提督はBarにいる。
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聖夜にシャンパンで乾杯を・1
「静かないいノエルね」
「そうか?まぁウチの店は静かにするように言ってあるからな」
他の店や寮の部屋では、今頃どんちゃん騒ぎの真っ最中だろう。今日は12月24日、クリスマスイブ。普段は喧しい位に人が集まるウチの店だが、今日と明日の2日間だけは静かに過ごしたい奴等向けの店として開けている。
「それにしても、日本人は本当にお祭りが好きなのね」
「あん?何でだよ」
「本来、ノエルというのは心穏やかに家族と過ごす物よ?それを友達や恋人なんかとパーティするなんて……神への冒涜だわ」
「まぁまぁ、そう言うなって。同じ場所に住み、同じ釜の飯を食い、同じ目的の為に戦う……俺達は家族みたいはモンさ。なぁ?リシュリュー」
「……それでも、騒がしくするのは間違ってると思うわ」
少し顔を赤らめながら、フランス生まれの超弩級戦艦はグラスに注がれたシャンパンを煽った。
「だいたいねぇ、派手好きで騒ぐの大好きなアメリカの奴等はともかく、ドイツやイタリア、イギリスやロシアの連中まで一緒になって騒いでるのが可笑しいのよ!」
「あいつらもなんだかんだ日本式の生活が長いからなぁ。見た目はともかく、中身はほぼ日本人だろ」
この間なんか、ビス子の奴が俺を訪ねてきた米軍のお偉いさんを見て『うわ、外人だ』って言ってたのを目撃したぞ。お前もドイツ人だろうに。
「それ知ってる、畳化って奴よね。はぁ……馴染むのが悪いとは言わないけど、何となく肩身が狭いわ」
「コマ子は既に馴染んでるしな」
今頃どんちゃん騒ぎの喧騒に巻き込まれている頃だろう。
「私はまだ無理ね。こうして静かに呑んでいる方が良いもの。ハヤシモ、お代わりよ」
「かしこまりました。……お次は何を?」
「そうねぇ、折角のノエルだしシャンパーニュを使ったカクテルをお願いしようかしら」
そういやぁ、リシュリューはシャンパンをシャンパーニュって発音すんだな。まぁ、本家フランスの方じゃあそれが正しい発音らしいが。そんな事を考えている内に、早霜がジューサーで何かを搾っている。
「それ、随分と小さいオレンジね?」
「ふふ、これはオレンジではなくミカンです。日本の冬には欠かせないフルーツですよ」
成る程、『ミモザ』か。本来のレシピだとシャンパンにオレンジジュースを加えてステアして作るカクテルだが、早霜が気を利かせて和風にアレンジしたらしい。搾り立てのミカン果汁をフルート型のシャンパングラスに注ぎ、そこに冷えたシャンパンを注ぐ。シャンパンの炭酸を逃さぬようにゆっくりと、しかし確りとステアして、完成。
《ミモザのレシピ》
・オレンジジュース:60ml
・シャンパン:60ml
「おまたせしました……『ミモザ・ジャパニーズ』です。店長もお味見、いかがですか?」
「おう、貰おうか」
では準備しますね、と俺の分を作り始める早霜。店内にはクリスマスの定番的な曲が流れている。
「これ、日本の歌手の歌よね?」
「あぁ、山〇達郎な。毎年のようにこの時期になると聞いてる気はするんだが、1回くらい聞かないと落ち着かなくてな」
JRのCMに使われた事があるこの曲を聞くと、何となくクリスマスシーズンだなぁと感じるのは俺だけか。
「お待たせしました」
「おぉ、ありがとよ」
早霜が作ってくれた『ミモザ・ジャパニーズ』を口に含む。ミカンの優しい甘さとシャンパンの弾けるような爽やかさが相俟って美味い。飲みやすいし、何より日本の冬を感じさせるのがいい。
「美味いじゃないか」
「……ありがとうございます」
頬を染めて控えめに喜びを表す早霜が、たまらなくかわいい。
「ちょっと?お客の前でイチャつくの、止めて欲しいんだけど」
少しムスッとした顔のリシュリューに、現実に引き戻された感じだ。
「すまんすまん。お詫びに1杯奢るよ」
そう言って俺はソーサー型のシャンパングラスを準備する。縦に細長いフルート型のシャンパングラスではなく、フローズンスタイルのカクテルやソフトドリンクを出す時などによく使われる底が浅めの口が広いグラスだ。そこに角砂糖を1つ。更にアンゴスチュラ・ビターズというリキュールを垂らし、角砂糖に吸わせる。こいつはラムベースのリキュールで、リンドウの根から採った苦み成文をラムに加えて作る。爽やかながら鮮烈な苦みが特徴だ。角砂糖がこれをしっかりと吸ったら、仕上げにシャンパンを適量注いで出来上がり。
