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魔法が使える世界の刑務所で脱獄とか、防げる訳ないじゃん。

作者:エギナ
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第一部
  第36話 Side.Mafia

「おはよう、琴葉。気分は如何だい……と言っても、最悪だろうね。もう少し、ゆっくりと休むと良いよ」

「失礼します。お早う御座います、琴葉様。朝食をお持ちしました」
「失礼します。お早う御座います、琴葉様。お着替えをご用意しました」

全部、全部、六年前と同じ。私が幹部だった頃と、何もかも同じ。

「……おはようございます、首領。おはよう、響、仁。あと、ありがとう」

五年前と何も変わらない、自分の執務室の隣にある、自室。全く変わらない天蓋付きのベッドから起き上がり、淵に移動する。そして、仁から着替えを受け取ってからベッドを下りる。冷たい床も、変わらない。
首領やメイドに背を向けて、寝間着代わりに来ていた半袖のシャツとショートパンツを脱ぐ。そして、用意された服に着替えようとしたところで、私は手を止めて首領の方を見る。

「……このワンピース、どこから持って来たんですか?」
「琴葉が昔着ていたモノを魔法で少しだが大きくした。真冬君に頼んで、看守寮から持ってきて貰ったんだ」
「そう、なんですか……ありがとうございます」

今手に握っているのは、真っ白なワンピース。四年前、被験体だった時に着ていたワンピース。汚れが一つもないのは、恐らく仁が丁寧に洗ったからだろう。
ワンピースを着て、赤いラインが入っていたりする、黒を基調としたコルセットをつける。後はドレスグローブをはめて、着ていた服を軽く畳む。

「似合っているね、琴葉」
「ありがとうございます、首領」

仁に黒のジャケットを着せてもらった後、首領にお礼を言う。だが、何か不満な点がある様で、少しだが顔を顰めている。
何かあったのかと身構えるが、直ぐにそれは解かれる。予想の斜め上の発言に因って。

「……うーん、その“首領(ボス)”って言い方も好きなんだけど、昔みたいな呼び方がやっぱり好きだなぁ。呼んでくれる?」

……何ですか、それ。
でもまぁ、五年前は仕事以外の場では絶対に“首領”とは呼ばなかったからな。久し振りにプライベートでの呼び方で呼んで欲しいのかもしれない。

「では……ありがとうございます、“湊さん”」

そう言うと、首領改め湊さんはほんのりと頬を染めて、笑みを浮かべた。

「うん、やっぱりそれが良いね。響君、如何思う?」
「え、あ……そうですね。あー、えー、うーん……あ。夫婦みたいな感じがします……?」
「夫婦だって、琴葉! 綺麗な服に身を包んだ、美しいお姫様と一緒に居られるなんて、私は幸せだよ」

湊さんはキザな男ですね。

そう心の中で呟いて、私は湊さんと共に部屋を出た。


◆ ◆ ◆


夜。

それはマフィア以外の違法組織が、最も恐れる時間。

マフィアは夜を好む。

今のマフィアのビルには、湊さんの護衛をする構成員や、様々な場所の防衛、管理をする構成員しか残っていない。

マフィアに逆らったら、死ぬ。

マフィアに目を付けられたら、死ぬ。

そんな恐怖を抱えながら、マフィアに逆らった違法組織は消えていく。

今日もまた、悲鳴と絶叫と共に、いくつかの組織が消える。


だが、マフィアに戻って来て一日目である私に、組織を壊滅させる等、荒事の任務がある訳がなくて。

「琴葉君、失礼するよ」
「はい……どうぞ」

執務室で、幹部達から流れて来た書類を書いていた手を止め、私は立ち上がる。
それと同時くらいに執務室の扉が開き、湊さんが部屋に入ってくる。

「早速仕事とは……仕事熱心で偉いね、琴葉」
「ありがとうございます、湊さん」

湊さんは仕事の時は私の事を“琴葉君”と呼ぶ。だが、二人きりだったり、メイドしか居なかったりする時は、私の事を“琴葉”と呼んでくれる。それがなんだか擽ったくて、小っ恥ずかしくなる。けど、嬉しいのは確かだった。

「琴葉、おいで」
「はい……」

湊さんは私の部屋の扉を開け、手招きをする。勿論、それに逆らう事は無く、私は彼の方へと歩いて行って、部屋に入った。

私の部屋はよく首領である湊さんや、幹部が集まる。なので、大事な用件をちゃちゃっと説明して、その後はグダグダと喋る事が良くある。小一時間、幹部達全員で集まって、茶会だったり、読書大会———拷問や作戦の立て方参考になる本だったり、文学書だったり、外国語の参考書だったりを黙って速読する。私の部屋でやる意味や、皆で集まって本を読む意味は全く無い———をする事も珍しくは無い。
その為、私の部屋には敵対組織や政府、居る訳が無いのだが組織に送り込まれた諜報員等の盗聴を防ぐ為、防音対策がしっかりとしてある。小さな会議の内容を聞かれたり、幹部達が揃ってサボっている所を見られない様にする為にも、カメラも付いていない。

