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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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春の霜

 
 『聖観学園』は福岡県北九州市に存在するOI能力者の育成学校だ。

 全国に九つある聖学校は全て天孫を頂点とし、有事の際にはその教職員等が全て国防軍として天孫の指揮下に入る、とても広い意味で見れば軍の学校だ。しかし実際の所、有事には独自の判断でも迅速に動かなければいけない国防軍とはほぼ別物で、天孫の勅命なくば軍人としての活動は極めて制限されている。生徒は特に軍とは切り離されている。
 思想的にも国防軍とは少し違う人材が多く、いわゆる好戦派はおらず、定期的な人格テストがあったりと色々大変みたいだ。とりあえず就職希望先からは外しておこう。

 ちなみに聖観学校の『観』は、公平公正な視点を持てという初代校長の願いが込められているとパンフレットには書いてある。が、最もユーラシア大陸と近いから大陸側を監視しろという意味だと世間では専らの噂だ。実際、遠見や察知能力の高い鉄脈術を持つ製鉄師を多く輩出しているので嘘と言いづらい部分もある。

 その聖観学校中等部3学年に、エデンとエイジは今年度から入学する。

 エデンはちょっとこじゃれた制服を身にまとって嬉しそうに。
 エイジは長袖長ズボンは当然の事、更に上から分厚いコートを着て。

「そこまで着こまないとダメなの?」
「何となく肌寒い感じがするから……」
「気分かい。おりゃ、目立つから脱げ脱げー!」
「やめてっ、やめてよぉ。僕がずっとこうなの、君はよく知ってるくせに……!」

 引っ張る手から必死でコートを押さえるエイジだが、口元まで覆うがっしりした襟にフードまで被って手袋もしているのは、いくら春先だからとはいえどう考えても行きすぎだ。同じく学校へ向かう学生たちもエイジの異様なまでの厚着に思わず視線を集中させていた。
 しかし、私だって不審者の横にいる人で覚えられたくない。暫くの攻防ののち、うう、と気弱そうな声を漏らしたエイジは襟のボタンをはずしてフードを下げ、やっときちんと顔を晒した。

「これで勘弁してよ、エデン。手袋は教室では外すから」
「んー、まぁ許す!でも貴方、このままだと水泳とかできないわよ?」
「あんな恐ろしい競技に参加するなんて絶対にごめんだよ。ああっ、想像するだけで寒くなる……全部お湯ならいいのに」
「どこにそんなもんがあるのよ!」
「温泉を使えばいいじゃない。ぼく卒業したら沖縄か、そうでないなら温泉がいっぱいある大分に行きたいな。新潟は駄目だ。冬が寒すぎる」
「もー貴方の選考基準ってば……」

 夢のあったか生活を妄想してのほほんとするエイジの病的な寒がりには付ける薬がない。冬の寒がりは特に酷く、そのうち宇宙服でも着ると言い出しかねないくらいの寒がりようだった。エデンが手を握ってやると平気そうにしているのだが、どんな猛暑でも冬着は欠かさない。
 結局、中学でこの変人にまともな友達はあまり出来なかった。口下手、天然、女の子の傍にいると男からは取っつきづらく、女子は子供っぽさが賛否両論。なまじ成績が凄まじいのが悪目立ちしたか、逆に目を離すとタチの悪いのに絡まれる始末だった。
 しかも、私が絡まれると今度は全力で守ろうと抵抗するのだから――放っておけないのだ。

「とにかく、行くよ!入学式は9時からだから、あんまし時間ないの!」
「うん」

 ―― 十数分後、校長の厳めしくも含蓄のあるお話に乗ってきた睡魔に敗北して爆睡するエデンと、そのエデンが倒れてしまわないかハラハラしているエイジは、ものの見事に入学式を全く印象に残らないイベントとしてしまった。

 エデンは遠足の前日にわくわくしすぎて、翌日は眠くなってしまうタイプだった。




 ところで、聖観学園に限らず、聖学校はどこも中高一貫であることもあってか生徒数5000人を軽く超えるマンモス校だ。製鉄師の育成を行うために求められる敷地の広さはその辺の大学をも凌ぎ、聖学園の周辺はもれなく学園都市。中学の時点で細かな学部が存在し、同じ学校の人間でも6年間一切すれ違わず卒業するなんてことも珍しくないそうだ。

