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【ユア・ブラッド・マイン】~凍てついた夏の記憶~

作者:海戦型
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夏の雪解け

 
 実際のところ、最初から気付いていればよかったと、後になって思う。

 答えは言葉に恐ろしく単純明快で、気付かずとも疑うだけの情報は提示されていた。

 その疑惑に自分で「既知」の判を押して記憶の倉庫に綺麗に保管したのだから、肩が落ちる。

 でも、気付いても気付いていなくても、結局のところ辿り着く場所は同じだったのかもしれない。

 ええと、そう。ヒントを一つ提示するとすれば、である。

 「採掘」を終えた瞬間に私、こと暁エデンの感じた感覚は――。



 = =




 あの日、自分たちで自分たちの発生させた氷に閉じ込められるというハプニングはあったものの、無事に解決して大手を振って家へ帰ったエデンは両親に事の顛末を軽く報告し――ようとしたのだが、あの病室の怪事件のせいでとっくに情報が回って来ていたらしい二人には物凄く心配されたり頭叩かれたり抱きしめられたり呆れられたりした。
 何で頭叩かれたのかは納得がいかないが、とにかく大変だったようだ。

 両親をつれて再び病院に訪れたのは、採掘の余波で部屋を一つ氷で吹っ飛ばしてしまった数日後だった。数日ぶりに出会った彼と少し話したい思いもあったのだが、今回はやめることにした。
 何故なら、目の前の無垢な寝顔を邪魔するには余りにも忍びないからだ。

「おお、口から吐く息が白くない」
「白い訳ないだろう?何を言ってるんだいエデン。いま夏だぞ?」
「いやいや、会った時は白かったんだってパパ。マジで。体温も19度とか言ってたし」
「それ生物的に死んでるから」
「あーもー係員がそう言ってたんだから私に言わないでよママ!」

 実際の彼の様子を知らない外野両親たちが色々口をはさんでも目を覚まさず病室ですぅすぅと寝息を立てる少年――氷室叡治の姿には、あの時のような蝋のような白さや冷たさはない。それでも元々色白なのか、その寝顔は綺麗に見えた。ただ、夏であるのに布団を完全に着込んでいる辺り、もしかして採掘不完全だったんだろうかと不安に思わないでもない。まぁ、布団にくるまって快適ならばそれはそれで一種解決だろう。

「で?叡治くんは元気そうな訳ですが……お見舞い終わり?」
「まだよ。鉄結管理局(ウェルディング)から今後の話と説明があるの。眠くなるかもしれないけど、将来にかかわる話だからしっかり聞きなさいよ?」

 母、笑重花(エリカ)がじとっとした目で叡治を見つめながらどこか不機嫌そうに言う。父、殿十郎(でんじゅうろう)は別段そこまで露骨な態度ではないが、ちらちらと叡治とエデンを交互に見て気が重そうにため息をついたり気もそぞろだ。まぁ、考えてみれば当然かもしれない。いきなり自分たちの娘に碌に知らないパートナーが出てきて、どう付き合えばいいか分からないんだろう。
 私は一度やってしまったことだから、後はなるようになれと思っている。多少自由が制限される事もあるかもしれないが、別に結婚しろとか一緒に軍に入れなんて話にはなっていないのだし。

 父と母は家では優しい両親だが、ひとたび仕事に出ると軍の鬼教官だったりする。若いころから結構な実戦に参加していたらしく、故に世界に於いて大国の庇護を得られ難い日本皇国の未来を憂いて厳しくしていると言っていた。しかし、実際のところは内地で安定して暮らせる環境で子供を育てたいがために出世したんだとは父方のじいちゃんの言である。
 つまり、まぁまぁの親馬鹿なのだ、この人たちは。

 病室の外で案内をしていた役人――OI体質者の調査登録及び管理を一括して行っている鉄結管理局(ウェルディング)の人らしい――の案内で辿り着いたのは、採掘がおこなわれた部屋の横。ここも損害を受けた筈だが、隣の部屋も含めて綺麗に破壊の跡が消えている。
 多分、魔鉄加工技師の開発した「形状再現魔鉄材」を使ったのだろう、と後で父が教えてくれた。使用者の記憶を読み取って組成や形状を変化させ、欠損した部分や変形した部分を元に戻す素材なんだそうだ。ちなみに便利なものには代償が伴うもので、かなり高位の魔鉄加工師でないと作れない故に市場に出回る量が圧倒的に少ない最高級素材だという。金持ってるなぁ、鉄結管理局――などと俗な事を思った。

