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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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12話:兄貴と叔父貴

宇宙歴753年 帝国歴444年 1月上旬
首都星オーディン グリンメルスハウゼン邸
フリードリヒ・フォン・ゴールデンバウム

ルントシュテット伯とザイ坊を乗せた車が門から出ていくのが見える。もう少し話したかった気がするがこれ以上引き留めては晩餐の用意を無駄にする事になろう。
ルントシュテット伯はともかく先代ルントシュテット伯爵夫人とザイ坊は普段は領地におる。折角の家族の団欒の時間を奪うわけにもいかぬ。

あやつとの出会いはなかなか興味深いものだった。世話をかけておる飲み屋街をうろうろしておったら、明らかに場違いな青年2人と子供という3人組を見つけたのだ。
私に言われるのは不本意であろうが、そんな歳で飲み屋街に出入りするのはさすがに感心できぬ。思わず声をかけたが、よくよく聞くと酒造を始めるので飲み屋街を見たかったなどと言いおるし、しまいにはお忍びを貫くために仲間内の呼び名などとたわけた事を話し出した。

『兄貴』か。私には実の弟がおるが、幼き頃より離れて育てられたし、3人兄弟のうち、私だけが平凡だった。そのせいか、実弟クレメンツから信愛を込めて呼ばれたことなどなかったし、次期皇帝は兄か弟と目され、いないも同然の扱いをされておった。

おそらく初めて信愛を込めて私を呼んでくれたのはザイ坊なのだろう。妙に楽しかったし嬉しかった。これでも自他ともに認める放蕩者だ。酒の話ならいくらでもできる。あの時ほど、皇室の秘蔵のワインを隠れて飲んでおいて良かったと思ったことは無い。
それだけにツケの催促が来たときは気まずかった。折角得た信愛を失ってしまうのかと恐ろしかったのだと思う。

ザイ坊は何でもないかのようにツケを支払うと言い、話の続きをせがんでくれた。
翌日グリンメルスハウゼンの所に費えが届けられたがかなり多めに用意されておったらしい。あれから飲み屋街に行くことはあったが現金で支払っておる。
ツケを待ってもらう代わりにではないが、私なりに酒や料理の感想と、もう一味たすならというような話をしたこともあった。だがザイ坊があれだけの高値を払ったのに、気安く助言しては筋が通らぬような気がして控えるようになった。

皇室と門閥貴族の間で交わされる裏に表に多くの含みがあるやりとりは見てきたがこんな貸しの作り方は見たことが無い。大抵は散々さげすんで無視するか、事あるごとに貸しがあることを大声で主張してくるかのどちらかだ。

書状が来たときは、正直態度が豹変しておるのではと不安にもなったが、ザイ坊はそんなそぶりは一切なかった。

その書状は納得のいく容器が出来ないから相談に乗ってくれないかと私に意見を求めるモノであった。幸いザイ坊が多めにくれた費えが残っておったので、皇室の伝手で職人に打診し、数個試作品を送るとすぐに高額な費えとともに100個用意してほしいと打診してきた。自分が価値ある人間だと認めてもらえたような気がした。

いったい誰がろくに知らない放蕩者にポンと300万帝国マルクも渡すだろうか。放蕩者ではない、ちゃんと私には価値があるのだとザイ坊は認めてくれたのだ。
あやつが新しく作った大吟醸とやらも素晴らしかった。自分がこれに携わったのだと思うと誇らしかった。世に出すにあたり先に皇室のお墨付きを得ておきたいというのももっともだし、私なら簡単にできる話だ。

父上が酒を楽しむ頃合いを見計らって試飲を頼めば良いだけだ。数十年寝かしたワインと同等の名酒が大量に献上されるとなればケチな父上の事だ。お墨付きどころか少し煽れば御用達の認可を出した。

