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fate/vacant zero

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土塊つちくれの巨人




 『土塊つちくれ』の二つ名で呼ばれ、トリステイン中の貴族を恐怖に震え上がらせている盗賊がいる。

 それは、栗鼠フーケと名乗るただ一人きりの魔法使いメイジである。


 彼の者、北の貴族の屋敷に、宝石の鏤ちりばめられた浸透銀ミスリルのティアラがあると耳にすれば、繊細に忍び込んでこれを盗み出す。

 南の貴族の別荘に、先帝から賜りし家宝の杖があると知れば、別荘を粉々に破壊してこれを頂戴する。

 東の貴族の豪邸に、白の国アルビオンの細工師が腕によりをかけて作った真珠の指輪があると聞けば、白昼堂々とこれを奪い去り。

 西の貴族の酒倉に、値千金百年ものの鈴ワインがあると見れば、夜陰に乗じてこれを拝借した。


 その様、正しく神出鬼没の大怪盗。現代魔法使いメイジ最悪の愉快犯。



 それが土塊つちくれのフーケの、一般に知られる焦像である。

 フーケは事あるごとに手管をがらりと変えるため、トリステインの治安を預かる王室衛士隊の魔法衛士たちは、事あるごとに彼かの思うがまま煙に巻かれているのだ。



 だが、その気分屋な仕事ぶりにも、一つだけ共通している点があった。


 フーケは、狙った獲物の在り処に忍び込む時には、必ずと言っていいほど『錬金アルケミー』を使う。

 扉や壁を『錬金アルケミー』で砂や粘土に変え、苦もなく侵入して目的を達するのだ。



 無論、トリステイン貴族とてただのバカではない。

 フーケの手口が噂として出回ってからというもの、強力な魔法使いメイジに依頼して掛けられた『抵抗レジスト』の魔法で、屋敷の壁や扉を守っている。



 にも拘らず、なぜフーケは大怪盗の名をほしいままにしているのか?