 辿り着いた部屋には大きな机と椅子が三つ、奥には役人らしき人と、その横に魔女と思しき人がちょこんと座っている。髪の色はかなり鉄の色彩に近い銀。魔女の髪は銀に近い程に魔女として完成しているそうなので、実年齢は母と同じぐらいいってるかもしれない。ただ、魔女の方は書記か秘書みたいな役割なのか、少し脇で書類を用意している。
 二人を見た笑重花は開口一番、嫌味っぽい言い方で二人をなじった。

「出世したわね松谷。あと道明寺も。あんたら鉄結管理局の不手際で娘に前科つきかけた落とし前つけてくれるのよねぇ、この税金泥棒共」
「勘弁してくださいよ暁センパイ……その件は散々謝ったし賠償金の話も承諾したじゃないですか。俺らだってプライベート保護やら火消しで二徹なんすよ?センパイに叩かっれなくても上から下から小突かれ回されて騒ぎが収まらないっていうのに、そういう意地の悪いのはマジで勘弁してください」

 松谷と呼ばれた役人は顔が引きつっており、道明寺と呼ばれた魔女も必死に存在感を消して母に責められぬよう縮こまっている。つまり、同じ学校の先輩後輩という訳なのだろう。気の強い母なので、若かりし日には相当やんちゃをしていたに違いない。父の殿十郎(でんじゅうろう)がどうどう、と鎮めると、母は面白くなさそうに椅子にどっかり座った。父も座り、私も座る。

「……ん、オホン。さて、今回呼んだのは他でもない。国選魔女として採掘を成立させた先輩方のお子さん、暁エデンちゃんと病室の氷室叡治くんのこれからの話です。本来これは当事者双方の保護者を交えてしなければいけない話なんですが――」
「居ないじゃない、もう一人の親は。大した重役出勤ね?自分の子供の一大事に」
「率直に言います。氷室くんの両親が実家に謎の破壊痕を残して失踪しました。警察と我々はこれを事件の線で調査していますが、とんと足取りがつかめていないのが現状です」
「……………失、踪?」

 予想外の言葉に母の目が見開かれる。部屋の空気が凍り付いた。

 数日前――ちょうど採掘が終了したときと同時刻と思われるが、叡治くんが両親と共に住む家が破壊されているという通報があったそうだ。警察が現場に駆け付けた時には既にそこには誰もおらず、明らかに製鉄師クラスの何者かが交戦したような痕跡だけが残されていた。

「監視カメラと目撃情報で洗ってみたんですが、記憶操作系の鉄脈術が広域に使用されていて情報が抹消されています。何者かに拉致されたとも考えましたが犯行声明も身代金要求もなければ当人たちの電話も繋がらず、仕事や旅行、国外に出た形跡も一切ありません」

 淡々と、しかし深刻そうに松谷が状況を説明し、道明寺が横から補足する。

「なお、調査の結果、周辺住民や二人に近しい人物、職場で繋がりのある人物などの記憶の中から氷室くんの両親の情報はごっそり抜け落ちていることが判明しました。朧げに叡治くんを覚えている人はいても、叡治くんの親御さんにまでさかのぼると綺麗さっぱりに。データベース上存在したことは間違いないし、管理局の役人も顔や声は覚えているのですが、捜査は長期化が予想されます」
「あ、ちなみに機密性の高い情報なので分かってるとは思いますが周囲に漏らしちゃダメですよ?……しかし、両親の行方は我々公僕の仕事なので、先輩方の手を煩わせる事はありません。問題は、氷室叡治くんの親権が宙ぶらりんになっている事です」
「氷室家の親族の誰かが継ぐんじゃないの?」
「それが、氷室家の両親はふたりとも天涯孤独の身なんです。最初からというよりは、病死や事故死などでそうなったようですが。つまり氷室叡治くんの親として彼の権利主張を護る筈の人間が、今はいないんです」
「そいつは、余りにも……その、氷室くん本人はどうなのだ?」