「お待たせ、『シャンパン・カクテル』だ」
《シャンパン・カクテルのレシピ》
・角砂糖:1個
・アンゴスチュラ・ビターズ:1dash
・シャンパン:適量
「シンプルなカクテルね」
「100年近く前からあると言われてるレシピだからな。それにこいつはとある映画で有名になったんだ」
その映画とは『カサブランカ』。1942年公開のアメリカ映画だ。その劇中で主演のハンフリー・ボガードがヒロインに贈った1杯だ……後々有名になる台詞と共に。
「へぇ?どんな台詞なのかしら」
俺はニヤリと笑い、グラスを持ち上げる。
「一度くらいは聞いた事あるだろ?『君の瞳に乾杯』って奴。あれはこの映画がきっかけで生まれた、と言われている」
「ふふっ、奥さんが居るのに私を口説いて良いのかしら?色男さん♪」
そう言って微笑むリシュリューと、グラスを軽く打ち鳴らした。
「はぁ……やっぱりノエルのご馳走といえばフォアグラにキャビアよね」
そんな事を呟きながら、フォアグラの乗ったカナッペを肴にシャンパン・カクテルを煽るリシュリュー。シャンパン・カクテルは角砂糖の溶け具合で刻々と味の変わるロングスタイルカクテルだからな。その変化も楽しんで欲しい。それにフォアグラはフレンチを代表する食材だが、昔はクリスマスなんかの特別な日のご馳走だったらしいからな。
「でもなぁ……要するにフォアグラって、脂肪肝だろ?」
「ちょっと?そういう食欲の失せる発言は止めてもらえるかしら」
「だってよぉ、無理矢理餌食わせて肥らせて脂肪を蓄えたガチョウとかアヒルのレバーだろ?フォアグラって」
実際に動物保護の観点から、フォアグラの生産を違法とした国は多い。
「確かにガチョウやアヒルが可哀想って意見は解るわ。無理矢理餌を流し込まれたら苦しいでしょうし。でも仕方が無いじゃない!美味しいんだもの」
「まぁ、そう言うのも人のエゴって奴さ。生産を違法としても輸入はしてる国ばっかだし」
「そうよ!アヒルが可哀想だと言うなら輸入も禁止すべきだわ!」
「お二人とも、少し落ち着かれては?」
そう言って早霜がグラスを2つ差し出してくる。差し出されたグラスには鮮やかな青いカクテルが注がれており、飾り付けに櫛切りのオレンジが映える。
「『ブルー・シャンパン』です。少し味付けの濃いおつまみが多かったですから、スッキリとした味わいのカクテルを選んでみました」
《ブルー・シャンパンのレシピ》
・ブルー・キュラソー:1tsp
・シャンパン:120ml
※作り方※
フルート型のシャンパングラスに、ティースプーン1杯分のブルー・キュラソーを注ぐ。(tspはティースプーンの略)
シャンパンを注ぐ。シャンパンの発泡で中身が自然と混ざる為、ステアは不用。仕上げに櫛切りにしたオレンジをグラスの縁に飾れば完成。
「一口飲んでみて、お好みでオレンジを搾って果汁を足して下さい」
言われた通りに一口含むと、オレンジの爽やかな香りが鼻を抜ける。ブルー・キュラソーはオレンジの皮をアルコールと共に蒸留したリキュールだから、元々オレンジの香りが強い。そこにシャンパンの炭酸が加わって、更に香りが感じやすくなっている。
「どれどれ、オレンジを搾るとどうなるか……」
そこにオレンジの果汁を搾って加えると、香りはもちろん、オレンジの酸味や甘味も加わって味の深みが増す。
「口の中がリセットされたわ!ありがとうハヤシモ」
やれやれ、どうやらリシュリューの機嫌も治ったらしい。
後書き
クリスマスシーズンという事もあり、久しぶりにガッツリお酒な回に仕立ててみました。2018年の更新はこれで最後だと思います(多分ですけど……(^_^;))
去年よりも多く更新するつもりが、半分以下の更新数になってしまい、読者の皆様には大変申し訳なかったです(´;ω;`)
来年こそは!とは思っていますが、どうなるかは未定ですので程々にお付き合いの程をm(_ _)m
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