天動説
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第一章
天動説
林羅山は朱子学者として名を馳せていた、その為幕府に召し抱えられ幕府の学問の最高の役職である大学頭にも任じられた。
彼はこのことに喜んだが学問は続けていた。幕府に召し抱えられ大学頭に任じられても学問に励み続けた。
その彼にだ、幕府の若い旗本が彼の屋敷を訪れた時に尋ねた。
「先生は位人臣を極められしかもほ高齢でありますが」
「はい、身に余る光栄です」
羅山は旗本に謹厳だが謙虚な態度で答えた。
「位のことも長寿のことも」
「そうでありますか」
「そしてこれからもです」
「学ばれていかれますか」
「儒学も他の学問も」
他の学問にもだ、羅山の学問は及んでいるとその皺が目立つ細い顔で若い旗本に話した。
「学んでおります」
「儒学だけではなく」
「朱子学を主としていますが」
朱子学者だけあってだ。
「しかしそれだけでは視野が狭くなりますので」
「それでなのですか」
「諸子百家、神仏の書も読んでおります」
「先生は仏教は」
「好きではありませぬが」
羅山の仏教嫌いは幕府でも有名である、神道は好きでありよく褒めているがこちらはそうではないことは若い旗本も知っている。
「しかしです」
「学ばれてきましたか」
「儒学も明学も」
つまり陽明学もというのだ。
「学んでおります」
「そうですな、そして西洋の学問も」
「そのお話をされますか」
ここでだ、羅山は微笑んだ。そのうえで若い旗本に自らが煎れた茶を差し出してそのうえでさらに話した。
「若き頃の話ですな」
「それがしはその時まだ生まれていますが」
「思えばそれだけ昔ですか」
「はい、南蛮の伴天連の者が地動説を言ってましたな」
「あれは間違っております」
地動説についてだ、羅山ははっきりと答えた。
「この地が動いておるのではなくです」
「天の方がですな」
「動いております、それは何故かといいますと」
羅山は旗本に自身の学問から成っている天動説を述べた。そうして旗本に対してあらためて話したのだった。
「ですからあの者にです」
「言ったのですか」
「そして勝ちました、あの者は本朝の者でしたが」
「伴天連ではなかったのですか」
「そうでした、本朝の者で私に敗れて」
その論争にだ。
「切支丹への信仰を捨てました」
「そうでしたか」
「はい、思えば若き日のこと」
羅山はその時のことを思い出しつつ笑って話した。
「あれから切支丹は禁じられ島原でも戦があり」
「切支丹はなくなりましたな」
「よきことです、そして今もです」
「学問を続けられていますか」
「南蛮、海の外のことも」
その若き日の論戦の時の様にというのだ。
「阿蘭陀の者から聞いておりまする」
「そちらもですか」
「そうしておりまする」
「左様ですか、先生こそはまことの学究ですな」
旗本は老いても尚学び続けている羅山に感嘆の声を贈った。
「若き日から今まで古今東西を学ばれておるとは」
「それが私の道なので」
「そうされておりまするか」
「そうなのです」
「道だからですか、しかし」
ここでだ、旗本はふと羅山の若き日の論争のことで再び彼に尋ねた。
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