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エイハブ船長の恋

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第一章

                エイハブ船長の恋
 片足の恨み、そのことを忘れたことはない。
 エイハブ船長は丘にいる時も常に見ていた、そのうえで常にうわごとの様に恨みに満ちた声で言っていた。
「あの海にいるのだ」
「モディーディッグがですね」
「あの鯨が」
「そうだ、必ずだ」
 周り、彼の船の船員達にも話していた。
「あいつはわしが探し出してだ」
「そしてですね」
「ご自身の手で」
「倒す」
 まさに自身の手でというのだ。
「そうする、わしの一生はその為にある」
「モディーディッグを倒す」
「その為にですか」
「じゃあ他のことは」
「一切ですか」
「ない」
 言い切った、それもはっきりと。
「あいつを倒せれば死んでもいい」
「もう思い残ることはない」
「一生ですか」
「もうないですか」
「そこまで言われますか」
「この足を失ってから思っていることだ」
 右足を見る、膝から少し下は木の棒になっている。普通にある国は不自由だがもう慣れている。船にはこの足の為の穴も所々にある。
「わしの一生はそこにある」
「もう死んでもいいんですね」
「モビィーディッグさえ倒せれば」
「もうそれで」
「一切構うことはないですか」
「後には何もない、だがそれでいい」
 やはり海を見据えつつ言うのだった。
「わしはな、だから次の航海でもだ」
「モビィーディッグを探し」
「そして見付けた時はですか」
「ご自身が銛を持って戦われ」
「倒されますか」
「あいつのことはわかっている」
 憎んであり余る片足の仇だけあってだ、寝ても覚めても相手のことばかりを考えているからだった。
「何処に出るか、その息も大きさもな」
「そして探されて」
「出会ったその時は」
「ご自身で」
「倒してやる」
 こう言うばかりだった、とかく彼はモビィーディッグのことばかり考え彼を倒すことに一生を見出していた。
 しかしある日のことだ、港の居酒屋で酒を飲んでいる時にだ。
 ふとだ、店の親父にこんなことを言われた。
「ちょっと助けてくれないか」
「何だ」
「いや、今大変なことになってるんだよ」
 親父はカウンターで一人飲むエイハブに話した、髭がなく髪は癖があり厳めしい顔立ちをしている彼に。
「これがな」
「一体どうしたんだ」
「今うちの娘が絡まれてな」
 そしてというのだ。
「困ってるんだよ」
「そういえばいないな」
 その娘がとだ、船長もここで気付いた。
「いつも店で働いているのにな」
「ああ、店の裏で揉めてるんだよ」
「親父さんが包丁持って行けばいいだろ」
「そうもいかないさ、相手はこの辺りでも評判の悪いゴロツキ共でな」
「親父さんでも相手にならないか」
「ここは頼めるか?船長さんここじゃ一番偉いだろ」
「そんなつもりはないがな」
 古参の船長として名前が知られている、港は言うまでもなく船乗りの世界でその中で古い船長となると強い力を持っているのだ。 
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