 答えは単純だ。

 フーケの魔力が、『抵抗レジスト』をかけた魔法使いメイジの魔力を上回っている。

 ただそれだけのことである。


 たいていの場合、扉や壁は掛けられた『抵抗レジスト』ごと土塊つちくれへと変貌してしまうのだった。

 しかも、これはまだマシな方だ。


 『抵抗レジスト』を破れないとフーケが判断した場合、次は力尽くの手段を講じてくる。

 ひたすらにでかい土人形ゴーレムで、『抵抗レジスト』が掛かったまま壁や扉を屋敷ごと・・・・打ち壊す。


 先述のとある貴族の別荘などは、身の丈30メイルを超す巨人に、ホールを丸ごとぶち抜かれたというからたまったものではない。

 それこそ、城ですらも壊せそうな規模だ。まともな物質で防げるようなシロモノではないのである。


 斯様に、時に繊細に、時には豪快に盗みを働くフーケであるが、未だその正体を知るものは誰もいない。


 年齢は不明。性別も不明。背格好さえも不明。


 ただ分かっているのは、『土』の『トライアングル』ないし『スクウェア』だろうということ。


 犯行現場の壁に、『秘蔵の○○、確かに領収いたしました。土塊のフーケ』という戯ふざけたサインを残していくこと。


 そして……、強力な魔法が付与された数々の高名なお宝、"魔法道具アーティファクト"に目がないということだけであった。











Fate/vacant Zero

第八章 土塊つちくれの巨人ゴーレム









 今宵は新月。

 満天の星空をバックに聳そびえる本塔は、地上から見上げる分には、完膚なきまでに夜に染まっていた。


 そんな漆黒の外壁、地上数十メイル地点。

 灯あかりもなしに大地と平行に佇む、あからさまに怪しい――見えればの話だ――影が一つ。


 土塊つちくれのフーケが、そこに姿を現していた。

 見えてはいないから現したといえるかどうかは怪しいが。


 長く碧あおい髪を夜風になびかせ悠然と佇む様からは、国中の貴族を不眠と落涙の坩堝るつぼに叩き込んだ怪盗の風格が見受けられただろう。

 見えれば。



 さて、そんな当のフーケはというと、足から跳ね返ってくる壁の感触に何やら苦りきった気配を撒いていた。



「さすがは魔法学院本塔の壁……。物理的な力が有効だって?
 冗談じゃない! こんな分厚い壁、ぶち抜いたら塔の方が先に崩れちまうじゃないか!」


 コツ、コツと壁を踏みつつ、足に返る振動と音で、壁の厚さを測っている。

 『土』のエキスパートであるフーケにしてみれば、この程度のことは雑作もない。


「確かに、『抵抗レジスト』以外の魔法は掛かってないみたいだけど……、これじゃ私のゴーレムでも易々とは貫けそうにないね……」


 さて、どうしたものか。

 フーケは、予想以上の難敵に頭を悩ませていた。


 ここの『抵抗レジスト』はかなりの高レベルで掛かっているらしく、『錬金アルケミー』の魔法で壁を変化させることが出来ない。

 かといって、現状の手札ではこれほど頑強な壁を打ち抜くことは出来ない。

 扉から真正面などもってのほかだ。上にも下にも逃げ道がない。



「たったのこんだけ調べるのに、かれこれ一ヶ月も費やしてるんだ。

 『破壊の杖』、なんとしても奪わせてもらうよ」



 腕組みをしたまま思考回路を回し続けるフーケの双眸が、きらりと光った。







 さて、その頃。

 ルイズの部屋では、ちょっとした騒動が巻き起こっていた。



 ルイズとキュルケが、テーブルの横でお互い睨み合っている。

 才人は"ニワトリの巣"に座りこみ、キュルケの持ってきた青い剣に見惚れていた。

 タバサもいる。

 二人が放つ剣呑な視線も才人の感歎のため息も、全く気に掛けずにベッドに座り込んで本を読んでいる。



「どういう意味? ツェルプストー」


 腰に両手を当て、夕食後の時間を見事にぶち壊してくれた不倶戴天の仇敵を睨みつける。


「だから、サイトが欲しがってる剣を手に入れたから、そっち使いなさいって言ってるのよ」


 よりによってこのバカ女、昼間に人の後ろをこそこそついてきた挙句、サイトが欲しがってたあの青い剣を買いつけたらしい。

 悠然としてそういうキュルケの目は、どう見ても「あの程度の剣も買えないの?」と語っていた。

 腹立つわね。


「おあいにくさま。
 使い魔の使う道具なら、もう間に合ってんのよ。

 ねえ、サイト」


 "ニワトリの巣"に座ってさっきから一言も話さないでいるサイトの方を振り向いて。


 ピキ、という音がこめかみの辺りからした。

 なんでそんな真剣な目でそんな駄剣みてんのよこの犬は!


 心の中で叫びながら思いっきり後ろ頭を回し蹴って、キュルケにそのまま向き直る。

 サイトが勢いで"ニワトリの巣"から飛び出して、ごろごろ、ぼすんと言う音がした。

 ベッドに激突したらしい。朝食ヌキかしらね。



「嫉妬はみっともないわよ? ヴァリエール」

「嫉妬ですって? 誰が嫉妬してるのよ!」

「だってそうじゃない。
 サイトが欲しがってた剣を、あたしがなんなく手に入れてプレゼントしたもんだから、嫉妬してるんじゃなくって?」



「誰がよ! やめてよね!
 ツェルプストーの者からは豆の一粒だって恵んでもらいたくない! それだけよ!」


 目を細めたキュルケは、視線をずらしてサイトの方を見る。


「そうは言ってもね。ほら、見てごらんなさい?
 サイトはあたしの剣に夢中じゃないの。
 知ってる? この剣を鍛えたのはゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿だそうよ?」


 うっさいわね、それがどうしたってーのよ。


「ねえ、あなた。よくって?
 剣も女も、生まれはゲルマニアに限るわよ?
 トリステインの女ときたら、このルイズみたいに嫉妬深くって、気が短くって、ヒステリーで、プライドばっかり高くって、どうしようもないんだから」


 言ってくれるじゃないの……。

 ぎり、と音を立てながら、キュルケを睨む視線を強くする。


「なによ。ホントのことじゃないの。」


 なんですって?


「は、はん。あんたなんかただの色ボケじゃない!
 なあに? ゲルマニアで男を漁りすぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学しに来たんでしょ?」


「言ってくれるわね。ヴァリエール……」

「なによ。ホントのことでしょう?」

 ルイズが憤慨している。こういう時は、近寄らないに越したことはない。

 ヘタに近寄ったらえらい目に遭うのは、この一週間ほどでよく分かってる。


 そんなことよりも、いま俺の手の中にあるこの剣のことの方が先だ。

 やっぱり、よく手になじんでる。


 昼の店の槍やデルフリンガーもそうだったけれど、俺の手は武器の類と相性がいいらしい。

 こうやってただ握っているだけなのに、どうも試し切りをしたくなる。

 とはいっても、部屋の中でこんな長モノを振り回すわけにもいかない。

 街から帰ってきた時にはもう夕焼け空に青みが掛かっちまってたから、デルフリンガーの試し切りも出来てねえんだよなぁ。



 あぁぁああ、はやく明日にならねえかなぁ。



 キュルケが持ちかけてきたのがせめて明日の朝だったら、剣を使ったときのこのルーンでどれぐらいのことまで出来るかとか、デルフリンガーやこの剣にどんな力があるかとか、試し放題なのに。


 こりゃ、今夜は眠れそうに――どぅわぁあああああああ!?