 そこに中途入学するに当たり、一つ大きな問題が発生する。

 それが、製鉄師及び魔女の「鉄脈学」だ。

 この教育は一般学校では触り程度しか行っていないが、聖学校はその鉄脈術を将来使う使わないに限らず、一定以上使いこなせるようにしなければならないとしている。それは自衛のためであり、能力の暴走を抑える為でもある。特にペアを組んでいる場合はこの学問を修めるのは必須であり、学習過程で「鉄脈術取扱免許3級」を習得できなければ留年決定だという。

 そう、一年時からコツコツ実技と勉強をしてきた生徒と違い、中途入学した人間は必然的にこの「鉄脈学」の修了過程を通常の2,3倍の速度で終えなければならない。そのため、中途入学する人間は通常の学部とは違う「特組」と呼ばれるクラスに割り振られる。エデンとエイジは二人とも通常学部――普通科のようなものだ――の特組に送られており、通常クラスのある建物から大分離れた場所に向かっていた。

「いやー、それにしても学校内の移動がモノレールとは……わたしモノレール乗るの初めてだよ」

 学校内にステーションとモノレール。そんなものでもないと行き来が不便なのか、それとも魔鉄による技術革新を見せつけたいのか、敷地内モノレールは快速で目的地へと向かう。不気味なほどに静音だ。

「僕は、乗ったことがある気がする。何でだろう」
「消えた記憶の中で乗ったんでしょ?」
「うん。……そうかな」

 外を見つめながらぼそぼそと喋るエイジは、少し元気がなかった。
 どこか虚無感のようなものを感じる無機質な顔。時々彼はこんな顔をする。きっかけはいつも、本人も気付いていない。電車やタクシーではいつも飽きずに外の景色を眺めているのにモノレールでこうなるのは、どうしてなのだろう。他にもこんな風になる事が何度かあったが、原因はいつも曖昧で絞り込めなかった。
 手を横に伸ばし、エイジの掌をそっと包むように握る。エイジはそれを一瞬強く、そして壊れ物を触るように優しく握り直した。こうしていないと、エイジの心がどこか遠ざかってしまう気がする。

「……あったかい」
「そうでしょう。私はあったかい女なの」

 バカみたいな会話だ、と自分で思った。こんな会話、もう100回はしたことがある気がする。
 一緒に乗る生徒からは「そういう関係」にでも見えるのか生暖かい視線を注がれていたが、苦には思わない。エデンは、もしかしたら自分はとんでもないブラコンの類なのかもしれない、と思い、それがどうしてかおかしくてくすりと笑った。



 = =



 記録復元、開始。時系列、現代より150日と4時間前。

 座標、鉄結管理局(ウェルディング)本部。記録内容、会話。


「モノレールの切符ぅ?何でまたそんなもんが?」

「現場に残ったものの一つ、氷室くんのものと思しきリュックサックの中から出てきました。日付がですね、丁度1年前くらいになってます。他にも切符とかパンフとか入ってまして、色々調べてみたところ……どうやら氷室家は1年前に氷野視櫓(ひのみやぐら)山へ旅行に行ったらしいですね」

氷野視櫓(ひのみやぐら)山ぁ?……確か10年くらい前、戦国時代ブームで城の跡があるって注目されて町興ししてた氷野視村の上にある?」

「はい、その氷野視村の上にある」

「ん?待てよ、1年前であの山と言えば、『アレ』が起きた――?」

「やっぱりそれ気になっちゃいますか。俺もこいつは、と思いました」

「……県警に手ぇ回して記録漁るぞ。もし『関わってる』んだとしたら、手掛かりになる。今は一つでも情報が欲しい」

「了解しました。他にもいろいろ情報が上がって来てますんで、ファイルチェックしといてくださいね」


 記録復元、終了。情報を記録しました。

 次の情報復元を開始します。復元完了まで、あと――。
  
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