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満願成呪の奇夜

作者:海戦型
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第24夜 正答

 
前書き
五行式は基本的には五行思想を基礎としていますが、相剋の性質についてはその限りではありません。触媒の二重についても厳密には少しややこしい部分があります。属性を示す漢字を変えてるのは、そのまんまだと微妙にマヌケだと思ったからです。 

 
 
 まず、馬車が出ていたという話から考える。

 馬車は呪獣に対してあまりいい移動手段とはいえない。呪獣を馬が嫌がって暴走する事があるからだ。つまり馬車が通ったのは朱月が昇ってからの話だ。移動の理由は恐らく仮設砦の物資や人の回収。しかし、それは普通に考えたらだ。

 ステディは馬車の人間を『猿』と呼んだ。これは蔑称ではなく、仇名だ。
 遺失物管理機関『取捨の猿』――呪法教会の内部組織だ。目的は文字通り遺失物管理――呪獣に喰われた呪法師の遺留品捜索から協会が重要視する物品の確保、運搬、そして封印。つまりはもの探し、もの運び、そしてものの管理を担っている。

 この機関は『断罪の鷹』のように決まったルールの維持を行っているものとは少し違い、教会上層部からの命令を受けてから活動を行う。そのため上層部からの信頼は厚く、更に任務の性質上戦闘能力や観察力、予想能力の高さが求められるなど、規模は小さめながら他より少しエリートの多い機関になっている。

 重要なのは、『取捨の猿』はなくしものを探す機関であって怪我人や行方不明者を探すものではないということ。つまり彼らはあそこで何か重要な物を探す命を受け、その途中で偶然トレックとギルティーネを発見したのだ。

 導き出される結論。それは『腕のいい治癒術の使い手は、猿の呪法師ではない』という事。
 彼らの中にも一人は使い手がいたかもしれないが、傷の痕を見るに内臓まで抉られる程の一撃を受けている自分の傷を治癒出来るほどの腕前がいたとは思えない。それに何より、彼らは日が明けてから活動したのだ。日が明けるより遥かに前に致命傷と言える傷を負ったのなら、夜明けにはとっくにお陀仏だ。

 つまり消去法で、ドレッドの傷を治した人物は一人だけ。

 一つ謎なのは『触媒原則』。一般的に、人間の治癒に最適なのは海水または塩水、次点で真水とされているが、彼女は水を持っていないし俺の持つ泥水も治癒触媒としては褒められた効果を発揮できない。しかしそれに関しても、トレックには一つの仮説があった。

 だとすれば、過去に彼女がパートナーの死体の傷を貪っていたと言われる理由にも説明が付く。

 トレックは足早に馬車置き場に歩みを進めた。馬車の多くがなくなっているのは、試験終了が既に告げられて多くの人間が都に帰ったからなのだろう。ふと、何故ステディは残っていたのか疑問に思うが、後に回して目当ての馬車――『断罪の鷹』の罪人護送車を見つけて中に乗り込む。

 中には何度も顔を合わせたあのいけすかない教導師が書類作業をしていた。
 今回は二度も後手に回されない。彼がこちらを見て何か言う前に、先手を打った。

「答え合わせをさせていただきに来た。失礼だが鍵を拝借したい」
「君が寝ていたとはいえとうにタイムリミットは過ぎているが?彼女の吸血癖と加え、決定的だ」
「答え合わせに来た。貴方も知らず間違えている答えを、合わせに来た。だから鍵を渡して!」
「………時間の無駄だと思うがな。もはや好きにするがいい」

 既に、彼の中でのギルティーネは『欠陥品』の烙印を三重に押されているようなものだ。今更一つ覆った所で総合評価は変わらない。では、三つ覆れば?更に一つ、加点が出来ればどうだろう。俺は鍵束から慣れた手つきで牢屋の扉を開け、中に入る。

 そこには三度目となる、痛々しい拘束に縛られた少女がいた。
 何も言わない彼女の顔を覆う鉄仮面を今すぐ外したいという欲求に駆られるが、一度歯を食いしばって別の場所――牢屋の端にあるギルティーネの荷物へと向かう。