 だだだだだだ――ぼすん! と、なにか柔らかい物に突っ込んだ。


「いってえ……、なにしやがんだ!」


 突っ込んだ体勢のまま首だけ後ろに振り向いて、巣の傍らに立ってたルイズに怒鳴ったが、まあ、例の如く無視された。

 わかってたさ、こうなるだろうってことぐらい。

 キュルケと睨みあったままだったからな。蓄瘴ちくしょう。


 いつものように諦めて、首を前に戻す。

 どうやら、こないだの女の子にぶち当たった、なんてコメディーにはならなかったようだ。

 視界の少し右手、何食わぬ顔で本を読み続ける女の子の姿があって、やっぱり少しだけどきりとした。


 そういやこの子、階段でぶつかっちまった時も本読んでた気がするな。

 そんなに本が好きなのかね。いや、俺も本は好きなんだけどな。

 活字ばかりのを読んでたら眠くなってくるだけで。


 さて、剣は折れたりしてないだろうな。

 さっき、結構あちこちぶつけ回っちまった気がするんだが。斬れない方向に。


 ……ごそごそ触った感じ、刀身はちょっとぐらついちまってるけど、これぐらいなら問題ないだろ。

 しかし、ルイズたちもよく飽きねえな。


 ……おいおい。ルイズはともかく、この子はそういうタイプだとは思えないんだけど。

 ていうか、友達じゃないのかね。まあ、この子は気にしてないみたいだけどさ。


 あ、ルイズが般若になった。

 こりゃ、まずいかな……、血を見ることになりそうな気がするんだが。


 主に俺が。

 ルイズが、ドライアイスみたいな笑みを浮かべてる。

 声も震えてる。っておい、そりゃ言いすぎ……。


 キュルケの顔色も変わった。それこそ、髪の色の様に。

 マズい。


 二人が同時に自分の杖に手をかけた時、それまでじっとベッドに座っていたタバサが動いた。

 二人よりも早く自分の杖を振りぬき、つむじ風で二人の杖を手から宙へと奪い去った。


「室内」


 巻き込まれるから外でやって、と取るべきだろうか。

 それだけ告げてタバサは、また本を読み始めた。



「なにこの子。さっきから居るけど」


 急な横槍というやつは、なんでこうイライラしてしまうのだろう。

 自分がまったく反応出来ないような速さだったことが、それをこんなちびっ子がやってのけたことが、さらに苛立ちを燃焼させる。


「あたしの友達よ」


 へえ、キュルケの友達なの。

 ってこら。


「なんであんたの友達が、わたしの部屋にいるのよ?」


 納得いかないにもほどがある。ってか、ここはアンタの私室じゃないのよ、と睨んでおく。


「いいじゃない」


 キュルケが、責めるような視線で睨んできた。

 わたし、いま何か変なコト言ったかしら。

 正当な権利だと思うんだけど? っていうか、だからここはわたしの部屋だっての。


 ぐぐぐぐ、っと真っ向から睨みあう。

 睨みあう。

 睨みあう。

 睨みあう。

 睨みあ……、あ、キュルケが目を逸らした。


「じゃあ、サイトに決めてもらいましょうか」
 俺は、あっという間の女の子の早業を、ぽかんと口を開けてみていた。

 すげえ。振られてる途中の杖が見えなかった。ってそうじゃねえだろ。

 助けてもらった礼ぐらいしろよ、俺。


「ありがとうな。助かったよ」


 小声で囁いておく。


 まあなんとなく予想していた通り、軽く頷くぐらいしか反応は返ってこなかったんだけどな。

 やっぱ、初日のあの反応は素だったのか。


 なにかに熱中してる時って、周りへの対応がおざなりになるからな、と。

 好奇心の旺盛すぎる自分の体験は、女の子の無反応をそう結論づけた。



 そういえば、聞きそびれてたことがあった。まあ、これぐらいは聞いておいてもバチは当たらないだろうか?


「……なあ。名前、なんていうんだ?」


 女の子は本からまったく視線を逸らさずに、ポツリと呟いた。


「タバサ」


 タバサ、か。

 こいつには一回助けてもらったっていうのに、俺からはろくな恩返しが出来てねえんだよな。

 ていうか、最初にコケさしちまった分を差し引いたらマイナスじゃねえか。


 なんか俺に手伝えることでもありゃあいいんだけど。何かないもんかね。

 どうも借りっぱなしは性しょうに……へ? ぇ、俺?


