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アリーの死

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第二章

 だがムアーウィアは冷静にこう言った。
「和睦を申し出よう」
「負けましたが」
「それでもですか」
「ここはですか」
「負けてもだ」
 戦にそうなってもというのだ。
「それでもですか」
「和睦をすればいい」
「そうなのですか」
「そうだ、落ち着いてだ」
 そのうえでというのだ。
「和睦を申し出る、コーランにかけてな」
「コーランに」
「それにかけてですか」
「和睦を申し出て」
「それで戦を終わらせますか」
「そして戦では負けるが」
 それでもとだ、ムアーウィアは笑って話した。
「政では勝ち」
「そしてですか」
「カリフの座も」
「再び我等の手に」
「ウマイヤ家に」
「そうなる、それも我等は戦わず手を汚すことなくな」
 ムアーウィアは笑ったままだった、そうしてだった。
 ウスマーンを殺されいきり立つ一族の者達と仕える者達、憎悪の為に一つになっている彼等を抑えることに専念してだった。
 アリーにコーランにかけて和睦を申し出た、するとアリーの周りの者は口々にアリーに言った。
「この和睦受けるべきでありません」
「戦で勝ったのです」
「ならここは攻めて」
「そしてです」
「ウマイヤ家を徹底的に叩きましょう」
「そして後顧の憂いを断ちましょう」
 戦に勝ち優位に立った、これを機に敵を滅ぼそうというのだ。それでアリーに和睦を受けるべきではないと言うのだ。
 だがそれでもだ、アリーは言った。
「コーランにかけてだ」
「だからですか」
「コーランは絶対のもの」
「我等ムスリムにとって」
「それでは」
「この申し出は受ける」
 即断であった、それも変わることのない。
「何があってもな」
「それでは」
「そうしますか」
「ウマイヤ家の和睦を受け入れるのですか」
「そうされるのですか」
「アッラーに誓って」
「ですが」 
 それでもとだ、中にはアリーの考えにあくまで反対する者もいて彼等はアリーに食い下がる様にして言った。
「ここでウマイヤ家を滅ぼさないと」
「ムアーウィアを始末しないと」
「必ずアリー様に牙を剥きます」
「あの男は野心家です」
「しかも狡猾です」
 彼等はムアーウィアという男をよくわかっていた、敵であるが故に。敵は時として自分自身よりその相手のことを知っているというがこの時がまさにそれであった。
 だからこそだ、彼等はアリーに必死に話した。
「必ず企みます」
「何をするかわかりません」
「ここで仕留めておかねば」
「必ずや禍となります」
「私は決めた」
 アリーはその濃く長く白い髭のある男らしい顔で言った、頭は禿げあがり色黒であり身体つきは逞しく肩幅は広い。実に男らしい感じであり声も言葉もだった。それで言うのだった。
「しかもコーランにかけてある」
「ならですか」
「この度は」
「申し出を受ける」
「そうされますか」
「私は決めた」
 二言はない、そうした言葉だった。こうしてだった。
 アリーはムアーウィアそして彼が率いるウマイヤ家と和睦した、だがアリーに従う者達の中には不満を抱く者もおりある者はもうこれでアリーは終わりだと認識しムアーウィアの天下になるよりはと彼の下を去った。 
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