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同期の務め

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第一章

                同期の務め
 戦局は悪化する一方だった、新聞やラジオの言っていることは読んで聞いていても誰もが日本の敗北が近いことはわかっていた。
 それでだ、熊本の基地にいる河原崎正晴大尉も士官学校の同期である結城茂三郎に対してこの日深刻な顔で言っていた。
「この場所で貴様だから言えるが」
「同期のよしみでか」
「そうだ、だから言うが」
 夜に士官の当直室で話していた、窓の外は静まり返り戦争が行われているとはとりあえずは思わせないものだった。
「もう日本はな」
「敗北が近いな」
「時間の問題だな」
「全くだ、帝都も他の街も空襲を受けている」
 結城はカイゼル髭を生やした顔で応えた、鋭い目をしていて眉は太い。河原崎は面長で髭はないが彫がありしっかりとした顔立ちだ。二人共軍人らしく鍛えられた身体をしており動きも口調もキビキビとしている。
「そして沖縄ではだ」
「死闘が行われているというな」
「本土決戦まで叫ばれている」
「それではだな」
「もうだ」
「我が国の敗北は近いな」
「そうとしか思えない」
 それこそというのだ。
「最早な」
「問題はそれが何時かだ」
「本土決戦を行うか」
「それだが若しその時が来ればな」
「共に最後の最後まで戦おうぞ」
「そして靖国で会おう」
 二人でこうした話をしていた、覚悟をしていた。
 だが本土決戦はなかった、八月十五日正午の玉音放送を以て戦争は終わった。日本の敗戦によって。
 その放送の後でだ、河原崎はまた結城に話をした。その話はというと。
「これからどうする」
「どうするか、か」
「そうだ、貴様はどうする」
 こう彼に問うのだった。
「一体」
「まだ戦うとでも言うのか」
「いや、陛下が言われた」
 河原崎は言葉で首を横に振って応えた。
「貴様も確かに聞いたな」
「うむ、耐え難きを耐えてだな」
「そうだ、負けたのだ」
 河原崎は必死に心を奮い立たせて結城に言った、あの放送を聞いた多くの者が泣き放心状態になっていて彼もそうなりそうだったが自分で自分を支えていた。
「我々はな」
「ではそれを受け入れてか」
「戦うべきではない」
「そうすべきか」
「俺はそう考えている、だが」
「だが、か」
「俺は今あることを考えている」
 結城のその目を見てだ、河原崎は言った。
「実はな」
「まさかと思うが」
「そうだ、敗れた。敗れたのは我々が至らなかったからだ」
「その責を取ってか」
「陛下、同じ帝国臣民、お国の全てに申し訳が立たぬ」
「だからか」
「腹を切ってな」
 そうしてというのだ。
「詫びようと思っているが」
「そして死してか」
「負けた者がそうなるのは憚れるが」
 それでもとだ、河原崎は結城にさらに話した。
「靖国に入りだ」
「そしてだな」
「俺も護国の鬼となりだ」
 そのうえでというのだ。
「皇国を護ろうと思う」
「そうなのか」
「幸い俺は妻がいない」
 そして子供もだ。
「親はいるが兄貴が面倒を見てくれている」
「だからだな」
「憂いはない」
 例え死んでもというのだ。 
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