恵王の失態

「韓と趙、宋も敵だが」
「はい、特にですね」
「秦と斉ですな」
「あの二国ですな」
「どちらも敵だ」
　魏にとってはというのだ。
「だからだ」
「どちらの国ともですな」
「戦い続けますな」
「そして勝ち続ける」
「そうしていきますか」
「そうだ、我等は強い」
　魏はというのだ。
「だからだ」
「これからもですな」
「この五国と戦い続け」
「やがては全ての国を併呑し」
「そしてそのうえで」
「我等が魏がですな」
「天子となるのだ、絶対にだ」
　王は野心に燃えていた、そのうえで言うのだった。そして斉とも激しく戦い続けたがその中で彼は思わぬ報を受けた。
「何っ、斉にか」
「はい、馬陵道において」
　報をする者は鎧があちこち乱れ汚れきっていた、命からがら王宮まで来たのは誰が見ても明らかなことだった。
「我が軍は惨敗し」
「多くの兵と将帥を失ったというのか」
「はい、その主力を」
　魏のそれをというのだ。
「そうなってしまいました」
「馬鹿な、それではだ」
　王はその報に驚愕しつつ述べた。
「我が国は」
「はい、軍勢の中でも精鋭を失い」
「戦もだな」
「難しくなりました」
　それを行うことがというのだ。
「残念ながら」
「あの軍勢でだ」
　王は今度は歯噛みして言った。
「是非だ」
「斉の精鋭を破り」
「そしてだ」
　そのうえでというのだ。
「逆に斉に攻め込むつもりだったが」
「はい、しかしです」
「その軍勢がか」
「なくなりました」
　馬陵道の戦で敗れてというのだ。
「ですから今は」
「戦はか」
「攻められなくなりました」
「この様になるとは」
　王は歯噛みするしかなかった、そして軍勢を失ったのを見てだった。
　秦が攻めてきた、秦は魏を容赦なく攻め魏は多くの城を失った、その状況を見て王は苦い顔で宮中にいる者達に告げた。
「こうなっては致し方ない」
「どうされますか」
「この安邑を守れるかもわかりませんが」
「今の我等の兵では」
「秦の大軍に対して」
「だからだ」
　それがわかっているからだというのだ。
「ここは都を移す」
「そうされますか」
「この安邑から」
「そうされますか」
「そうだ、大梁にだ」
　この城にというのだ。
「するぞ、いいな」
「わかりました」
「それではです」
「すぐに大梁に移りましょう」
「こうなっては致し方ありませぬ」
「秦を止められぬのですから」
「孟子の言う通りだった」
　王は決断を下した後で歯噛みして言った。
「戦ばかりしてもだ」
「そして勝ち続けても」
「それでもですね」
「ことは果たせない」
「国は強くなりませんか」
「大敗すればだ」
　馬陵道の様にだ。
「それでだ」
「終わりですね」
「我等の様に」
「そうなりますな」
「今の魏は国も民も疲れ果てている」
　相次いだ戦によってだ。
「そうなる」
「だからですな」
「戦はみだりにすべきでなかった」
「左様ですな」
「全くだ、これではどうにもならぬ」
　恵王は歯噛みした、だがもうどうにもならなかった。
　魏は斉に従うしかなく以後覇を唱えることは出来なかった、そうなったことは全て恵王が戦を続けたからだ。恵王はこのことを悔やんだという。孟子の言う通りだったと。


恵王の失態　　　完


　　　　　　　　　　　　　　　　　　２０１９・４・１２