 見覚えのある細長いケースはすぐに見つかった。後ろの教導師が怪訝と微かな警戒を抱いているのを気配で感じつつ、箱を開けて剣を取り出す。彼女は軽々しく振り回していたが、思った以上に重い。それを近くに置くと、やっと鉄仮面を外して顔だけを解放する。

 そこに、相も変わらず無表情で美しい少女の顔があった。
 彼女の無機質なまでの蒼緑(ターコイズブルー)の瞳が、まっすぐこちらを見た。

 問答はない。手足の拘束を外すこともない。ただ自分の推論を証明するだけだ。

 トレックはギルティーネの剣を手に取り――己の腕を斬りつけた。

()……ッ!!」
「とち狂ったかね?」
「黙って、見てろ……!!」

 一般的なサーベルより遥かに鋭い彼女の剣の刃は、指先より更に深く、さくりと肉を断った。激痛と出血に耐え、後ろの声に耐え、俺はその傷ついた手をギルティーネの口の前に突き出した。

「ギルティーネさん、この傷を治癒してくれないか?」

 それが、俺の仮説だった。

 ギルティーネはその言葉を聞いた瞬間、拘束された体を精一杯に捻ってトレックの腕の深い傷を艶めかしい舌で舐めとった。血の一滴さえ逃さないように、賢明に。瞬間、彼女の舌から強い呪法の力と『流』の属性の流れが発生した。

 傷が、塞がっていく。

 彼女の舌に舐めとれるたびに、腕の奥の神経と血管が繋がっていく。反比例するようにギルティーネの白い肌には口から零れた血が垂れるが、彼女は気にした様子もなく一心不乱に傷痕を舐めとっていた。やがて1分とかからず、それなりに深かったトレックの手の傷は綺麗さっぱり塞がった。

 後ろを見ると、教導師が少なからず驚愕の表情でこちらを見ている。
 トレックは、俺の勝ちだ、と誇るように笑みを浮かべて、こう言い放った。

「これが彼女の答えです。彼女は世にも珍しい『四行使い』であると同時に、下手をするとこの大陸で最高位の治癒術の使い手だったという事です。ご存知でしたかな?」
「これは――では、これまで傷に口を当てて血を啜っていたのは――」
「啜っていた訳じゃなく、賢明に助けようとしていた、と考えるのが自然ですね」

 これが聞いて呆れる『人喰いドーラット』の正体だ。

 彼女がトレックの傷を舐っていたのは見間違いなどではない。彼女はその口で治癒術を発動させて、必死に傷を塞いでいたのだ。それも、夜明け頃には致命傷だった傷を全て塞ぐほどに強力な力で。
 これまでのパートナーは恐らく今一歩治癒が間に合っていなかったのだろう。しかし、今回トレックは運よく治癒が間に合った。だからこそ気付けたのだ。

 『そもそも、彼女が治癒術を使えるという根本的な事実に』。

 一般的に、属性とは三つ使えるなど稀である。歴史上初の五行使いである自分は別として、四行使いもまた幻と言っていい存在だ。
 不幸な事だがそれ故に、彼女を管理する組織は三行まで確認したところで彼女を三行使いと誤認したのだろう。もとより『流』は扱いが難しいため使い手が限られ、また彼女は言葉を操ることが出来ない。その不幸に加え、パートナーが致命傷を負うという不幸が重なったことで彼女の天才的な才能は他人に観測できなくなっていたのだ。

 もう一つの不幸は、彼女が戦士として強すぎた事だ。戦いにおいて自らが傷を負うことがないしパートナーも基本的には護り切れるために『流』の属性を使う機会に恵まれず、また荷物の事前準備が出来ないから触媒に水を選ぶことさえ出来ない。その不備を訴えることも、彼女の欠落は許さなかった。

