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銀河英雄伝説~其処に有る危機編

作者:azuraiiru
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第九話 枕カバーを見るのが辛い




帝国暦487年 9月 1日 オーディン  新無憂宮  翠玉(すいぎょく)の間  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「少し真面目な話をしたいんだが良いか?」
フェルナーが小声で話しかけてきた。ミュラーも笑うのを止めている。この二人、偶然一緒になったんじゃないな。相談して此処に来たようだ。つまり俺に会う目的が有った……。
「気を付けろよ、若い貴族達が卿の事を快く思っていない」
「……」
冗談だよね、と言いたかったがフェルナーの表情を見て止めた。フェルナーは深刻そうな表情をしている。

「連中は卿の事を敵視していた。だが例の一件で卿が士官学校の校長になった事で卿は失脚したと思ったんだ。だがイゼルローン、今回の件でそうじゃないと分かった。連中は卿を危険だと考えている」
「ただレポートを提出しているだけだ。偶然それが採用された。気にする事は無いんだが……」
フェルナーが首を横に振った。

「卿には護衛が付いている。憲兵隊と情報部からな。それでも気にする事は無いと?」
「……」
「ギュンターから聞いた。別個にやっているんじゃない、情報部と憲兵隊が協力して卿を警護している。こんな事は有り得ないってな」
溜息が出た。警護だけじゃないんだ、監視も入っている。いや、監視の方がメインだ。でもそんな事はキスリングから聞いているだろうな。ミュラーも心配そうに俺を見ている。

「良いのか、そんな事を言って。卿はブラウンシュバイク公爵家に仕える身だろう」
「公から忠告しろと言われたんだ。公はフレーゲル男爵の件で卿に借りが有るからな」
「そうか、公に感謝していると伝えてくれ」
ブラウンシュバイク公が忠告してきた。かなり危険なのかな? フレーゲルは如何したんだろう? フェザーンに行った筈だが戻ってきたりしないよな。戻るなよ、今度は庇えないぞ。ブラウンシュバイク公が悲しむ事になる。

「俺からも気を付けてくれと言いたい」
今度はミュラーか。嫌な予感がする。
「ローエングラム伯が遠征を計画しその実施を帝国軍三長官、政府に働きかけていた事は知っているな?」
「知っている、思わしくない事もね」
ミュラーが頷いた。ラインハルトは今が反乱軍に痛撃を与えるチャンスだと訴えまくったらしい。だが本心は違うだろう。ラインハルトの性格なら前回の出兵の雪辱を晴らさなければ面子が立たないと考えているのだと思う。負けず嫌いだからな。悪い方向に進まなければ良いんだが……。

「今日、正式に却下された。政府から帝国軍三長官に連絡が有りミュッケンベルガー元帥がローエングラム伯に伝えた」
「……」
「伯はその決定の後ろに卿が居ると考えている」
「馬鹿な、私だって今知った。そんな事は有り得ない」
ミュラーがまた頷いた。

「俺もそう思っているし皆もそう思っている。卿は関係ないってね。だが伯はそう考えていない」
「……」
「卿の事を自分の邪魔ばかりすると敵視している」
暗い表情だ、結構深刻らしい。悪い方向に進んでいるらしい。何でこうなるのか……。頭痛いわ。

「馬鹿馬鹿しい話だ、私が副司令長官になった方が良かったとでも思っているのかな」
ミュラーが肩を竦めた。
「それは無いだろうな。だが周囲はローエングラム伯よりも卿を評価している。面白くないのだろう」
要するに俺の事が気に入らないって事か。ガキにはうんざりだな。

「……教えてくれた事に感謝するよ。もう戻った方が良い、私と一緒に居るのは卿らの為にならない」
二人が“気を付けろよ”と言って離れて行った。それを見届けてからベランダに出た。アベックが数組居る。こんなところでいちゃつくな。俺は少し考えたい事が有るんだ。……中庭に行くか。

ベランダから庭に出ようとすると二人の警備の兵に誰何された。近衛兵だ。どちらも未だ若い。
「ご苦労様です。小官はエーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将です。人に酔ったようです。少し庭で涼みたい」
二人が顔を見合わせている。駄目かな?
「校長閣下でいらっしゃいますか?」
「……そうです」
「失礼しました! どうぞ」
二人がしゃちほこばって敬礼してきた。答礼しながら思う、私は誰? ここは何処?