「えっと、何を?」


 ルイズにしばかれた。

 俺が何をした。って話聞いてなかったのが悪いのか。


 すまん。


 ルイズとキュルケが同時にため息をついた。


「あんたね。そもそも、あんたの剣でモメてんのよ? あんたが決めるのが筋ってもんよね」


 ……そう言われてもな。正直、どちらも面白そうで迷うのだ。

 こんな面白そうな二振りを持ってきてどちらかを選べ、なんて。


 拷問かよ。俺にどうしろってんだ。


「「どっち?」」


 二人が詰め寄ってきた。

 息ぴったりじゃねえかお前ら。


「……その、両方試してみてから、ってのは」


 妥協案を提示してみる。


 とたん、前からトゥーキックを胸辺りに喰らった。

 同時に、後ろからヒールキックを前からの蹴りと同じ高さで貰った。



 げふ。







 ポスリ、と才人の上半身がベッドに沈んだ。


 ぴくぴく痙攣している才人を、二人は揃って放置した。


「ねえ」


 キュルケが、ルイズに向き直った。


「なによ」

「そろそろ、決着をつけませんこと?」

「ああ、そうですわね」


「あたしね、あんたのこと、だいっきらいなのよ」

「わたしもよ」


「気が合うわね」

「ええ、ほんとにね」


 にっこりと、キュルケが微笑んだ。

 ただし目と雰囲気は笑っていない。


 ルイズも、負けじと微笑んだ。

 これまた、まぶしい笑顔だ。


 具体的には、"ゴゴゴゴゴ"と擬音が浮かびそうなくらい。


 二人が、同時に口を開く。



「「決闘よ!」」



 やめとけよ、と言おうとした才人の口からは、こぷ、という変な呼気しか漏れなかった。

 回復にはまだちょっと遠い。


 そんな才人や変わらず本を読むタバサは意識の外に追いやって、二人はさらにヒートアップする。


「もちろん、魔法でよ」


 キュルケが嘲るように告げる。

 ルイズは一瞬怯んだが、すぐに頷いた。



「ええ。望むところよ」


「いいの? "ゼロ"のルイズ。魔法で決闘で、大丈夫?」



 "ゼロ"を特に強調しながら、キュルケはルイズを小馬鹿にする。


 ルイズは一も二も無く頷いた。自信など、まったくない。

 でも、ツェルプストーの女に魔法で勝負と言われた以上、引き下がることなどできようハズもなかった。



「もちろんよ! 誰が負けるもんですか!」













 数十分に及んで身動き一つとらなかったフーケの索敵網に、己へと近づく何者かの気配が引っかかった。


 フーケは足下にした壁を蹴り、急いで地面へ飛び降りる。

 幸い近寄る相手からはまだ距離があり、かつ今夜は新月だ。

 多少派手に動いたところで、その動きを捉えることは出来ないだろうとフーケは踏んだ。


 地面にぶつかる直前に小さく『空中浮遊レビテーション』を唱え、体の関節を柔軟に使って勢いを殺し。

 物音一つ立てず、足跡一つ残さずに、猫の如く植え込みの中へと姿を消した。









 フーケが姿を隠して云ウン十秒。


 中庭に現れたのは、気合の入っているルイズとキュルケ、本の代わりにカンテラを持ったタバサ、呼吸困難から復旧した才人の四人だった。



「じゃあ、始めましょうか!」


 やる気満タンのキュルケ。


「なあ。ほんとにお前ら、決闘なんかするのかよ」


 心配そうな才人。


「そうよ!」


 イイ感じに気の引き締まったルイズ。


「……」


 無表情に、カンテラを見つめて何事かを考えているタバサ。


「そうは言うけど、今日は月、出てねえんだぞ?
 まさか、カンテラの灯りだけを頼りにやるのか? いくらなんでも危ねえって……」


 空を見上げて、才人がいう。

 綺麗だった。星座がどうたらなんてレベルじゃないぐらいに星が多い。



「確かに、怪我するのもバカらしいわね」

「そうね」


 そもそもどうしてこういうことになったのかしらね、サイトが優柔不断だからでしょ、と妙に息のあった掛け合いをしながら二人がため息をつきあってる。


 しょうがねえじゃねえか、どっちも試してみたかったんだから。

 と、反省の色ゼロの才人が内心でぼやいた。


 ちなみに内心でいう理由は、口に出したらまた蹴られて呼吸止まりそうだったからである。

 ちょっとは学習したらしい。



 その時、無言を貫くタバサが動いた。


 どうも考えがまとまったようだ。

