ」
【スズもサポートしますよ、ここはとにかく勝つことだけを考えましょう】
「……わかってる。絶対に、捕まってなんかやらない」

 わたしの腕を噛んでいたシルヴァディがボールに戻る。傷口から血の流れる感触は容赦なく傷んで、つい顔をしかめてしまう。……でも、シルヴァディがそうしてくれなかったらわたしはすでに眠らされてこの人の手に落ちていた。
 ルカリオを出したのは、バトルする前にルビアが『ダストアイランド』というスタジアムを発動したから。
 大宴会が開けそうなほど広い座敷はわたしたちの立つ場所以外紫色のゴミだらけの映像が広がっている。
 ただの映像じゃなくて、『このバトル中、どく状態のポケモンをトレーナーが交代するとき出てきたポケモンはそのどくを引き継ぐ』という効果が発揮されるらしい。
 つまり、ルビアは毒タイプの技を主に使うはずだ。幸いわたしの手持ちに鋼タイプは多い。まずはルカリオで様子を見る。

「ほんとうに堪忍なあ。お嬢ちゃんにもアローラにも恨みはないけど……これも坊のためや。『大文字』」
「わたしは捕まらない、サフィールだってこんな事望んでない! 勝つ! 『水の波動』」

 ルカリオの蒼い波動が、巨大な炎の輪を包みこむ。相殺するのを確認するまでもなく、ルカリオはマタドガスへと真っ直ぐ駆け抜けてくれる。

「『コメットパンチ』!」

 ルカリオが助走をつけて大きく飛び上がる。バスケットのダンクシュートを決めるみたいに、宙に浮くマタドガスに鋼の拳を上から叩き込んだ。
 
「へえ、なら……大花火といこか?」
「マタドガスを蹴って戻ってきてルカリオ!」

 大打撃を受けたマタドガスの体が赤く膨れる。ルカリオはその体を大きく蹴って距離を取った。
 起こった技は『大爆発』。ルカリオはその爆風を利用してむしろできるだけ逃げていた。
 全く巻き込まれなかったわけじゃないけど、鋼タイプなのも相まって戦闘不能には程遠い。

「へえ、『大文字』も『大爆発』も予想しとった?」
「シャトレーヌならわたしの手持ちは大体知ってるはず。鋼タイプの弱点をつく技はたくさん用意してるだろうし……マタドガスやベトベトンを見たら大爆発を警戒するなんて当然よ」
「……賢いねえ。うちが子供の頃とは大違いやわ」

 皮肉じゃない、悲しみのこもった言葉と共にルビアが新しいカードを取り出す。他のカード以上に表面がキラキラしているのが遠目にも見て取れた。マタドガスの姿が消える。これであと2体。

「奇襲は失敗したし、出し惜しみはなしでいこか。出ておいで──ウツロイド」
「ウルトラビースト……!」

 出てきたのは、白くて、ふわふわしてるのに硬い体をしたUB。カラフルなのに不透明な、ぼんやりとした光を放っている。わたしのボールの中のシルヴァディが唸り声をあげた。
 クルルクはこのリゾートにもカプ・テテフは普通にいるって言ってたけど……UBまで、カードになってるんだ。

「一気に決めるよ! 『バレットパンチ』!」

 ウツロイドのタイプは岩・毒。格闘も鋼も抜群だし、なにかされる前に先手で倒せばいい。
 なのに、ルカリオは動かなかった。ウツロイドから遠く離れたところでパンチを繰り出し、ただ力任せに振った拳がルカリオ自身を苦しめる。

【いけません、ルカリオは混乱しています! それに、どく状態に……】
「いつの間に!?」

 スズがルカリオの状態を教えてくれる。でもマタドガスにそんな技を使った素振りはなかった。なのに……

「さすがにこれは知らんねえ? このウツロイドがバトル場に出たとき、特性の効果が発動したんよ」
【ウルトラビーストの特性はビーストブースト。相手を倒したときのみ発動するはずですが……まさか!】

