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武悪

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第三章

「左様、それがし死んでおりまする」
「むうう、迷うて出たか」
「しかし一つ成仏する手段がありまする」
「それは何じゃ」
「主殿の腰にある見事な刀を得れば」
 それでというのだ。
「成仏します」
「何っ、わしの刀をか」
「それでもう完全に」
「しかしこの刀は当家の家宝、それを渡すことは」
「いえ、ここはです」
 太郎冠者が渋る主に即座に忠告のふりをして言った。
「武悪殿の幽霊に渡して」
「成仏してもらってですか」
「ことなきを得ましょう」
「それがよいか」
「そうすればもう二度と武悪殿には会いませぬぞ」
「幽霊にじゃな」
「はい、ですから」
 それでと言うのだった。
「ここはです」
「そうか、ではな」
「はい、その様に」
 太郎冠者が言ってだった、主も渋々だが腰から刀を取って武悪に渡した。すると武悪は芝居を続けて述べた。
「かたじけない、これで無事にです」
「成仏出来るか」
「これにて。では」
 こう言ってだった、武悪はそのまま何処かに姿を消した。太郎冠者はその後姿を見送ってから主に言った。
「これで、です」
「うむ、あの者の幽霊はじゃな」
「出ませぬ、ではです」
「あの者のことを忘れてか」
「公方様に言われたことを果たしましょうぞ、刀はまた手に入れればいいこと」
 刀のことも言うのだった。
「それではこのことは忘れて」
「そうじゃな、ことを果たそうぞ」 
 主はどうにも釈然としないまま頷いてだった、そしてだった。
 太郎冠者を連れて公方即ち将軍に命じられたことを果たした、以後武悪は主とも太郎冠者とも会うことはなかった。だが刀は売り飛ばしその銭で死ぬまで楽しく暮らしたという。今も残る逸話の一つである。


武悪   完


                 2019・1・9 
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