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友達の絆

作者:南 秀憲
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友達の絆<全>

 
前書き
 あなたは、この怪異に耐えられるだろうか? 

 
 
 フランス MONCLER製で、高級素材を使ったプレミアム・ダウンウェアで最高級とされるグレイグースを用いているダウンジャケットと、生後初めて刈り取ったアルパカの毛で作った刈り取りは生涯で三 ~四回程に過ぎない高級品質ベビー・アルパカのセーターを脱いで、脇に抱えなければならないくらい、陰鬱に満ち溢れた森を抜ける上り坂はとても急峻である。
アメフトで鍛えた私でさえ、低く暗雲立ち込める一面の重々しく薄暗い空から、吐きだされる粉雪が舞い散る真冬にもかかわらず、汗だくでハアハアと息を切らし、今にも心臓がピークに達しようかと思えるのに、「地元の人々は、どのようにして登るのかな?」という疑問に囚われる。
というのも、お年寄りの割合が非常に高く、各家庭には、ほとんど単車や車等ないからだ。
自転車では、どんなに健脚を誇る競輪選手でさえ、登り切るのは困難だろう。
「やはり、そうすると、村人は徒歩で登るのだろうか? 」
いわゆる過疎になりかけている小さな村に、年老いた両親と祖母が住んで居るからと言って、一人っ子で心優しい友は、こんなにも不便極る所に住んで、車で片道二時間ほど費やして、兵庫県姫路市内にある皮革製品メーカーの課長席に就いて、仕事をこなすために毎日せっせと通っているのは、私には到底真似できない孝行者だと、今更ながら大いに感心する。

ぼんやり見えていた、輪郭の判然としないぶよぶよしていた太陽も、地平線に隠れようとする時間帯に「どうして、徒歩で悪戦苦闘して坂を登っているのか? 」って。
フォードグループが、経営不振でインドのタタ・モーターズに約二十三億ドルで買収されたとはいえ、イギリス王室御用達であり、高級車ではXJがブレアー前首相公用車に選ばれ、エリザベス二世女王、エジンバラ公、チャールズ皇太子御用達指定車で、私の愛車である、アルミボデーで軽量化したブリティッシュレーシンググリーンが素敵なジャガーXJが、故障したためだ。
まだ、新車に近いほどしか走行していないにもかかわらず、電気系統のトラブル、多分、コンピューターの異常だと考えられるが、坂の上り口で運悪くエンストしてしまったからだ。

アメ車に乗っていた時は、電動式トランク、ドアーミラー等の電気系統のトラブルに悩まされた。更に悪いことに、修理代は日本車の三~四倍が相場だ。
随分前だったが、ベンツSL5のエアコンが利かなくなったので、馴染みである車工場社長に直接診ていただいた。
最初は単純なガス漏れかと思い、小さな穴なら埋められる特殊な液体と五本の冷却ガスを、注入したがガス漏れは治らなかったのだ。仕方なく、その日は代車のBMWで事務所に帰った。
運転席、助手席の前のダッシュボードも、下の部品も、全て外して修理したため、七十万近くの請求書が、数日後に私が経営している弁護士事務所に届いた時は、少々、面食らった。
外車は、日本車と比較すると、故障の度合いが圧倒的に多く、何かにつけ高くつくオモチャだ。

さて、私は更にピッチを上げて、もう既に漆黒となっていた坂道を登りきると、残りの道は楽な平坦な道路にさしかかった。
トランクに常時載せている、釣り道具入れから持ってきた夜釣り用LEDヘッドライトで前方を照らして、マラソン選手以上のスピードで突っ走った。
正に、私のスタミナは「超人的」である。
一時間も経たない頃には、急な山を背にして、寒そうに身を寄せ合うようにしてひっそりと佇んでいる十九の家々が、もう間近に迫ってきている。
友人に携帯電話をかけたが、「圏外」と表示されている。こんな場所では当然だろう。
木製電柱のほとんどは朽ちて倒れており、電線はぶら下がり、切れているのも散見される。
「こんな田舎でもライフラインは、地中に埋設しているのかなー?」と訝った。
役所(あるいは、役場)が、年度の予算を消化するためか、または、地元建設業者が長年に渡って要求にした結果のいずれか,あるいは、その両方だろう。 
あれこれと詮索しているうちに、早くも目的の村落に着いた。

神戸市立王子動物園北の自宅から、神戸市役所南にある京橋インターチエンジで阪神高速道路三号神戸線に乗り、須磨から第二神明道路西端、明石西インターチエンジで国道2号線加古川バイパスへと走り、有難い事に、今では無料になっている姫路バイパスから北進し、播但有料道路神埼南ランプで降り、1時間半ほど山道を北西に走れば友の家に到着する。
渋滞の程度にも大きく左右されたが,約二~三時間要して大学時代からの友の家に九回ほど行き、心からの接待を皆さんから受けて泊らせていただいた家は、もうすぐそこに見える。
最後に訪ねてから九年経過していたが、全然、昔と変わらない友と年老いた両親と祖母四人を目の当たりにした瞬間,なぜか、首から背筋に大きな氷塊を入れられたように、頭から足の先まで、ガタガタと震えだした。
全身に鳥肌が立ち、おぞましい激しい吐き気を催したので、挨拶も簡単にし、一目散にトイレに駈け込んだ。トイレ(と言うより昔懐かしい厠)の中で「皆が、ほとんど齢を重ねているようには見えないのは、何故だろう?」と微かな疑念が頭脳を過る。