 想像を絶する状況に父も口を開いたが、返ってきたのは更に恐ろしい事実だった。

「氷室叡治くんも、両親の事は一切忘れているんです。それどころか彼はいつからなのか、過去の記憶も曖昧にしか覚えていないらしく……AFS発症前に何かあったのかもしれませんが、把握している可能性の最も高い両親がいないのでは……」
「彼、記憶が曖昧なせいか両親のことにも自分の今後の事にも関心が薄いというか、状況を理解するほど理知的な反応は見せるのですが、感情が伴っていないというか……自意識が希薄になっているように見受けられます」
「我々としても困っていまして……大至急彼に親権をとも思うのですが、深度3という彼の才覚が話を拗らせて……」
「ちっ、皇国軍の連中がOB含めて雁首揃えて待ってるって訳?」

 舌打ち混じりの母の確認に松谷が頷く。
 つまり、軍部としては氷室叡治くんの並外れた才能を軍で発揮させたいのだろう。だからあの手この手で養子縁組の候補を次々に擁立してくる。通常ならば親なき子に保護者が現れるのは喜ばしい事だが、はなから才能目当てで集まってきているのだと思うと流石に不快感しか感じない。
 しかも、今の彼は記憶もあいまいで自意識が希薄。言葉通りなら、乗せられるがままに軍人の道を歩みかねない。それはある意味では成功を約束された道なのかもしれないが、当然それにはエデンも巻き込まれるし、何より彼の意志が介在していない。

「最悪、俺とコイツで引き取るって話も出てます」
「子育てとかしたことないけど、このまんまってのはあんまりにも……」
「あれ、お二人って一緒に住んでるんですか?」
「ウチは結婚してるけど夫婦別姓なの、エデンちゃん。ほら、これ」

 道明寺が左手の小指を見せる。魔鉄証、兼、婚約指輪なのだろう。松谷さんも少し恥ずかしそうに左手を上げると、ペアリングになっていることが理解できた。シンプルながらはめ込まれた小さな宝石が輝いている。うちの両親のは仕事柄かなりシンプルなデザインなので、ちょっと見惚れた。
 しかし、そこに待ったをかける人物が一人。

「はぁー?子育てしたことがないペーペー共に子供預ける馬鹿がどこにいんのよ!?しかも中学生の時期の多感なときに!!もういい、ウンザリ!!両親が見つかるまで私が親権を預かります!!」
「――ええっ!?そりゃ俺らとしては助かりますけど……センパイの家ってエデンちゃんも含めてお子さん3人いるんじゃ!?」

 そう、そうである。実は我が家は両親含め5人家族なのである。ちなみにエデンは末っ子である。もう一人なんて面倒見る余裕があるのだろうか。エデンの私見ではもうすぐ自立する兄を度外視しても割といっぱいいっぱいだと思う。父も同じ意見なのか目を剥いているが、その様子は「無理だろ!」ではなく「こいつ本気だ!」というニュアンスが含まれている。

「はい決定ー!暁家では母の決定が至上命令ですので決定ー!もう私の目が黒いうちは利権だ何だと子供の大切さが分からない連中に叡治くんを一切合切近寄らせないんだからね!」
「おい、エリ!駄目だと思うが一応言うぞ、そんな場の勢いで決めていいのか!?」
「アンタこそっ!!あの男の子が今後私たちの知らない所でどこぞの馬の骨とも知れない才能至上主義者のクソ野郎共の玩具にされるかもしれないと!或いはヘッタクソな子育ての所為で灰色の人生を送るかもしれない可能性に目をつぶって家に帰って食べる晩御飯が美味しいと思うの!?私はまったく思わない!!だったら女の度量見せてやるわよッ!!」
「うわぁ」

 父の意見を突っぱねんばかりの剣幕の母を見てエデンは頭を抱えた。
 自分が叡治のパートナーとなる覚悟を決めた時と思考回路が完全に同じである。
 イコール、これは絶対止まらないな……と確信したのであった。
  
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