「だが、触媒はどこだ!触媒原則なしに治癒は成立しない!」
「彼女の触媒は、彼女自身の唾液と傷を負った者の血液です」
「………馬鹿げている。唾液は微量すぎるし、血液は確かに理論上『流』の触媒にはなるが、同時に『錬』の触媒、二重触媒だ。二重触媒は二属性を同時に発動させれば機能するが、どちらか単体での触媒使用では触媒効果が損なわれる……」
「確かにそうです。しかし、ならば俺の腕がこうもきれいに再生された理由は何だとお思いか」
「つまり、貴様は――こう言いたい訳か。そんな僅かな触媒で術をモノにする程に彼女の治癒は強力なのだ、と」

 認め難いとばかりに、教導師は吐き捨てるように言った。
 彼がそれを口にした以上、もはやそれ以外に理由が見当たらないということだ。

 トレックは思う。彼女はもしかすれば、最初はそこまで『流』の属性を使えていなかったのかもしれない。しかし最初のパートナーを失って、次は死なせたくないと体を鍛えながらも治癒の術を鍛え、それでもまたパートナーを死なせ、それでもまだ死なせたくないと運命に立ち向かったのではないか。

 執念、あるいは慈愛。
 人を死なせたくないという余りにも強すぎる願い。
 それが彼女の治癒術をここまで鍛え上げたのだとしたら。

 彼女はきっと、誰よりも優しく温かい心を持った人間なんだ。

「彼女の価値を見抜けなかった貴方がたに、ギルティーネさんを預けたくない。どうです?俺の方が貴方たちより何倍も、彼女を有効に活用できます。彼女を牢屋に閉じ込めて厳重に鎖で縛るという無駄な手間を、ここいらで省きませんか?」

 彼に情で訴えても意味はない。ただ、利益と事実を突きつける。
 長い沈黙を経て、項垂れる教導師が絞り出した返答は――是、であった。



 ――その後ろで、ギルティーネの瞳から一筋の滴が零れ落ちていた事に気付いたのは、それから暫く後になってからの事だった。


 その涙の意味は、利益追求の為に彼女の所有権を主張する非情な男に目を付けられた悲しみか。或いは、自分を助けるために何とか相手を説き伏せようとするみっともない男に何かを感じたのか。
 トレックには、その答えはいくら考えても分からなかった。
 
 その日のうちに二人はローレンツ大法師に遅れて祝辞を賜り、朱月の都へ向かう馬車に揺られた。隣に無表情な少女を座らせながら、彼女にどう思われようとも朱月の光の届く場所にいさせ続けようと覚悟を決めて――。



 = =



「そこの兄ちゃん!」
「はい?」

 振り返れば、最近評判だという「生魚の料理を出す店」の店員らしきおじさんが、こちらに手招きしていた。昼下がりの都、サンテリア機関の休息日に町に繰り出したトレックはその声に立ち止まる。人の好さそうなおじさんだった。

「お昼がまだなら寄っていかないか?今なら特別特価だよ!」
「そりゃ、構いませんけど。ここ、評判がよくて席の予約取れないんじゃないですか?」
「それがよ、今日のこの時間に予約して若いのが席を一つ取ってたのに、連絡が全然取れねぇんだよ。前金も貰って料理まで用意したのに誰も食べないんじゃ貴重な魚が勿体ないだろ?お値段は300マルンでいいよ!」
「300マルン!?そりゃちょっと安売りしすぎじゃ……でもまぁ、いいか。ちなみに量はどれぐらい?」
「3人前だ。食べられるだけでいいよ」
「ああ、いえ。3人前なら多分なんとか………ギルティーネさん、魚が食べられるなら着いてきてよ」
「ん?……ああ、なんだ二人いたのか!兄ちゃんが陰になって見えなかったよ!」

 トレックは、すまんすまん、と軽く謝る店員のおじさんに会釈して、店の中に入っていった。
 どこまでも無表情な少女の手を、優しく引きながら。
  
 

 
後書き
これにて第一章終了です。
敢えて謎をいろいろと残しましたが……説明する日が来るのかなぁ。

マルン=大陸の共通通貨。大体1マルン2円くらい。
もう忘れちゃった人のために言うと、この魚の店で予約していたのは第8夜に登場した3人組です。 
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