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戦わない将軍

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第四章

「フランス軍は日に日にロシアに入ってきている」
「はい、勢いはかなりです」
「数は減っていますが」
「それでもです」
「フランス軍は攻めてきています」
「東に向かっています」
「このままではモスクワを奪われる」
 ロシアにとって帝都ペテルブルグと並んで重要なこの街をというのだ。
「そうなっては元も子もない」
「では、ですか」
「将軍に戦う様に言いますか」
「そう言いますか」
「戦って勝たずしてどうする」
 それなくしてというのだ。
「だからだ」
「ではですね」
「将軍に会戦を促しますか」
「戦われることを」
「皇帝として命じる」
 痺れを切らした顔での言葉だった。
「ここはだ」
「フランス軍と戦場で戦え」
「その様にですね」
「手紙を送る」
 こう言ってだ、皇帝はクトゥーゾフに戦わせた。ここに至って彼もようやくナポレオン率いる大陸軍とポロジノで戦ったが。
 その戦いは申し訳程度のものでしかも敗れた、これを見て皇帝は今度はクトゥーゾフ自身を自分の前に呼んで言った。
「ポロジノで敗れた、後はだ」
「はい、最早です」
 クトゥーゾフの方から皇帝に答えた。
「フランス軍がモスクワに来ることは避けられません」
「モスクワに籠城して戦うのか」
「いえ、モスクワを捨てます」
 クトゥーゾフは皇帝に答えた。
「そうします」
「モスクワをか」
「はい、モスクワを一時フランス軍に引き渡すのです」
 こうすると言うのだった。
「そうしましょう」
「待て、モスクワを放棄すればだ」
 それこそとだ、皇帝はクトゥーゾフに何とか己を保ちつつ言った。皇帝たるもの取り乱してはならないという誇りがそうさせた。
「我が国にとってだ」
「いえ、渡すのは街だけです」
「モスクワのか」
「民達は全て避難させます」
 モスクワに住んでいる民達およそ三十万近い彼等をというのだ。
「街から。そして街に火をかけて去ります」
「街にか」
「そうしたうえでフランス軍に渡すのです」
 民がおらず焼かれたモスクワをというのだ。
「そうするのです」
「そこに考えはあるな」
「はい、モスクワを渡しても軍があれば」
 それでというのだ。
「何とでもなります」
「勝てるというのだな」
「そうです、ですからどうかです」
 クトゥーゾフは皇帝に頼む込む様にして言った。
「この策をお許し下さい」
「モスクワをあえて敵に渡してか」
「そうしましょう」
 皇帝は返事をしなかった、そしてだった。 
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