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リング

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144部分:ヴァルハラの玉座その二十五


ヴァルハラの玉座その二十五

「ムッ!?」
 これはジークフリートもタンホイザーも、そしてクリングゾルも予想していなかった。思いも寄らぬことであった。
 光はヴェーヌスを撃っていた。その身体が忽ちのうちに紅に染まる。
「ヴェーヌス!」
 タンホイザーはその妻の姿を見て叫ぶ。クリングゾルの様子にも狼狽が見てとれる。そしてその狼狽が変化を呼び起こした。
「クリングゾル様」
 身体を貸していたクンドリーが彼に語り掛けてきたのだ。彼女自身の声で。
「何だ」
 それに対してクリングゾルは彼の声で返してきた。だが口はクンドリーの口が使われていた。
「ここは。下がられるべきかと」
「何故だ!?」
 クリングゾルは彼女に問う。
「戦局もありますがこの二人相手では私の身体は」
「しかしヴェーヌスは」
 どうやらヴェーヌスは彼にとっては離せぬものであるらしい。それがよくわかる言葉であった。
「ですが」
 しかしクンドリーは言った。
「ここは」
「だが」
 それでもクリングゾルは引き下がろうとはしない。
「ヴェーヌスは私の」
「ですが作られた命です」
「わかっているが」
「!?」
 ジークフリートはその言葉に妙なものを感じていた。
「どういうことだ、作られたとは」
「また作れば」
「・・・・・・わかった」
 彼も遂にそれに頷いた。そして姿を消そうとする。
「待て!」
 それを見たジークフリートとタンホイザーは追おうとする。だが彼の方が動きは速かった。
「甘い」
 壁に背をぶつけ、そこにあったボタンを押す。後ろから開いた扉の中にそのままの姿勢で入っていく。こうして彼は姿を消してしまったのであった。
「逃げたか」
 ジークフリートはそれを見て苦いものを顔に浮かべ呟いた。
「逃げ足も。速いというのか」
「ヴェーヌス」
 ヴェーヌスは既に離されていた。床の上に横たわる彼女にタンホイザーが向かっていた。
「ヴェーヌス!」
「私は」 
 彼女は彼に語りはじめていた。その腕の中に抱かれている。
「私は造られた命でした」
「人造生命だったのか」
「はい。クリングゾル=フォン=ニーベルングにより造られた」
 今にも消え入りそうな声で語る。
「彼の妻となる為に造り出されたのです。側にいる為に」
「何故御前を造る必要があったのだ」
 タンホイザーは問う。
「妻なぞ。幾らでもいるだろうに」
「私でなければならなかったのです」
「何故だ?」
「それは彼が。人と交わることができないから」
「人と?」
「はい」
 彼女は答えた。
「つまりあの男は男であって男でないのか」
 ジークフリートはそれを聞いて言った。
「男ではない。まさか」
「そうだ、わかるな」
 それ以上は言おうとはしなかった。だがそれだけで充分わかった。
「だから私を。妻にする為に造り出したのです」
「そうだったのか」
「しかし私はあの男のところから去りました。もう一人の私の声に従い」
「もう一人の私!?」
「はい。それは・・・・・・」
 だがここで言葉が途切れた。
「ヴェーヌス!」
「公爵様、ラインゴールドへ」
 彼女は最後の力を振り絞って言った。
「ラインゴールドへ」
「はい。そこで貴方を待っておられる方が。その方に御会いして」
 顔がさらに白くなった。それが彼女が間も無く死ぬということを何よりも雄弁に物語っていた。
 
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