 ルビアは手にしたカードをわざと勿体をつけてひらひら振ってみせる。

「うちらシャトレーヌはポケモンカードのGX技だけじゃなくて、限定的に特性もポケモンカードに書かれたそれを扱うことが出来てね? このウツロイドは特性『うつろなひかり』。バトルに出た瞬間に相手をどくと混乱状態に出来るんやわ。タイプ関係なくな」
【昨日のチュニンがマーシャドーの特性を利用したのと同じ、ということですか……】
「だったら、一回戻ってルカリオ! ハッサムと交代!」

 混乱ならボールに戻せば収まる。だけど出てきたハッサムの赤い羽根がゆっくりと紫色に染まり始めた。

「賢い判断やけどこの瞬間にスタジアム『ダストアイランド』の効果が発動。トレーナーがどく状態のポケモンを入れ替えたとき、出てきたポケモンをそのどくを引き継ぐ。これでハッサムもどく状態やね」
「だったらウツロイドを倒してしまえばいい! 『バレットパンチ』!!」
「戻りウツロイド。そんでベトベトンに交代や」

 先制技の速度もポケモンを戻して交代するのは止められない。ハッサムの拳をぐちゃり、と鈍い音を立てて受け止めたのは全身がヘドロのベトベトンだった。わたしがアローラで見るそれよりも濃紫色だった。

【引き続き大爆発に警戒が必要な相手ですね。アローラのそれとは違い、タイプは毒単体です】
 
「そんでもって『とける』」
「……だったら、『剣の舞!』」

 ベトベトンの体がゴミだらけのフィールドに溶けていく。防御力を大きく上げる技に対してわたしは攻撃力を大きく上げる技を出した。
 羽を広げて舞うハッサムの表情が苦しそうだった。鋼タイプのハッサムは滅多にどく状態にならない。慣れない痛みは普通のダメージ以上に辛いはず。早く治してあげたいけど……焦って迂闊なことはできない。

「『メタルクロー』!」
「『ベノムトラップ』や」

 ハサミを開き、鋭利な刃がベトベトンを切り裂く。そのハサミや羽根にべっとりとゴミやヘドロがへばりついた。相手がどく状態じゃないと使えない代わりに攻撃、特攻、素早さを下げる技だ。

「守りを固めて時間を稼ぐなんてさせない……メタルクローの追加効果で、攻撃力を上げる!」 
「へえ、これも読んではった? まあどく技を中心に使うと知っとったら当然なんかな。物知りやわあ」
「当たり前でしょ。わたしは……怪盗だから、どんな状況だって切り抜けられなきゃいけない!」
「そ。なんか似てるわあ、昔のサフィールと……」

 煙管からゆっくり煙を吐くルビア。気になる言葉だけど、今は気にしていられない。後で本人に聞けばいい!

「メガシンカで決める!」

 ハッサムの体が輝き、体を纏う鋼が大きくより鋭くなる。ゴミに汚れていても、その鋼の強さは切れ味を落としてない。

「『アイアンヘッド』!」
「あらまあ、ならせめて……『置き土産』だけでも受け取ってもらおか」
「構わない、このまま決めて!」

 ベトベトンの体が大きく膨らんで、ハッサムの体をむしろ包み込むように迎え入れた。鋼の突進はベトベトンのヘドロを打ち砕くように吹き飛ばす。ハッサムの体ももはや毒タイプになってしまったみたいに濃紫になってしまった。『置き土産』の効果で能力を大きく下げられたんだ。
 
「あっという間に残り一体。困ったなあ」
「……早くウツロイドを出して!」
「はいはい、そう急かさんといてな……まだまだ先は長いんやからね」

 ハッサムは今も毒に苦しんでいる。わたしだって腕が痛いのも正直なところだ。虚ろな光とともにウツロイドが出てきて、ルカリオと同じようにハッサムの目が眩んでしまうのがわかる。

「ハッサム、そのまま前に進んで!『アイアンヘッド』!」
「なら、『ベノムトラップ』」
「また……!!」

 混乱したハッサムにウツロイドの方向を教える。ハッサムは頭を振ってその方に突進した。
 ウツロイドがそれを防ぐようにゴミの壁を作る。更に能力が下げられた……とはいえ効果抜群の一撃。ダメージは少なくない。なら!

