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儚き想い、されど永遠の想い

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478部分:第三十七話 桜を前にしてその十二


第三十七話 桜を前にしてその十二

「間も無くですね」
「はい、もうすぐです」
「桜が咲きます」
 こうだ。真理からいってきたのである。
「明日でしょうか。それは」
「そうですね。明後日になるかと」
「そうですか。明後日ですか」
 そう聞いてだ。真理は。
 微笑みのままでだ。義正に言った。
「では明後日にはです」
「起き上がられますか」
「はい、しかしそれまでの間は」
「何をされますか?明後日までは」
「少し。眠っていいでしょうか」
 こう夫に言ったのである。
「少しの間だけですが」
「御休みになられますか」
「その明後日は大切な日になりますので」
 だからだというのである。
「ですから。それまではです」
「休まれてそうして」
「明後日は三人で」
「桜を見ますか」
「その為に。今は」
 休むというのである。
「そうして宜しいでしょうか」
「はい。それでは私はそれまでここにいます」
 真理のだ。傍にだというのだ。
「ゆっくりと休まれて下さい」
「そうさせてもらいます」
 こうしてだった。真理は静かに目を閉じた。しかしだ。
 それから彼女は目を覚まさなかった。次の日にはだ。
 ずっと眠っていた。起きることはない。その彼女を見てだ。
 看護婦がだ。怪訝な顔で医師に告げた。肉体の死が間も無くだからだ。彼等は屋敷に来て詰めているのだ。
 その彼女がだ。医師に言った言葉はというと。
「あの、まさかこのまま」
「御臨終をだね」
「迎えられるのでしょうか」
 こうだ。心配する顔で医師に問うたのである。
「もう。何時そうなってもですし」
「いや、大丈夫だよ」
「それはまだですか」
「明日までは大丈夫だよ」
 義正と同じくだ。医師も確信していた。
 それ故にだ。こうその看護婦に答えたのである。
「明日まではね」
「ですがもうお身体は」
「いけるよ。それも」
「本当にですか?御身体はもう」
「駄目だっていうんだね」
「今にでも」
 去りそうだとだ。看護婦は言う。
「それでもなのですか」
「そう。心が死んでいないから」
「心がですか」
「そう。例え身体が駄目でも心が大丈夫なら」
 医師も二人を見てわかったことだ。そのことをだ。
 看護婦にだ。静かに言ったのである。
 それでだ。看護婦も聞いた。しかしだ。
 彼女はまだそのことを信じられずにだ。怪訝な顔で医師に問うたのだ。またしても。
「そうなのでしょうか」
「わからないかな。君にはまだ」
「人は必ず死にます」
 その職業からだ。わかったことを彼女は話すのだった。
「その身体が限界に来ればです」
「そしてあの人はもう限界だね」
「はい、それではです」
「とても生きられないというのだね」
「そう思うのですが」
「けれどそれがわかるよ」
 微笑みだ。彼は看護婦に言った。
「そのこともね」
「わかるんですか」
「そう。わかるから」
 今の真理を見てだというのだ。
「これからね」
「これからですか」
「そう。わかるから」
「そうなのでしょうか」
「考えるより見ることだよ」
 これが医師が今彼女に言うことだった。
「そう。見ることだよ」
「あの患者さんをですか」
「いや、御二人をだよ」
「奥様だけではないのですか」
「そう。御主人も見るんだ」
 義正もだというのだ。彼もだとだ。
「わかったね。それじゃあね」
「それでわかるのなら」
 そうするとだ。看護婦もだ。
 静かに頷いた。それを見てだ。
 医師はだ。優しい微笑みをそのままにまた話すのだった。
「すぐにわかるからね」
「心が生きていればですか」
「身体の限界を超えられるんだ。それに」
「それにですね」
「心がどういったものかもね」
 そうしたことがわかると話してだった。医師は二人を見ていた。そしてだ。
 真理は今は眠り続けていた。起きる気配はない。しかし桜が咲くその時はだ。刻一刻として続いていたのである。


第三十七話   完


                 2011・12・14
 
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