ちょうど夕食前であったのであろう。
ジュー、ジュー、パチ、パチ、パチ、パチと、少し水分を含んだ薪が弾ける音がして、暖かそうな囲炉裏には、持ち手が欠けた大きな土鍋に、色とりどりの具が入った雑炊が、グツ、グツ、グツ、グツと音を立てて煮えていて、私の腹はグーと鳴り、思わず、涎がポタ、ポタ、ポタ、ポタと限りなく落ち、板間には小さな池ができた。
つい先程まで、胃がムカツク気持ち悪さは、どこかに飛んで行ってしまった。
「さあ、たくさん召しあがってください」と母親が、少し欠けている大きなドンブリ鉢に、なみなみと入れてくれた右手には、どこでも良く見かける大きな蛾が、四匹止まっていたが、私は無理に知らぬ顔をして,様々な色の雑炊をまるで餓鬼のように、ガツ、ガツ、ガツ、ガツと音を発てて、貪り食い、お代りを四度もお願いしたほど、相変わらず、素晴らしく美味な昔懐かしい味だ。
今まで、色々な店で、シェフ自慢の料理を味わい、妻が丹精を込めたにせよ、何時間もかけ、高級な食材をふんだんに使用して「あなた素晴らしい料理が出来たわ」と差しだされて「うん。最高の味だよ」と本心から褒めた料理でさえ、到底足元に追いつかない味だ。

ずっと下を向いてドンブリ鉢だけに集中していたため、食欲は満たされた。が、皆は、いまだにドンブリ鉢になみなみと雑炊を入れ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ、と四つに割れている真っ青な舌を器用に使い、箸を使わずに食べている。その光景を私は観察しながら、奇怪だと思わず、大いに感心をした。
私も、似たような食べ方をしていたのだろうか?
「地酒の美味しいのが、やっと手に入ったので、どうかご賞味して下さい」と言って、お父さんが、それぞれ模様が異なり、欠けてわずかに泥がついた湯呑をだしてきた。
そこで、我ら四人で早速宴会を催すことにした。
これもヒビだらけで、あちこち欠けている特大の器には、多くのミミズが美味しそうに蠢き回り、またもや涎がでた。昔話に花を咲かせているうち、肝臓機能が、最近、低下してきたのか、昔より酒が早く回り、私は睡魔に襲われた。
ぼんやりと話を聞きながら、記憶の底近くに埋没させていた、意識と無意識とが拮抗しあう場所に、ユラ、ユラ、ユラ、ユラと漂いながら揺れ動く、意識とも無意識とも判別できないある記憶の群れが、突然、脳裏で息を吹き返した。
そう、全く、突然に!

あれは、今から九年前の六月、既に記録的な大雨を約一週間、間断なく降らせ続けた梅雨前線に、台風本体の雨雲に含まれる太平洋上の湿気が、巨大な雨雲を発生させて雨台風となった。
地元では観測史上最高の一時間に百二十ミリを超す大雨を、止むことなく降った。
ほとんど台風の直撃を受けたことがない、この急峻な山に背を向けて寄り添うように纏って建っていた家々を、水を大量に含んだ山の土砂と木々が襲いかかった。
役場はじめ、自衛隊員、付近に住んでいる人々、他市からわざわざ駆けつけたボランティアの人達が、二次災害と闘いながら、懸命に重機、スコップなどを使って多量の土砂を取り除いたにもかかわらず、村民全員が遺体で収容されたのだ。
だとすると、この友を含む四人は、一体どうなっているのだろう?

微かに消えゆく記憶の世界で、四月二十九日、私達夫婦は、子供がいない気軽さから、ゴールデンウイークを利用して、阪神高速道路が混む前に、朝早く自宅マンションを例のジャガーで出発し、一路東京を目指したことを、映像として思いだした。 
二人とも、学年は異なるが、東京で同じ大学を卒業しており、これから向かう場所は良く知っていたので、気軽にハンドル捌きをし、養老の坂を二百九十キロ位で飛ばし、平均では二百キロ近くで走っていた。
岐阜の手前で、既に朝の渋滞が始まっていた。が、妻ともども浮き浮きした気分で旅の楽しみについて話をしていて、ほとんど妻にだけに視線を向けていたため、ハザードランプに気づいた時は、もう手遅れだった。
ブレーキを踏んだか踏まないかの状態で、大型トレーラーに激突し、更に後続の荷物を満載した四トン車に追突され、車は押し潰されたらしい。
二人とも即死で、苦しさに苛まれることなく霊界の住人になったらしい。 

これらのことは、皆さんには遠い、一般にあの世と呼ばれている所から発信している。
切れ切れになった記憶を、霊感の強い、私の全く知らない人の身体を借りて、書き記した。
間違いがあれば、全て私の責任だが、今となっては、私には何の責任もとれない状態である。

南無阿弥陀仏、どなたか多少とも霊感がある方が、マッチョでイケメンの私を、心の底から信じて呼んで下されば,あるいは、お目にかかれるかもしれません。      
私だけでなく友達とも。
更に、彼の愛する家族や、背後に群がる大勢の村人達にも。
ケケケケ・・・・・・。

                  -完―
 
 

 
後書き

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