 てくてくとキュルケに近寄り、何事かを耳打ちする。


 無論、キュルケに少し屈んでもらった上で。

 そして、才人を指差した。



 へ? と才人がたじろぐ。


「あはは、それいいわね!」


 キュルケがそう笑い、今度はルイズに耳打ちした。


「そうね、それがいいわ」


 なんなんだ、といぶかしみはじめた才人を他所に、ルイズも賛同の声を上げる。

 そして、三人が一斉に才人の方を振り向いた。


 獲物を狙う鷹の目だった。



 才人は、激しく嫌な予感がした。









 ゆっさゆっさ、ぷらーん。



 体が重力に引かれているにも係わらず、俺の足は地面を踏みしめずに、擬音を垂れ流しながらふらふらと上下に揺れていた。

 結構楽しい感覚だな、浮遊感。


 ってちげえ。

 そうじゃねえだろ、俺。


「……おーい。本気か? お前ら」


 返事は返ってこない。

 まあ叫んでるわけでもないので、単に聞こえてないだけだろう。

 もとから、大人しく下ろしてもらえるとは思ってもいなかったから、いいんだけどさ。


 なんで俺は縄で縛られて宙に吊るされてるんだろうね。


 ぐるぐる巻かれたロープの背中側には、さっきタバサが持ってたカンテラが突き刺さっている。

 遥か足下の地面は殆ど真っ黒で、目を凝らしてみてもルイズやキュルケの姿はロクに見えない。


 上を見上げれば、塔の屋上と同じ高さぐらいに滞空している影が、星空をバックに羽ばたいている。

 タバサが跨またがったあの竜である。

 二本の剣をくわえながら、ロープの端っこを持ってくれている、今の俺の生命線だ。


 そのお蔭で、上下振動で酔いそうだったりするんだが、まあ命には代えられない。



 はやく勝負着けてくんないかなぁ、と思う才人であった。







 キュルケとルイズは、その真っ暗な地面から才人を見上げている。

 二人からは、上から吊るされカンテラの光をバックにした才人のシルエットが見えている。

 かなり見えにくいが、小さく揺れているロープも確認できた。


「いいこと? ヴァリエール。
 あのロープを切って、サイトを地面に落としたほうが勝ちよ。
 勝ったほうの剣をサイトが使う。いいわね?」

「わかったわ」



 サイトを見上げながら、二人はこの決闘(もはや単なる勝負と化している気はするが)のルールの最後の確認をしている。


「使う魔法は自由。ただし、あたしは後攻。それぐらいはハンデよ」


 ハンデ、と言われたルイズのプライドはまたも沸騰しそうになったが、力づくでそれをねじふせる。


「いいわ」

「じゃあ、どうぞ。――始めるわ! タバサ!」


 ルイズが杖を構える。

 キュルケの声で、タバサがシルフィードに指示を出した。



 カンテラの灯りが、才人を吊るすロープが、二人から見えている才人の影シルエットが、ゆらゆらと左右に大きく揺れはじめる。

 遠距離から標的を射抜く魔法は、総じて命中率が高い。

 この程度の距離ならば、何らかの動きがなければ確実にロープを射抜いてしまうだろう。


 揺られる才人はたまったものではないだろうが、そこはそれ。

 自業自得なわけであった。



 だがしかし。

 ルイズにとって、問題とは命中するか否かではない。


 魔法が成功するか否か? コレにつきた。

 ゼロの二つ名は伊達ではないのだ。残念なことに。


 少しでも成功してくれそうな魔法はあるだろうか。

 『風』か、『火』系統で。

 『水』や『土』はダメだ。

 『ドット』に可能な魔法では、この距離を重力に逆らって飛ばして動くロープを切断するなんてことは見えない穴に針を通すより難しい。


 加えて、自分の魔法は何故だか爆発してしまう。

 ならば、やはりここは『火』を使うべきか。



 ルイズはそこに思い至って、キュルケの得意なのも『火』であったことを思い出した。

 同時に、その精度も。


 キュルケは、おそらく『火球ファイヤーボール』を使い、一発で決めてくるだろう。

 失敗は許されない。

 たとえその成功率が、限りなくゼロであったとしてもだ。



 散々悩んだ結果、ルイズも『火球ファイヤーボール』を使うことに決めた。

 どう考えても、縄を切断することの出来る魔法の中で成功しそうなものはそれ以外に思いつかなかった。



 ルーンを唱える時間が、妙に長く感じる。


 もし、失敗したら?

