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23部分:エリザベートの記憶その一


エリザベートの記憶その一

               エリザベートの記憶 
 第四帝国は皇帝により治めされてきた。だがそれはかなり緩やかな統治でありその下には多くの王達もまた存在していた。帝国はその拡張の過程で自分達に従う者達を厚遇してきたからである。
 チューリンゲン星系にあるリスト王家もその中の一つであった。この王家は帝国建国からある名門の一つであり皇室とも縁の深い帝国においては極めて毛並みのよい家として知られていた。その所有する星系も豊かであり彼等は非常に恵まれた立場にあった。
 このリスト王家に昔から仕える家としてオフターディンゲン家があった。公爵の爵位を持ち王家の腹心、いや第一の友人として長い間共にあった。そのオフターディンゲン家の現在の当主がタンホイザー=フォン=オフターディンゲンであった。
 青灰色の目を持つ彫刻の様に整った顔立ちの美男子である。見事な金髪を後ろに撫で付け、そのスラリとした長身はよく引き締まっていた。ネクタイと灰色の丈の長い軍服を着ている。これはチューリンゲンの軍において元帥のものであることを象徴するものであった。彼はこの他にも帝国軍において大将の階級を持ち極めて高い位にあった。また軍人として、そして政治家としても優秀であり今のリスト王からも深い信頼を受けていた。
 この時のリスト王ヘルマンはまだ少年であった。父の逝去に伴い今の位に就いた。利発だがまだ子供であり政治のことには疎かった。その為タンホイザーが実際の政治を見ていたのである。
「公爵」
 王はいつも彼をこう呼んでいた。その日の夕食は王と彼の二人で採っていた。
「何でしょうか、陛下」
 タンホイザーは気品のある動作で豪勢な食事を採りながら王に顔を向けた。
「皇帝陛下が亡くなられてからどの位経つか」
「そうですね」
 彼はフォークとナイフを操る腕を止めてその問いに答えた。彼等の周りは多くの武官や従者達が控えている。王家の者もいればオフターディンゲン家の者もいた。だがその数は王家の方が多い。ここに両者の関係がはっきりと出ていた。
「もう一年になりますか」
「あれからそんなに経つのか」
「はい。その間チューリンゲンは平穏でしたが」
「それに心を緩ませてはいけないな」
 少年はその黒い目を彼に向けてこう述べた。よく見れば中性的な美しい顔立ちである。黒い髪は豊かで光を跳ね返している。成長すればきっと銀河に名を知られる美男子となるであろう。タンホイザーは内心そう考えていた。
「左様です」
 そして彼は王の言葉に頷いた。
「クリングゾル=フォン=ニーベルングが今銀河を掌握せんとしているのは紛れもない事実です」
「うむ」
「まずは彼とその軍に備えなければ。その為には」
「今は我慢の時じゃな」
「はい」
 そして彼は王の言葉にまた頷いたのであった。
「やがて時が来ます。私の見たところあのニーベルングという男は実際には持っている兵の数は然程多くはありません」
「そうなのか」
「はい。どうやら一部の集団か組織を中心としている様なのです」
 これは当たっていた。タンホイザーの視点の鋭さの証明の一つでもあった。
「それが何なのかまではまだわかってはいませんが」
「多いと思っていたが」
「そう見えるように工夫をしているのでしょう。むしろ警戒するべきはその兵器です」
「ファフナーだな。バイロイトを破壊したという」
「あれをどうにかできれば違うと思うのですが」
「公爵でも無理なのか」
「今は。申し訳ありません」
「よい。公爵でもできることとできぬことがあるからな」
「はい」
 彼は王の言葉に慰められた。まだ幼いと言ってもよい歳ながらそうした細かい労わりもできる王であった。彼にはそれが嬉しかった。
「できることだけでよい。できぬことは他の者に任せよ」
「有り難い御言葉。ですが」
「余がもう少し歳をとっていればな」
 王は申し訳なさそうに言った。
「公爵にも苦労をかけずに済んだのに」
「いえ、帝国の滅亡は致し方のないこと」
 タンホイザーはそんな王に対して言葉を返した。
「ニーベルングのことは誰も予想ができませんでした故」
「そのニーベルングのことだが」
「はい」
 話はクリングゾル=フォン=ニーベルングに移っていった。
 
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