中庭に出た。満天の星空、月が綺麗だ。此処なら一人で考えられる。問題は帝国で何が起きているのかだ。俺が祝賀会への出席を命じられた事、フリードリヒ四世が俺に言葉を掛けた事、そしてラインハルトの遠征の却下、これらが無関係だとは思えない。いかん、それにカストロプ公の謀殺が加わるな。この四つがどう絡むのか……。

先ずカストロプ公の謀殺だがこいつは平民達の不満を解消するのが目的だろう。捕虜交換、間接税の軽減で平民達の不満は多少解消された。此処でカストロプ公爵家を潰せば効果は大きい。カストロプ公は評判の悪い男だ、潰せば平民達は喜ぶだろうしその財産を接収すれば財政的にもかなりプラスだ。間接税の軽減を年内だけじゃなくもう少し延ばす事も出来るだろう。つまりリヒテンラーデ侯は国内情勢、平民達の不満を危険だと考えていると判断出来る。原作でもそういう記述が有ったから納得は行く。

そして遠征の却下だがリヒテンラーデ侯はラインハルトに簒奪の意志が有ると疑っている。武勲を立てさせるのは危険だと考えているのだ。つまり積極的な外征は望ましくないという事になる。となればリヒテンラーデ侯はラインハルト抑制のためにも内政を優先する事を掲げるだろう。

今回のカストロプ公の謀殺、もしかするとそれの為かもしれない。カストロプはオーディンに近い。そこで反乱が起きる。外征などよりも内政重視だと周囲には言い易い。政府の方針を一変させるにはそれなりの理由が居る。カストロプの反乱はその理由になり得る。足元で反乱が起きる程帝国の統治力は不安定になっている。外に出て行く余裕が何処に有る? というわけだ。誰も否定は出来ない。

リヒテンラーデ侯は内政重視に傾いた。フリードリヒ四世の健康に不安が有る事も一因なのかもしれない。平民の不満を解消し大貴族を抑制し政府の力を強化する事で現状を乗り切ろうとしている。つまりだ、内政重視とラインハルトの抑圧は同じコインの表と裏なのだ。ラインハルトもその辺りの事は薄々感じているだろうな。

となると俺が考えた捕虜交換というのはリヒテンラーデ侯にとっては極めてナイスな発案でありラインハルトにとっては極めて余計な発案だったという事になる。ラインハルトが俺に不快感を抱くのは俺とリヒテンラーデ侯が協力してラインハルトを抑えようとしているように思えるのだろう。的外れとは言えない。俺はただリューネブルクに頼まれたから捕虜交換を提案した。そこにはラインハルト抑圧の意思はない。だがリヒテンラーデ侯がそれを利用する事を考えた。余計な事をする爺だ。

今日の祝賀会への参加、皇帝の呼び出しもその流れで見るべきだろう。多分、フリードリヒ四世はリヒテンラーデ侯に俺を褒めてくれと頼まれたのだ。理由はラインハルトだろう。ラインハルトは熱心に出兵を訴えていたと聞く。だがリヒテンラーデ侯にとってラインハルトは簒奪の為に出征を望む小煩い存在でしかなかった筈だ。

だから出征を却下すると同時に皇帝を使ってラインハルトの前で俺を褒めたのだ。フリードリヒ四世は捕虜交換だけでなく間接税の軽減の事も言った。臣民が喜んでいるとも。つまり内政重視の政策を擁護する発言をしたのだ。リヒテンラーデ侯はラインハルトに対し帝国の政策は内政重視だ、ギャーギャー騒ぐなと言っている。

出征の却下が今日になったのも俺に出席しろと命令がきたのも全部リヒテンラーデ侯の差し金だろう。つまり、あの爺は俺を使って帝国の政策は変わったのだと皆に報せたのだ。自分で言えよ、なんで俺を使うかな。恨まれるのは俺で自分は知らぬ振りか? 性格悪いわ。

次のレポートは如何しようか? 内政面に関わるのは止めよう。純軍事的な物が良いな。でもなあ、適当なのが……。
「エーリッヒ!」
押し殺した声だった。気が付けば目の前にギュンター・キスリングが居た。如何いうわけか溜息が出た。

「何をしている」
あれ、怒ってる? 顔が怖いぞ。出来るだけにこやかに行こう。スマイル、スマイル。
「涼んでた。九月になったとはいえまだ暑いね」
「うろうろ歩きながらか?」
「まあ」
「溜息も吐いていた」
「……暑いんだ、分かるだろう?」
少々苦しい言い訳だな。キスリングはニコリともしない。