 サイトは、キュルケの持ってきた剣を使うことになる。


 ヴァリエールの誇りにかけても、そのような施しは受けるわけにはいかないのだ。



 わずか二言三言のルーンを呟く間、ルイズはそんな考えに呑み込まれつつあった。

 詠唱を終え、慎重に狙いを定める。


 狙うは、動きの最も小さくなるタイミング。

 左右両端のどちらかである。


 タイミングを合わせ、杖を振り下ろす。

 呪文が成功しているなら、杖の先からは火の玉が飛び出すはずだった。

 だが、ルイズの振り下ろされたそれからは何も生まれない。


 ほんのわずか遅れ、才人の頭上を何かが通り過ぎ、背後、本塔の壁で爆発が起こった。

 才人がその衝撃にもみくちゃにされながら、「殺す気か!」とはるか頭上で叫んだのが聞こえた。


 ロープは、残念ながら切れなかったようだ。

 ロープそのものが爆発してくれればよかったのだが、世の中そう巧くはいかないらしい。

 爆破してしまった本塔の壁には、大きく凹みが出来てしまっていた。



 失敗、だった。



 呆然と、地面に膝をつく。


「ゼロ! ゼロのルイズ! ロープじゃなくって壁を爆発させてどうするの! 器用ね!」


 キュルケが、腹を抱えて笑っていた。

 うるさい、言われなくたって失敗したことぐらい自分で分かってる。


「あなたってば、どんな魔法を使っても爆発させるんだから! あっはっは!」


 わかってるならやらすんじゃないわよ、なんて喚いたりはしない。

 これは、自分で受けた勝負であり……、それに躓つまづいたからと言って、喚わめいたりしてしまっては、格好がつかないではないか。


 だから、喚き散らしたくなっている自分を、ぐっと胸の奥へ呑み込んだ。


「さあ、あたしの番ね」


 キュルケが、狩人の目をして才人を吊るすロープを見据える。

 ロープがシルフィードによって揺らされているにも係わらず、キュルケの表情は余裕のソレを湛えていた。

 ルーンを手早く紡ぎ、手馴れた仕草で杖を突き出す。


 『火球ファイヤーボール』はキュルケの十八番おはこなのだ。

 杖の先から手鞠てまりのようなサイズの火の玉が生み落とされ、火の粉を尾のように曳ひきながら、才人の頭上めがけて矢の如く飛んだ。

 ソレは狙い違わずロープを半ばからぶち抜いて、着弾した辺りを消し炭にした挙句に木ッ端微塵こっぱみじんと打ち砕いた。


 宙吊りになるための支えを失った才人が、地面めがけて一直線に降ってくる。

 ロープの端を握らせていたタバサが杖を一振りし、『空中浮遊レビテーション』を掛けてくれたおかげで、才人は怪我一つ無く地面に軟着陸できた。

 それを見届け、キュルケは高笑いをあげた。


「あたしの勝ちね! ヴァリエール!」


 と。







 フーケは、その一部始終を植え込みの陰から見届けながら、唖然としていた。


 本塔の壁には、紛れもなく『スクウェア』を超えたレベルの『抵抗レジスト』が掛かっていた。

 このレベルになった『抵抗レジスト』の魔法は、物理的衝撃を伴わない魔法攻撃など、それこそ『スクウェア』のものですら霧散させられてしまう。


 ……しまう、はずだというのに。


 いったいあの魔法はなんだと言うのか?

 聞こえたルーンは、紛れもなく『火球ファイヤーボール』のものだった。

 だというのに、あの少女の杖から火球は迸らず、本塔の壁を爆発させ、深く抉った。


 そう、まるで『抵抗レジスト』など掛かっていないかのように。


 では、わたしが読み違えたのか?

 あの壁には、『抵抗レジスト』などなかったとでも?



 いや、そんなはずはない。

 二人目の少女が唱えた矢の如き『火球ファイヤーボール』は、ロープを射ち抜いた後、間違いなく『抵抗レジスト』にかき消されていたのだから。


 ならば……、あの魔法は、いったい?