そんな私の部屋を、湊さんは好んでいる。

なにをしてもバレないから。

「琴葉。ジャケット脱いで」
「はい……脱ぎました」
「じゃあ……来て?」

湊さんの方へ行くと、彼は私の腕を持ち上げて、指を軽く口に含む。指先に温かい感覚が伝わってきて、妙な擽ったさを覚えるが、彼はそのままドレスグローブを外していく。
両方のグローブを外して、今度はコルセットに手を掛ける。自分で出来ますから、と小さく呟くと、彼ははにかみながら、照れ隠しかな、と返す。矢張り、彼はキザな男。

コルセットも外して、ワンピースだけの格好になると、急に視界が傾いて、背中に柔らかい感触が伝わる。ベッドに押し倒されたのだろう。顔が触れてしまいそうな距離に、湊さんの顔がある。

「琴葉。私も脱がせてくれる?」
「……はい」


———これからすることは、貴方の想像にお任せします。



と言う事は無くてですね?

体を起こして、彼の外套を脱がせる。続いてベストも脱がせて、ネクタイも取る。そしてシャツのボタンをいくつか外すと、彼は満足した様に微笑を浮かべて、私の横に腰を掛けた。

「ありがとう。……で、あの日にやった事、聞きたいよね?」

あの日。

第一魔法刑務所で新年魔法大会があった日。

「あの日、まず虹村美桜を操って、それっぽい雰囲気を出させて貰った。その後、真冬君とグレース君、響君、仁君に頼んで、モニター越しに観戦していた人達を殺して貰った。それは君も分かっているだろう?」
「はい。……あの時は、まだ……はっきりと覚えています……」
「そうだよね。……じゃあ、君が絶刃を使って反抗したのは?」

私は“絶刃”という刀を愛用している。絶刃は魔法で作られた剣ではないため、魔法無効化でも消えない。魔法で別空間に置いておいて、そこから引っ張り出して使う事も出来るが、絶刃なら離れた場所にあったとしても、イメージのみで手元まで呼び寄せる事が出来る。刃で空間を引き裂いたり、空間を超えて刃を届かせたりも出来るから、昔マフィアに居た時からずっと使っている。

———と、誰かが言っていた。

「え……そうなんですか?」

戦闘が終わってひと段落ついた後、毎回の様に絶刃を握った瞬間からの記憶が無い事に気付く。戦闘中にはそれ以前の記憶はあるらしいが、戦闘が終わって絶刃を手放した瞬間、記憶が消えるらしい。

私に残るのは、“絶刃”という刀を使っていると言う事だけ。
私は、絶刃の強さすら分からない。

「やっぱり忘れているか……君は絶刃の空間断絶を巧みに使って反抗していた。だが、君が匿っていた被験体七つと、君と共に被験体達をマフィアから隠してきた翁の死体を持ってきた瞬間、君は崩れ落ちた。心が弱った隙に、君の心を操らせて貰った。君が全く私と関わりの無い人だったら無理だったかもしれないけど……君は私の人形だからね。簡単だったよ」
「……人形……そうですね。私は貴方の人形です」
「昔交わした約束、思い出してくれたかい?」

「……『僕が君の主になろう。そうすれば、君はずっと生きていける。だから、君は僕を守ってくれ。そうすれば、僕と君は、ずっと一緒に居られるね』……そうですよね、湊さん」

大戦の始めの頃、魔法は主に二つの組織が研究していた。

一つはマフィア。湊さんの前の首領の時代のマフィアは、敵対組織の人間や、大戦で親を亡くした孤児達を被験体として、人体実験を繰り返しながら魔法を開発していった。今では禁忌となっている、“精神操作”、“蘇生”等の魔法が、人体実験に因って研究され、完成した。
現在禁忌に触れる魔法は、幹部以上の人間にしか伝わっていない。また、幹部等も知っていても、使う事は無い。利益が無いからである。

もう一つは“マギア”と言う、魔法犯罪組織。大戦の半ばで消滅したらしいが、マギアが残した研究は、現在の魔法技術に大きく影響している。

———私が存在するのだって、マギアが存在したから。

「……ん。どうしたんだい、琴葉。顔色が悪い様だけど」

マギアは大戦の始め、とある実験をした。

それは、魔法で戦闘用の“人形”を作ること。

「私……マフィアに来て、よかったのかもしれない……」
「琴葉……?」

“試作品壱号”。

毎日が実験の日々。

研究所を湊さんが指揮を執る遊撃部隊が破壊しに来なかったら。
そう考えるだけで恐ろしくなる。

マギアも禁忌に触れる魔法を開発していた。それと共に、実用的な魔法の研究も行った為、彼等の魔法研究が現在に繋がっている。

人形と言っても、私は人と同じ造りをした体を持っている。奴等がそっくりに仕上げたから。

なのに、毎日殺されて、蘇生されて。


「湊さん……私を、マフィアでどう使うつもりですか」


 
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