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三日月とミカヅキ

作者:里雪怜菜
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序章

 かの大戦の記憶を有しながら、人間の少女—艦娘としてこの世界に生を受けてしばらくたった。睦月姉さんの言っていた通り、ここでの思い出が増えるにつれて昔の、睦月型駆逐艦十番艦三日月だった頃の記憶はだんだん靄がかかったように思い出しにくくなっていった。
 そのことが良い事なのか悪いことなのかはまだわからない。司令官は時間が経つにつれ記憶は薄れるものだし、新しい思い出ができれば古い思い出は薄れていくのが普通だと言っていた。私達艦娘が普通の少女なのかは置いといて、この現象は普通の事なんだと思う。
 それでも、決して忘れられない記憶、忘れてはいけない記憶というものもある。自分の、睦月型駆逐艦十番艦三日月としての最後。そして・・・
「夕暮ちゃん・・・」
 夢でうなされた時は必ずと言って良いほど見る。私を・・・私の乗員を救おうとしたがために沈んでいった私の最後の僚艦・・・
「睦月姉さん達とも、鳳翔さんとも瑞鳳さんともここでもう一度会うことができました。夕暮ちゃんとも・・・もう一度会えるのでしょうか・・・」
 目の前に広がるこの海を、深海棲艦から取り返した暁にはもう一度会えるのだろうか。でも、もう一度会えたとしても・・・
「ん?三日月じゃん」
「ひゃぁっ!?」
 不意に肩を持たれたせいか、変な声が漏れてしまう。
「・・・あ、川内先輩。」
 慌てて一礼しようとするが、手で軽く制される。
「そういう堅苦しい事は良いからさ。あと、何度も言ってるけど先輩もいらないからね。」
 そう言うと、私の横に座り、同じように夜の海を眺める。
「三日月、もしかしてさ・・・
(まさかさっきの独り言を聞かれていた!?そうでなかったとしてもこんな時間に海を眺めてたわけですし、また過去のことを色々考えていたとか思われた—って現にその通りなんですけど、あ・・・いえ。でもこの場合未来のことを考えていたわけでもありますし。あ、でもやっぱり後ろ向きなことを思っていたわけですし・・・)
「あ・・・えっと・・・その・・・」
 考えがまとまらず、しどろもどろになる私に、川内先輩は満面の笑みで
「やっぱり、夜戦したいな~って思ってたんでしょ。」
 と告げた。
「はい。すみませ・・・ん?ってええええ!?」
「うんうん。今日みたいな月明かりもあまりなく、少し霧がかかっているような日は絶好の夜戦日和だよね。」
「あの・・・その・・・」
「うんうん。こういう日に限って夜間出撃も夜間演習もないなんて全くだよ。提督は全くわかってない。三日月もそう思うよね。」
(と合意を求められましても全くわかりません。っていうか夜戦日和って何ですか?)
「そう・・・思います。」
「だよね・・・これは個人的にでも夜間演習をすべきだよね。」
「そうですね・・・」
「よし、三日月。今から夜戦演習を始めましょう。」
「はい!・・・・はい?」
 あれ?今もしかしてとんでもないことを了承してしまったような気がする。
「やっせん~♪やっせん~♪」
 川内さんはスキップでも始めそうな勢いで演習場へと向かう。了承してしまった以上、仕方なくその後に続く。
(そう言えば、川内さんってこういう人でしたっけ・・・)
「三日月さぁ」
 川内先輩が突如振り返る。失礼なことを考えていたのがばれたのかと一瞬焦る—が、
「下手な考え休みに似たり、だよ。色々思うことはあると思うけどさ、そういうことは体を動かして吹き飛ばせば良いんだよ。」
 とだけ言うと、またやっせん~♪やっせん~♪と再びうれしそうに演習場に向かう。
「下手な考え休むに似たり・・・ですか。」
 確かに、こういう時は夜戦演習も良いのかもしれない・・・そう思った。