 いや、今はそれより、宝を優先しよう。

 今がチャンスだ。あれだけ抉れた壁ならば……。



 フーケは、いつもの呪文を詠唱する。

 長く、強く、細やかに。

 魔力を、精神力を紡いでゆく。


 己の誇る、最強の力を。

 "土塊"を生む魔法を、30秒近い時間を掛け紡ぎだした。


 後は簡単。

 "材料じめん"に向かって杖を振り下ろし……、はたしてそれは生み出された。


 轟音と土埃を盛大に巻き上げながら。









 ちょっと可哀想だな、というのが先の勝負についての才人の感想だった。


 高笑いするキュルケの隣、ルイズは膝をついたまま肩を落としてしょんぼりしていた。

 ぁ、草抜いてる。暗い。


 どうしたもんかね、これから。

 ルイズはルイズで心配だったのだが、とりあえずは自分の身の回りを片付けてからにしたかった。


「……なあ、そろそろロープほどいてくれねえか?」


 かなりきつくぐるぐる巻きにされてて動けねえんだけど。

 具体的には肩の下辺りから踝くるぶしぐらいまで。


 にっこり微笑んだキュルケが、喜んで、と跳ねるような歩みで近寄ってきて。



 ――視線の先、キュルケの背後から聞こえてきた、"どどどど"という轟音と共に固まった。



 なにごと? と振り返るキュルケの視線の先。

 そして、動かない体で俺が見ているもの。


 音源が、地面から生えてきていた。


「な、なにこれ!?」


 そりゃ俺が聞きたい。なんだよ、あれ。

 生えた土の柱が、こっちに向かって迫ってくる。

 ずしん、ずしんと音を立てる二本の柱。


 キュルケが、『火球ファイヤーボール』を柱の上に向かって飛ばし……、その全貌が照らし出された。


 最初は、壁かと思った。

 あまりにもでかい。

 その壁からは、下に2本、左右に1本ずつ柱がはえていて。

 壁の上のほうに並んで空いた、二つの丸くて暗い穴を見て、ようやくそれが何であるかに思い至る。



 ――土人形ゴーレム。


 ギーシュの野郎の『戦乙女ワルキューレ』が蟻アリに思えるほどのフザけたデカさとなったそれが、こちらへと向かって歩いてきていた。



「きゃぁああああああああああ!」


 キュルケが悲鳴をたなびかせて逃げ去っていく。

 俺を結ぶ縄もそのままに、ほうほ……っておいィ!?


「ちょ、こら! 逃げるんならこれほどいてから逃げてくれよ!」


 あっと言う間に逃げ去ったキュルケにそれが聞こえるわけもなく。

 かわりに反応したのは、土人形だった。


 ずしん、と迫り来るそれは、あまりにも圧倒的で。

 縛られていなければ好奇心が優先されたのだろうが、こちとら動けない。

 生存本能を最優先にして、しゃくとり虫みたいにうねうねともがいてみるものの、あわてているのも手伝ってろくに進まない。


 さらにずしん、と大地が揺れる。


 やばい、と諦めかけた時、我に返ったルイズが駆け寄ってきた。


「な、なんで縛られてんのよ! あんたってば!」

「縛ったのはお前らだろうが!」


 ……あんまり我に返ってないかもしれない。


 すでに土人形は、あと一歩で自分たちを踏み潰せる位置まで近づいている。


「まずい! ルイズ、逃げろ!」


 土人形の足がぶわりと持ち上がり、才人は観念した。


「く……、なんでこんなにきついのよ!?」


 だが、ルイズは動かない。

 懸命にロープを外そうと悪戦苦闘している。


 上から、足が落ちてくる。もう、間に合わない!



 迫り来る恐怖から目をつぶった時、さっきまでのような浮遊感と、横方向への急激なGが体を襲う。


 それから、ずしん、という音が聞こえた。



 …って、あれ?



 おそるおそる目を開けてみたら、そこは空中だった。

 足元、下の方にはさっきの巨大土人形が見える。

 上、というか背中の方を振り返ってみたら、白い大きな腹と、ばっさばっさと空を打つ一対の翼が見えた。


 どうやら、タバサがシルフィードを地面と土人形の足の間に滑り込ませて、回収してくれたらしい。


 助かった、と大きく一息ついた。

 簀巻すまきのままで。



 そうしてぶらぶら揺られていると、脱力したことで緊張が薄れたのか、眼下のバケモノに対して好奇心がむくむくと湧き上がってきた。

 恐怖そのものが拭えたわけではなかったので声が震えていたが、まあそれはどうでもいい。


「な、なんなんだよ、あれ?」

「誰が使ってるんだかは知らないけど……、まあ、見たまんまね。

土人形ゴーレムよ」

「あんなでっかく出来るのかよ!?」

「出来るんでしょうよ、目の前でそれが動いてるってコトは。

 でも……、最低でも『トライアングル』はないと、あんなの動かせっこないわね……」



 なんとも、魔法ってヤツは面白いね。

 だからって、あんなの踏み潰されたくはないけどさ。


 しかし、いったい誰だよ?

