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Episode.「あなたの心を盗みに参ります」

作者:きよみみ
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本編
  本編6

 お見合い会場であるレストランにつくと、私は警察の人に呼び止められた。
 怪盗キッドが本当にこのレストランにやってくるのか、それとも私の家にやってくるのかは定かではないので、一般の人には公開せず、極秘に警備するとのことだった。レストランの周り、中の廊下、そしてホールにも、私服を着た警官が何人か潜んでいるらしい。

 お見合いには立ち会わない予定の両親だったが、ネックレスのことが気になるのか、会場にはついてきていた。広いレストランだから、相手方には気づかれないよう、遠いテーブルで様子を見ていると言っていた。

「僕はね、体力のある女性が好きなんですよぉ! ほら、僕って活動的だから」
「そ、そうなんですね」
「いやあ、最近は忙しくてあまり運動ができてないんだよなぁ。鍛え直さなきゃいけない」
「……」

 お見合い相手の諏訪さんは、よく喋る人だった。先程からずっと、昔の武勇伝やら筋肉自慢やらを、キラキラした目で楽しそうに話している。私は未だ相槌しか打っていない。

「こう見えてもね、昔は僕、腕もすごく太くて筋肉あったんですよ!まだ残ってるかな。あ、ほら、どうです?」
「あ、あ〜! たしかに、面影あるかもしれないです〜……」

 筋肉自慢をするわりには、見た目がすごくヒョロい。袖を捲り上げて拳に力を入れてみせる諏訪さんに、よくわからなかったけどとりあえずリアクションしておいた。

「足は最近鍛えてたから、太くなってきたと思うんですよねえ。見てください、そう思わないですか?」
「あ〜、たしかにそう、ですね……?」

 最近は忙しくて運動ができていないんじゃなかったのだろうか。ズボンを履いた足をそのまま見せられても、わかるわけがない。

 話を聞くのに疲れてきた私は、言葉が切れた一瞬にうまく口を挟み、お手洗いに立つことに成功した。口を挟まれたとき、彼は少し焦れったそうな表情をしていた。余程自分の自慢話をしたいらしい。

 一応トイレに入って用をすませると、手を洗って鏡の前で立ち止まった。思わずため息が出る。すぐに戻る気にはなれなかった。こんなに少しの時間で疲れたのは、今までで初めてかもしれない。
 それでも戻らないわけにはいかないので、最後の悪足掻きにゆっくり化粧を直してから、重い足取りで化粧室を出た。

「あの、お客様」

 少し歩いたところで、ウエイトレスに呼び止められる。立ち止まって振り返ると、ウエイトレスは手に何かを持って、私の方へ歩み寄ってきた。

「お客様、ハンカチを落とされませんでしたか?」
「あれ、本当だ。私のです!」

 彼が手に持っていたのは、私がさっき使ったばかりのハンカチだった。バッグにしまったはずだったけど、ちゃんと入ってなかったのかな。

「ありがとうございます」

 ウエイトレスの手からハンカチを受け取ると、お礼を言ってぺこりと頭を下げた。彼も私に向かって軽く一礼してくれる。

「ああ、お待ちください。もうひとつ」

踵を返して席に戻ろうとすると、またもや呼び止められてしまった。ウエイトレスは、今度は私の進行方向に立ち塞がるように立って、少し顔を寄せてくる。

「——マッジクショーのお手伝いをしていただきたいのですが」
「……!」

 小さめの声で紡がれた言葉に、私はハッとして彼の顔を見た。ニヤリと笑みを浮かべた彼の顔は、一週間前に見たものと同じだ。

「あ、あなた、か……っ」
「しっ……このことは二人だけの秘密に。ね?」

 彼は人差し指を口元に当てると、軽くウインクをして見せた。
 秘密という言葉に、なんだかワクワクする自分がいる。どんなことが始まるんだろう。ここでバレたら台無しになる。

「……っごめんなさい。わかった、秘密にする」

 言葉を飲み込んで頷くと、彼はニコリと微笑んだ。制服のポケットから黒いサングラスを取り出して、私に手渡す。

「電気が消えたら、このサングラスをかけて廊下に出てください。話し上手なお見合い相手に気づかれないように」
「ふふ、わかった。その通りにします」

 いたずらっぽく笑う彼に、私も思わず笑ってしまう。どうしてサングラスなのかはわからないけど、私は言われるままに頷いて、手渡されたサングラスをバッグにしまった。

 私は内心ドキドキしながら、平静を装って席に戻る。それからの諏訪さんの話は、これから起こるマジックショーにワクワクしている私の頭には、あまり入ってこなかった。申し訳ないけど、集中して聞けるような状態ではなくなってしまっていた。

 だけど、入ってこない話を聞いている時間は、そう長くはなかった。私が席に戻ってから数分後、なんの前触れもなく、お店の電気は全て消えてしまった。

「うえっ!? なんだ! 停電か!?」

 目の前にいた諏訪さんを始め、その場にいたお客さんたちが騒然となる中、私はバッグからそっとサングラスを取り出した。かけてみると、今まで見えなかった周りの景色が、鮮明に見えるようになる。なんだか暗視カメラの映像を見ている気分だ。

 サングラスは、これのためだったのね……。たしかに、そのまま歩いたら、私は廊下に出られなかったかもしれない。私の席から扉まではある程度の距離があるし、暗闇に慣れていない目で歩くには危険だ。それこそ、誰かにぶつかってしまっていただろう。怪盗キッドの用意の周到さに感心しながら、私は静かに席を立った。

 でもこのサングラス、どういう仕組みになってるんだろう……。好奇心が抑えられないので、あとで聞いてみることにしよう。そんな時間があればの話だけど。

 そんなことを考えながら、驚き怯える人たちを横目に、足音を立てないように歩き出した。廊下に続く扉へ向かうまでには、たくさんの人とすれ違う。暗くてあまり見えないと言ったって、全く気づかれないとも限らないのだ。なるべく速く、慎重に行こう。
 
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