「と、なんで私は思ってしまったのでしょう」
「「ん?なんか言った~?」」
「なんでもありません。」
 川内さんに無線で答えると、今度は音を拾われないように気をつけてため息をつく。
 確かに川内さんは「夜戦演習」と言っていた。でも、普通こういう自主的な訓練の場合は航行訓練や索敵の訓練で、少なくとも練習弾を用いた訓練は行わない。しかも・・・
「何でよりによって魚雷を使用した模擬戦なんですか・・・」
「「ん?なんか言った~?」」
 油断していたらまた独り言をマイクが中途半端に拾ったらしい。
「なんでもありません」
 急いで返答しながら拾ってきた魚雷を魚雷発射管に再装填する。
 そう。魚雷は一本一本が貴重で、例え演習用だとしても撃った魚雷はきちんと回収しないといけなく、だからこそ魚雷発射訓練の際は的にできる限り当てようとするため雷撃の腕がより向上するといわれている。
 しかも、今やっているのは的に当てる訓練ではなく、模擬戦。魚雷はほとんど当たることがないため、いつも以上に探し回ることになる。
 私達の艦隊は、司令官が知り合いの神職関係者に頼んで、演習用魚雷発射管に演魚雷の場所が撃った本人表示されるような特殊な術式が組み込まれている—とはいえ、川内さん曰く「演習日和」な月明かりの少ない夜では魚雷を海中からひきあげるだけでも大変な作業になる。
 そして、もうこれで模擬戦四戦目である・・・。
「川内さん、用意できました。」
 何か言うだけ体力の無駄だとわかっているので素直に用意ができたことを伝え、開始の合図を待つ。
「「よし・・・じゃぁ、夜偵が合図を送るからそれにあわせ・・・ちょっと待って!」」
 突如、川内さんの声が険しくなる。
「「三日月、聞こえる?」」
「はい、聞こます。」
「「私の夜間偵察機が敵影らしきものを発見した。霧が濃くて詳しいことは確認できないみたい。」」
「どうしますか?」
「「演習装備で敵と対峙するわけにも行かない。でも、もしも民間船だった場合・・・
「見過ごすことはできませんね。」
・・・そう。だから、私はここで待機しておく。三日月はすぐに鎮守府に戻って増援と私の艤装を持ってきて。」」
「了解です。」
 急いで羅針盤を確認して鎮守府の方向を・・・・
「え!?」
「「どうした!?」」
「あ・・・その、羅針盤の針が回り続けてるので鎮守府の方向がわかりません・・・」
「「ちっ・・・私のもそうみたい。」」
「一旦そちらに合流しますね。」
 そう言うと、川内先輩の元に向かう。その間に、再び羅針盤を確認するが、針は依然として回り続けている。
 確かに、この羅針盤は艦娘特殊仕様で、必ず正しい方向を指すわけではない。だが、鎮守府への道だけは必ずいつも寸分狂わず指し示していた。
「あ、川内さん」
 艤装灯を頼りに川内さんと合流する。
「三日月。いやぁ・・・まいったねえ。ここまで霧が濃くなると夜偵でも索敵は困難だし・・・一か八か敵影がいた方に向かってみる?」
「でも・・・私達演習装備ですよ。」
「もしかしたら味方かも知れないでしょ。しかもこの状態、もしかしたら夜偵が見つけたやつに関わりがあるかも知れない。」
「でも・・・」
「大丈夫大丈夫。なんたって夜戦だよ!」
「・・・まさか、川内さん。夜戦がしたいだけなんですか・・・
「レッツゴー!!」
 そう言うと、川内先輩は濃い霧の中に向かって進んでいく。
「あーもう・・・了解です。」
 特に他の打開案が浮かぶわけでもないので、仕方なく川内さんに続いて濃い霧の中へと一歩踏み出した・・・。
 
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