遊女
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第一章
遊女
彼は探していた。吉原だけでなく江戸中を巡って。
一人の女を捜していた。だがだった。
「見つからぬか」
「うむ」
同じ門下生の蘭学医にだ。こう言うのだった。
「まだのう。何処におるのか」
「吉原に売られたのは確かじゃ」
医師もこう彼に言う。
「あのならず者が金の為に売ったのはな」
「それはわかっておる。全く引き取った姉の娘を遊郭になぞ売るとは」
そのことについてだ。彼は苦々しい顔で言う。
「ならず者にも程がある」
「全くじゃ。確かに長英先生はお尋ね者だったが」
蛮社の獄で捕まり伝馬町から火事の時に牢破りをしてあちこちを逃げていた。そうした意味で彼は確かにお尋ね者だった。
彼が奉行所に捕まる時に死んでからだ。彼の妻子は妻の弟に引き取られたがその弟がとんでもないならず者だったのだ。
金の為に自分の姪、長英の娘を吉原に売ったのだ。それでだった。
弟子達はその彼女を必死に捜した。だが、だったのだ。
彼、長英を師として慕っていた彼はだ。暗澹たる顔でこう同門だった医師に言ったのである。
「駄目じゃ。見つからぬ」
「どうしてもか」
「吉原だけではないと思ってじゃ」
「吉原から買い取られて外に出ることもあるからのう」
「うむ、それもあるからじゃ」
それでだ。江戸中を捜し回っているのだ。だが、だった。
「それでもじゃ」
「手掛かりもなしか」
「奉行所も捜してくれるというが」
だが、だった。奉行所も。
「奉行所はお尋ね者は捜すのは得意じゃがな」
「そうでない者ははのう」
「中々見つけられぬ」
それが奉行所だというのだ。
「奉行所もな」
「ましてや吉原はな」
「あそこは迷路じゃ」
今も最もいる可能性が高いだ。その町はだというのだ。
「多くの店があり花魁で賑わっておるわ」
「そして客でな」
「しかもおるのは花魁と客だけではないわ」
それで済まないのが遊郭なのだ。遊郭にいるのは。
「店の者にやり手婆に太鼓持ちにな」
「笛や琴を鳴らす者もおるわ」
「女も花魁だけではない」
それ以外の人間もいるのが遊郭なのだ。女も客の相手をする者だけではなくだ。その他のことをする女も大勢いるのだ。
それでだ。彼は言うのだった。
「何処の店で何をしておるのか」
「わからぬか」
「わからぬ」
とにかくだ。全くだというのだ。
「手掛かり一つなく。女を一人一人見てもじゃ」
「先生の娘さんのお顔もな」
「一応人相書きは持っておるが」
だがそれでもだった。それは。
「しかし。人の顔は代わるしのう」
「しかも花魁なら白粉を塗るからのう」
「顔がわからん」
何処までも白く塗って素顔がわからないまでに白くするのが花魁だ。それでだった。
顔もわからない。しかもだった。
「花魁はすぐに替わる」
「うむ、まさにすぐにな」
腕を組みだ。医師もその通りだと蘭学者の彼に言う。
「知っておろう。花魁はじゃ」
「瘡毒じゃな」
「それですぐに死ぬ。江戸腫れや労咳にかかることも多い」
花魁は一見華やかだ。しかしだったのだ。
そうした病から離れることがない世界なのだ。酒を多く飲む為それで身体を崩して死ぬことも多い。だからなのだ。
「花魁はすぐに替わるぞ」
「それでは」
「生きておるのか」
このことも懸念されだした。医師の顔が暗くなっている。
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