小遣いでもせびりに来たと父上は思っておったはずだ。はじめは胡散臭げじゃったが、大吟醸を一口飲むと、手のひらを返したように上機嫌になった。私の味覚は、唯一絶対などとあやつらがあがめ立てる父上にも通用したのだ。放蕩者の面目躍如と言った所か。

今日の話し合い次第でどうなるかわからなかったが、大吟醸。いやレオに今後も関われる事となった。ザイ坊の期待に応えなければならん。しっかり励まねばな。そんなことを考えておると、見送りが終わったのであろう。グリンメルスハウゼンが戻ってきた。

「殿下、ルントシュテット伯とザイ坊の見送りを終えましてございます。しかしザイ坊はいろいろとよく見えておりますな。改めて驚きました。」

「うむ。調査の報告の方はまとまっておるのかな?まあ、後ろ盾になることをお主は止めなんだから問題はないのであろうが。」

「はい。資金の出どころも問題ございませんでした。どうやら祖母のマリア殿から資金を用立ててもらい領地改善を行い、増えた収益の10%をザイ坊がもらう取り決めになっているようです。殿下への資金はザイ坊が稼いだものから出たようですな。」

「あの若さで収益まで上げておるのかさすがじゃな。レオの一件でもさらに収益をあげるじゃろ。大したものじゃ。」

グリンメルスハウゼンに視線を戻すと、何やらまた報告することがあるようだ。

「本日も感じましたが、門閥貴族に対しての言動が気になりましたので念のため確認いたしました。後ろ盾になられる以上、踏まえておかれた方がよろしいかと存じますので、ごちらにお持ちしました。」

というと、一枚の資料を取り出した。中身に目を通したが、確かに踏まえておいた方が良い事が書かれていた。

「先の大戦以来、門閥貴族が軍に入り込んで利権を得ようと画策しておることも、それを防ぐ為に、ルントシュテット伯を含めた軍に近い貴族たちが四苦八苦しておるのは聞いておった。ザイ坊が門閥貴族に含むところがあるのもそのあたりが原因かと思ったが、ほぼ母親に等しい乳母を事故とは言え門閥貴族に殺められておったか。」

「はい。しかも事を公にしない様に圧力までかけております。本人も一時重体だったことも思えば、許すことはありますまい。その門閥貴族は兄君、リヒャルト皇太子の派閥でございますのでこちらに何か含むところはないでしょうが、弟君クレメンツ殿下の派閥も似た様なことをしております。ザイ坊が彼らを一体どんな目で見ているかと思うと・・・。
今回の件も伯爵家の力や、陛下からお褒め頂くことを考えれば多少の介入ははねのける事が出来たはずです。この度の事は、もともとザイ坊は殿下に後ろ盾をお願いすると決めており、ルントシュテット伯をそのように決断させたというのが実情かと存じまする。」

「そうか、兄でも弟でもなく私をザイ坊が選んでくれたか。レイの件は命名の経緯を考えると、かなり思い入れのある事業のはず。それを放蕩者の私に任せるか。取り巻きを集めてやりたい放題している連中なんで眼中にない。兄貴、頼むぜと行動で示している訳だ。人たらしじゃなあ。」

私はそう言いながら笑った。
グリンメルスハウゼンは少し困った表情をしておる。

「ザイ坊と出会わなければツケも払えず、勘当されておっただろう。蔑まれ続けた人生だったが、そんな私に信愛をくれ信頼をくれたのじゃ。グリンメルスハウゼンよ。ザイ坊はまだ6歳じゃ。いずれ無茶もしよう。いざというとき助けてやれるように取引材料を集めておいてくれぬか。」

「かしこまり申した。このグリンメルスハウゼンもザイ坊に叔父貴などと呼ばれ、楽しき時間を過ごさせて頂きました。殿下がそこまでおっしゃるならいざという時にお役に立てるよう手配りしておきましょう。」

済まぬな。グリンメルスハウゼン。私の侍従武官などにならなければ、今少し日の当たる人生を歩めたであろうに。いつか報いることができれば良いが。 
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