 あんな無茶苦茶なの動かして、俺らを踏み潰そうと――。


 はた、とさきほどの情景を思い出した。

 ルイズが、必死になって俺の縄を解こうとしていたことだ。


「……なあ。お前、なんで逃げなかったんだよ?」


 普段は散々馬鹿にしてたクセに。

 口にはせず、だが確かな不信を胸にそう尋ねる。


「自分の使い魔を見捨てるような魔法使いメイジは貴族メイジじゃないわ」



 そうきっぱりと言ったルイズの顔は、とても凛々しく、そして眩しかった。









 彼らの眼下で動き続ける巨大土人形ゴーレムの肩の上、本領発揮中の"土塊"のフーケは薄ら笑いを浮かべて本塔にチェックメイトを掛けていた。


 逃げ惑うキュルケや、上空を旋回する風竜の姿が見えたが、そんなものはどうでもいい。

 すっぽり被ったローブのフードに隠された己の素顔さえ見られなければ、問題は無いのだから。


 全身を覆う黒いローブから突き出た短い杖を軽く一振りし、ゴーレムの拳を抉られた壁に打ち込ませる。

 その際、拳を鉄に変化させるのも忘れない。


 壁に拳がめり込んだ。


 一打目で縦横にヒビが入り、二打目で大きな亀裂が走り、三打目で、ついに厚い壁はフーケの前に屈し、バコリとその身を内へと砕け散らせた。



 フードの下、顔のパーツで唯一隠れていない口が、にやりと歪む。

 打ち込んだ拳にはそのまま床の端を掴ませておき、フーケはその腕の上を駆け宝物庫へと侵入し、即座に『解析ディテクト』を唱えて目当ての物を探す。


 探し物は『破壊の杖』、ただひとつ。

 杖に該当しない物は即座に『解析ディテクト』の対象から外し、ただひたすらに杖を求める。


 ほどなく、杖の類が壁にずらりと掛けられている一角いっかくが見つかった。


 『解析ディテクト』を中断し、その一角いっかくへと歩み寄る。

 そして、目当ての物の前で立ち止まる。



 どう見ても魔法の杖とは思えない、長さ1メイルmほどの筒のようなもの。

 これまでに見たことが一度もない金属で拵こしらえられたソレの下に、鉄製のプレートが掛かっている。



 『破壊の杖 持ち出し不可』と。



 これこそが、フーケの求めていたものであった。

 歪んだ口元が、さらにその深みを増す。


 他の杖たちと同じように壁に掛けられたそれを手に取り、フーケは妙な違和感を覚えた。


 やけに軽い。


 贋物か、と疑ってみたが、『解析ディテクト』を掛けたソレは、間違いなく『破壊の杖』のようだった。


 ようだった、というのは、解析できたあまりにも意味不明な内部構造に首を傾げることしか出来なかったからであったりする。

 いったいこの杖は何で出来ているのだろうと不思議に思ったが、それを考えるのは後でも良かった。

 今は、この場から逃走することを優先せねばならない。

 先の轟音で、いつ誰が起き出してきても不思議でないのだ。


 ゴーレムの肩へと跳び、最後にいつものように背後へと杖を振る。

 それによって己の仕事をした、といういつものサインを壁に刻んだフーケは、ゴーレムを再び動かしはじめた。







 地上では、黒いローブを纏った何者かメイジを肩に乗せた土人形ゴーレムが再び歩き始めていた。

 魔法学院の城壁を一跨またぎに乗り越え、ずしん、ずしんと大地を揺らしながら闇と葉擦れの音に包まれた草原を進む土人形ゴーレムは、圧巻というほかになかった。


 で、なぜそれが俺から見えているかというと……、まあ要するに、まだドラゴンの足に体を掴まれたままなわけだ。


 いや、いいんだけどさ。

 この体勢、ちょっとロープが体に食い込んで痛いんだよな。



 そろそろこの縄といてくれないかな、と思っていたのが通じたのか、タバサが『空中浮遊レビテーション』を掛けてくれた。


 ふわりと体がドラゴンの足から放され、俺とルイズはドラゴンの背中までふわふわ運ばれた。

 続けざまにタバサは杖を一振りして、俺の体にまとわりついていたロープを切ってくれた。


 ああ、自由って素晴らしい。

 こきこきと肩を鳴らしながら、お礼を言うのはもちろん忘れない。


「ありがとう。……また助けられちまったな」


 こくり、とタバサが一頷きした。

 この反応の薄さにもなんか慣れちまったなぁ。


 それから才人は、気に掛かっていたことを二人に尋ねてみる。


「なあ。あいつ、土人形ゴーレムで壁をぶち抜いてたけど……、いったい何をやってたんだ?」

「宝物庫」


 タバサが、簡潔に答えてくれた。

 それで充分、ってことかね。


 まあ、宝の庫くらの壁をぶち抜いてやるような事なんて、どこの世界でも同じだろうな。


「あの黒ローブが宝物庫から出てきて魔法を使ったとき、何かを握っていたように見えたわ」


 ははあ。となると、やっぱりあれは。



「泥棒、か。魔法が使えると盗み方も派手になんのかね……」



 その時、眼下の光景に異変が起こった。


 草原を歩いていた土人形がなんの前触れも無く、ぐしゃりと崩れ落ちたのである。

 土人形は、一瞬にして土の山と成り果てていた。



 三人が急いで地面に降り立った時には、小山のように積もった土の塊とだだっ広い草原以外、その場には何も見当たらなかった。





 肩に乗っていたはずの黒ローブの人影は、忽然と消え失せていた。






 
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