「ルカリオ、交代!『バレットパンチ』で……終わらせる!」
「ふふ……じゃあそろそろ使おか。GXスキル起動」

 交代したルカリオの体も毒に染まる。今更どんなGX技を使った所でまだシルヴァディもメガハッサムもいる。わたしの勝ち……!

「解放条件は、毒タイプの技三回以上……【パラサイトGX】」
「えっ……!? う、うわっ!」

 ウツロイドの触手が、一気にルカリオではなくわたしに伸びる。このリゾートではポケモンが他人にダメージを与えることはできない。
 それがわかっているのに、肉薄してわたしの体を包み込み、虚ろな光でわたしの視界を染められるのは……何か、痛みではなく頭の中を探られる感じがして。とても怖かった。

「は、離れて、離れろ!」

 時間にすればほんの5秒もなかったのかもしれないUBの抱擁は、ツン■ツ■デの中で泣いていた数時間よりもずっと長くも思えて。ウツロイドが離れたときがっくり膝をついてしまう。
 まだ、負けられない、わたしは、怪盗なんだから……!!
 
「……ルカリオ! 何してるの! 早く倒さないと……まだ、相手は残ってるんだから!!」

 ルカリオが何故かびっくりした顔をして、ウツロイドに拳を放つ。ウツロイドは何も抵抗することなく、ルビアの持つカードに戻った。

「あら、意外と取り乱さへんのね? まあ、のんびりやろか」

 後二匹……後二匹も相手に無傷のポケモンが残ってるのに、ルカリオもハッサムも毒状態。
 
 わたしの手持ちに、それ以外の鋼タイプはいない。

 なんでかわからないけど、いつの間にかすごく追い詰められてる……絶対、負けちゃ、いけないのに……!!

【ラディ、落ち着いてください。まだ3対3。■■■ツ■デも、鋼タイプになれるシ■ヴ■■■もいます】
「……スズ、こんな時に何言ってるの。ここにいないポケモンの話なんてされても困る」

知らない、よく聞こえない名前。スズだって、今回新しいポケモンは送ってないはず。
 何がおかしいのか、ルビアは珍しく声をあげて笑い始めた。

【……ルビアさん。何をしたんです】  
「無駄やわあ。パラサイトGXは相手がこのバトルに勝つために倒さなあかんポケモンを二体増やす技やけど……ふふ、ウツロイドは変わったポケモンやからね。ただの効果やなく、相手の精神に刷り込むんよ。植え付ける内容次第で相手のポケモンや道具を二つまで使えないようにも出来てな? 特に頼りにしとるらしいポケモン、このバトルでその子は出されへんよ?」

 ルビアが何を言っているのかわからない。ポケモンを、使えないようにする?

【ラディ、自分のボールを見てください!】

 スズの言われるがまま、ボールを見る。何もおかしくない。いつものルカリオ、ハッサム、スターミー、グソクムシャがいるだけ。
 別にその子たちにもおかしなところはない。ハッサムがどく状態にされて苦しそうなのが、見るだけでも辛い。

「2匹はさっきウツロイドにちょろまかさせてうちが預かっとるよ。……さ、バトルを続けへんとね。おいでアーゴヨン」

 ルビアの方を見ると、いつの間にか2つのモンスターボールを持っていた。その中にいるポケモンが、よく見えない。何か、忘れてる?
 
……わからない。ただ、大切なものがなくなってしまった寂しさが胸を突き刺す。
でも、ここで負けたらサフィールに捕まってしまう。ちゃんと決着をつけたならともかく……こんな手に嵌められて負けるなんて、嫌だ。 
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