「如何して此処に?」
「警護の連中から卿が居なくなったと報告を受けた。それで慌てて探しに来たんだ」
「驚いたな、ここでも警護しているのか?」
「当たり前だ!」
何で俺に当たるかなあ。悪いのは俺じゃないだろう。

「見ろ」
キスリングがベランダの方を指さした。なんか大勢の人が居る。
「あれは?」
「憲兵隊と情報部だ。卿を見失って蒼くなって捜していたんだ。当の本人は溜息を吐きながら中庭をうろうろしているしな」
「……怒っているのか?」
「ああ、ようやく見つけたんだが近衛の連中は彼らが卿に近付くのを許さないんだ。邪魔をするなと言ってな。それで俺が来た」
後で近衛兵に礼を言っておこう。

「……手を振った方が良いかな?」
「好きにしろ」
手を振るとちょっとの間が有って躊躇いがちに手を振ってくれた。良いねえ、こういうのは和むよ。俺達は仲良しだ。近衛兵とは握手だな。スキンシップは大切だ。

「気を付けろ」
「……」
「こういう人混みの方が危ないんだ。一人くらい居なくなっても分からない、攫おうと思えば簡単に出来る」
「私を攫う人間が居ると?」
キスリングが頷いた。
「可能性は有る、上からはそう言われている」
誰が俺を攫うんだ? 門閥貴族? 目的は俺を痛める為? うんざりだな。ラインハルトは……、それは無いな。大丈夫。

「気を付けるよ。そろそろ帰る。送ってくれるだろう?」
「甘えるな」
「いや、相談したい事が有るんだ」
「……」
「内密にね」
「……分かった」
何で溜息を吐くんだ? 俺達は親友だろう?



帝国暦487年 9月 1日 オーディン  新無憂宮  翠玉(すいぎょく)の間  エーレンベルク元帥



報告を受けて皆の元に向かうと司令長官が話しかけてきた。
「見つかったのかな?」
「見つかった、中庭に居たそうだ」
私が答えると司令長官がほっとした様な表情を浮かべた。
「相変わらず人騒がせな男だ」
「本人には悪気が無いから始末が悪い」
統帥本部総長、司令長官がぼやいている。全く同感だ、賛成する。あれは自分が加害者だという意識が無い。自分は被害者だと思っている。

「中庭で何をしていたのだ? 美人と逢引か?」
「うろうろと歩いていたそうだ。溜息を吐きながらな」
私の言葉に統帥本部総長と司令長官が顔を見合わせた。
「嫌な予感がする、私だけかな?」
「いや、私も悪寒がする」
「同感だ」
八月が終わったばかりだというのに首筋が寒い、帝国軍三長官が悪い予感に襲われている。

気のせいだと笑い飛ばす事は出来ない。あの若造が溜息を吐きながら庭を徘徊していた。次のあれにはとんでもない破壊力が有りそうな気がする。シャンパンを一口飲んだが気の抜けたサイダーのような感じがした。最近抜け毛が酷い。あれの所為だ。

私だけではない、統帥本部総長も司令長官も心なし髪の毛が薄くなったような気がする。多分、いやきっとあれの所為だろう。あれの所為に違いない。これが続けば帝国軍三長官は三人とも禿げ頭になるに違いない。帝国軍三長官に就任する事の代償が禿げ頭になる事だと知ったら三長官になりたがる人間は一気に減るだろうな。

朝起きた時に枕カバーに付いている抜け毛を見ると気が滅入る。朝食も美味く無ければ職場へと運ぶ足取りも重い。それでも我々は帝国のために耐えているのだ。それなのにあの馬鹿たれが! レポートを書きたくない? 私が三回溜息を吐いた? それが如何したというのだ。文句が有るのなら髪の毛を返せ! 我らの髪の毛が無くなるのが先か、レポートのネタが無くなるのが先か、勝負と行こうではないか。

視界の端にローエングラム伯が居る。面白くなさそうな表情だ。遠征を却下された事が余程に不満らしい。フン、少しは耐えるという事を覚えろ。最近は根性の無い若造が多過ぎる!

「今は何を?」
司令長官が訊ねてきた。
「官舎に戻ったようだ。護衛付きでな」
「一安心か」
「うむ」
統帥本部総長と司令長官が安堵の表情を見せている。だが一時的なものだ。明日の朝になれば枕カバーを見て暗澹とするに違いない。我らが心の底から安心する日が来るのは何時の事だろう。溜息が出そうだ……。


 
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