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儚き想い、されど永遠の想い

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474部分:第三十七話 桜を前にしてその八


第三十七話 桜を前にしてその八

「それで気付けばです」
「虫歯にですか」
「ははは、医者の不養生ですね」
「そうなりますか」
「虫歯も病気の一つですから」
 だからだ。そうなるというのだ。
「ですから。この場合もです」
「医者の不養生ですか」
「そうです。ですから今は遠慮させてもらいます」
 またこう言う医師だった。
「非常に残念ですが」
「では紅茶は」
 医師の事情を聞いてだ。上城はもう一つのことを話した。
「そちらは如何でしょうか」
「砂糖を入れない紅茶ですね」
「それなら宜しいですね」
 微笑み医師に勧めるのだった。誰もが紅茶には砂糖を入れるという先入観があるが義正はここでだ。あえて砂糖を入れない紅茶を医師に対して勧めたのである。
 その話を聞いてだ。医師はというと。
 純粋な笑顔になりだ。こう言ったのである。
「有り難うございます。それでは」
「虫歯は砂糖からなりますからね」
「そうです。糖分がよくないのです」
「ですから砂糖の入っていない紅茶です」
 義正が今言うのはこれだった。
「これなら何の問題もない筈です」
「そうですね。しかし砂糖の入っていない紅茶ですか」
 医師はその紅茶についてだ。怪訝な顔で義正に返した。
「思えばそうした紅茶は」
「飲まれたことがないですか」
「これまでなかったです」
 まさにそうだというのだ。
「紅茶といえば砂糖を入れるものだと思っていました」
「私も最近までそうでした」
「八条さんもですか」
「はい。ですが砂糖を入れない紅茶というものもです」
「いいものですか」
「紅茶本来の味を楽しめます」
 微笑みだ。医師に話す。
「それもまたいいものです」
「紅茶本来の味ですか」
「珈琲の場合も同じです」
「珈琲もまた砂糖を入れますからね」
「入れないと確かに甘さはなくなりますが」
「それでもですね」
「本来の味を楽しめます」
 珈琲も然りだというのだ。
「それもまたいいものですから」
「そういえば私達は麦茶や抹茶には」
「砂糖を入れませんね」
「それと同じですね」
「そうなりますね。本当に」
「ではです」
 医師も微笑みだ。義正の言葉に応えて。
 そのうえで彼の申し出を受けて本来の味のままの紅茶を楽しむのだった。それはそれで見事な味だった。
 医師とそうした本来の紅茶を楽しんでからだ。義正はだ。
 真理にもその紅茶を出した。そうしてだ。
 真理は寝たままその紅茶を飲みだ。こう言ったのである。
「美味しいですね」
「そう思われますか」
「はい。ですが」
「ですが?」
「残念ですが味がわからなくなってきています」
 そうなっているというのだ。病が進み。
「そのことが残念です」
「そうなのですか」
「はい。ですが」
 話を聞き悲しい顔になった義正にだ。真理はすぐにだった。
 微笑みだ。こう言ったのである。
「舌ではそうです。しかしです」
「しかしなのですね」
「心で味わっていますので」
 舌だけで味わうのではない、そうだというのだ。
 
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