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Episode.「あなたの心を盗みに参ります」

作者:きよみみ
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本編
  本編4

「それで?なんにも盗まれなかったってこと?」
「うーん、それがね……」

 次の日。私は学校で、スミレとヤヨイに昨日の夜の一連の流れを説明していた。何も言わないけれど、他のクラスメートたちもチラチラと様子を伺ったり、私の話に聞き耳を立てているようだった。

「朝起きてから気づいたんだけど……おばあちゃんにもらったネックレスがなくなってたの」

 朝起きて机の上をふと見たときに、やっとないことに気がついた。それというのも、いつもは肌身離さずつけているネックレスを、訳あって一昨日の夜に外してしまっていたのだ。全く気づかなかった上に、キッドからしてみると、かなり盗みやすかったんじゃないだろうか。

「あー! あのネックレスがハート型だから、『あなたの心』だったってこと!?」
「うん……たぶんね」

 ネックレスが盗まれたんだと気づいたとき、予告状の内容を思い出して、私は思わず苦笑してしまった。さすがにキザすぎやしないだろうか。

 盗まれたそのネックレスは、おばあちゃんにもらったものだった。もう亡くなってしまっているので、形見のように思っていた。プラチナ色のハート型のチャームの中に、ピンクの透明な石が入っている、親指くらいの大きさのネックレス。
 中身のピンク色の石が宝石だったのか、ネックレス自体が高価なものだったのか、そのあたりはよくわかっていない。もらったときも、おばあちゃんは自分の大事なものだということしか言っていなかったように思う。

 お宝なのかとか高い値がつくのかとか、そういうことは特によくわからないし、私にとってはどうでもいいことだった。だけど、私はかなりショックを受けている。おばあちゃんが私にくれた、生まれて初めてつけたネックレスだからということもあるし、それに……。
 それにあれは……アオイとお揃いの、思い出のものでもあったからだ。

「あ〜でも、ツグミが無事でよかった!あんなコソ泥、はやく捕まっちゃえばいいのにね!」
「心配かけてごめんね。でも……そんなに悪い人じゃないと思うよ?」
「えっ、なんで!?」
「優しくてかっこいい紳士って感じだったもん」

 私が真顔でそう言うのを聞いて、スミレは眉間に皺を寄せて不服そうな声をあげた。
 スミレは、ドラマなどでも刑事物が大好きだから、泥棒には反対派なんだそうだ。世の中の怪盗キッドファンの気持ちが到底わからないと、さっきも溢していたくらいだった。

「あ、もしかしてツグミ、本当にキッドに心とられちゃったんじゃ」

 ヤヨイがそう言ったのを聞いて、スミレは私を見て絶望的な顔をした。全くそんなことはないんだけど、スミレは本気にしてしまったらしく、勢いよくガッと肩を掴まれた。

「嘘でしょ!? ツグミ戻ってきてええ」

 そう叫んだかと思うと、スミレは私を前後にぐらぐら揺さぶった。さすがにこれは、頭がくらくらする。

「ツグミ!目を覚ましてええ」
「もう、そんな大袈裟な……」

 今度はべったりと抱き着いてくるスミレをなだめつつ、私はヤヨイに助けろという目線を送った。言い出したのはヤヨイなのに、私のヘルプには全く応じず、ヤヨイは楽しそうに笑っている。
 薄情者め……!

 スミレを剥がそうと苦戦していたとき、教室の外の方から私を呼ぶ声が聞こえた。今の私にとっては助け舟である。

「ツグミー」
「あ……アオイ」

 慌てて腰をあげると、スミレは渋々といったように離れてくれた。急いで声のした方へ向かうと、アオイは手を振って私を促す。

「どうしたの?」

 といっても、アオイがここにやってくることは珍しくない。なにか借りにくることもあれば、ただ話しにくることもある。私とアオイは、定期的に話さなければいけないのかというような頻度で、学校だったり家だったり、お互いなんとなく会いに行くのが普通だった。

「大丈夫だったか? 昨日」
「うん、大丈夫だった。無傷だよ」

 腕を広げて怪我のないことをアピールすると、アオイは安心したように笑った。

「じゃ、今日一緒に帰ろうぜ。話聞かせてくれよ」
「うん。……あ、それならうち来ない? 本物の犯行現場で再現してあげるよ!」

 警察の検証は昨日のうちに終わっていた。第一、痕跡がなさすぎて、調べるところがなかったらしい。

 私が意気揚々とそう言うと、アオイは一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに眉間に皺を寄せて、困った顔になった。

「あー、ごめん……今日、婚約相手の親に会う約束してて……早く帰ってこいって言われてるんだ」

 軽い気持ちで誘ったことを後悔した。断られるにしても、こんな理由で断られるのは嫌すぎる。そういうことは極力聞きたくなかった。

「そ、そうなんだ! それなら、帰り道に全部話すね!」

 傷ついたのを誤魔化すように、無駄に明るく返事をした。わざとらしすぎたかもしれない。

「ごめんな。じゃ、終わったらここ来るから」
「うん、待ってる」

 なんとなく気まずい雰囲気のまま別れると、アオイが見えなくなったのを確認して、私は思わず盛大にため息を吐いていた。スミレたちのところへ戻り、椅子に座ったなり机に突っ伏す。スミレとヤヨイが怪盗キッドについて話しているのを聞きながら、私はまたため息を吐いた。

「……いっそのこと、どこかにさらってくれたらよかったのに」

 昨日の夜のことを思い出して、小さく呟く。どうせ今のまま、私もお見合いをして違う人と結婚するなら、どこかに消えてしまったほうがマシだ。

「……こりゃ、アオイくんが原因ね」

 スミレが言った言葉には聞こえないフリをして、忘れようと思いぎゅっと目をつぶった。
 
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