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ナニイロセカイ

作者:猫丸
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*裏切りの世界  

キーンコーンカーンコーン。

今日もまた一つ授業が終わりました。授業が終わった事を、退屈な一時間目が終わった事を、教えてくれるチャイムが鳴りました。

「じゃあ出した宿題をちゃんとやってくるのよ」

はーい。と、打ち合わせでもしたかのように同時に言われた、クラスメイトのみんなの声。
さっきあったのは担任の先生の授業国語でした。
幼い頃から一人だったわたしは必然的に暇つぶしに本を読むようになっていました。
園児や小学生の頃は一日一冊くらいのペースで読んでいたなあ。本が沢山ある図書室のような場所で一人何時間でもこもって絵本や青い鳥文庫の本や赤川次郎先生や怪談レストランなんかを良く好んで読んでいました。懐かしいな。

中学生になった今では周りの友達の影響で漫画やアニメにも興味を持ち始めそっちばかり読んだり見たりするようになってしまって、小説は国語の教科書くらいでしか読まなくなってしまいました。

でも国語の教科書を読むこと自体は悪い事じゃないと思うんです。
だって一応教科書だから予習復習みたいなことが出来ると思う、それに学校で休み時間とかに読もうと思って持って来た本はもれなく盗まれるから。合計何冊盗まれたんだっけ? 悲しい気持ちになるので途中から数えるのをやめました。

その点教科書はいいです。盗まれる心配なんてないですもの。だってみんな同じ物を持っているのだから。
たまに忘れたから貸してと言われて貸したら二度と帰っては来なかったという事もありますけど。合計何冊カリパクされたんだっけ? 悲しい気持ちになるので途中から数えるのをやめました。

とにかく本を読むのが好きなわたし。
休みの日になると同じく本好きのお母さんと一緒にBOOKOFFに行っておもしろそうな漫画とついでに小説との出会いがないか探して回ったりしています。
本との出会いは一期一会。
古本屋さんだとその時を逃してしまうともう次に来た時にはない、もしくはさらにお手頃価格であったりするので見極めが難しいです。でもギャンブルをしているみたいでおもしろいです。

家の中が家族の趣味の物がいっぱいでごちゃごちゃしてるのはちょっと……ですけどね。掃除しなきゃな……と年末いつも思うのになかなか綺麗にならないお部屋。

基本休み時間は机の上に俯せになってわたしだけの静寂の世界へとダイブするのですが、前の授業が国語だった時とかは机の上に出してある教科書を開き物語の世界へとダイブしています。
わたしの世界は真っ暗でなにもない世界だけど、本の世界にはいろんな人が居て、いろんな動物が居て、いろんな生き物が居て、いろんな世界が存在しているんです。本の数だけ無数に。

物語の世界だとわたしはなんにだってなれます。悪の魔王にだって、その魔王を倒す正義の勇者だって、隣の家に住んでいる可愛い幼馴染だって、ケモ耳の妖怪にだって、植物や昆虫やスライム、なんにだってなれるんです。本の数だけ無数に。

さあ行きましょう。いざ物語の世界へと。

「―――ちゃん」

いつも嫌な意味でタイミンクがいいじゅっちゃんのご登場です。
開いた教科書を引っ張り上げ没収されてしまいました。ああ、わたしの物語の世界へダイブするための鍵が奪われてしまいました。

わたしの目の前で仁王立ちして嬉々として話しかける旧友のじゅっちゃん。今でも親友のじゅっちゃん。
まだ入ったばかりで慣れないクラス、わたしもじゅっちゃんもまだ友達と呼べるような存在をクラスの中に作れていません。だからじゅっちゃんは毎日休み時間になるとわたしに話しかけます。
毎回グループ分けになるとわたしのところにやってきます。ありがとう、本当はぼっちの悲しい子なのにそうじゃない、ちゃんと友達がいる普通の一般人だよってカモフラージュをしてくれて。

まるでそれが当たり前であるかのようにじゅっちゃんはわたしの前に現れます。

休み時間になると決まって現れるじゅっちゃんのことを鬱陶しいと感じることもありますが、わたしにはそれを邪険にできるほど気も強くないので、いつも即興のぎこちのない作り笑顔で答えぎこちのない聞いていて何が楽しいのか分からない会話をして、一方的に喋り続けるじゅっちゃんの話に頷うなずき続けます。気持ちが悪い作り笑顔をキープしたまま気持ちの悪い相づちをするんです。

キーンコーンカーンコーン。

また一つ休み時間が終わりを告げました。わたしの憩いの時間も終わりを告げました。
今日は物語の世界へダイブしようと思っていたのにできなかったな。

「鳴っちゃった。じゃあまた次の休み時間でねっ」

満面の笑みで手を振り自分の席へ戻っていくじゅっちゃんを生暖かい視線で見送ります。顔は気色の悪い作り笑顔のまま手を振って。

この退屈な時間は、日々はいつまで続くのかなと重いため息が出ました。
でもこの時間はそう長くは続きませんでした。だってあのじゅっちゃんですよ?

あの日から二週間たったある日の朝のことでした。

「でさ~」
「うんうんっ」
「本当!?」

朝学校へ登校してくると、いつもは遅刻ギリギリにやって来るじゅっちゃんが楽しそうにクラスの女の子達と話している姿がありました。知らない子なので小学生は別々だった子達です。

そうかクラスに友達が出来たんだねじゅっちゃん。良かった、楽しそうに笑う彼女の笑顔を見ているとわたしまで嬉しい気持ちになってきます。

わたしも友達を作らないとな。だってじゅっちゃんという諸刃もろはの剣つるぎがいなくなってしまったら、わたしにはこのコンクリートジャングルというダンジョンで戦う武器がありません。素手で野獣モンスターと戦うことになってしまいます。それはあまりよろしくない状況だと思います。

非常によろしくない状況だと思われます。
なのでまずは友達の友達から。
友達の輪を広げようとわたしの中に存在するかさえ分からない、”勇気"と言う物を振り絞ってじゅっちゃん達に話しかけてみました。おはようって裏返った声で。

「………」

ぇ。

「あーー!! おはよーー!!」

じゅっちゃんはわたしの横を素通りして教室に入って来た友達Bの元へ駆け寄って行って抱き合い楽しそうに話しています。
納得。
わたしの心が判断した結論。それはなっとく。漢字二文字。ひらがな四文字。
なんでわたし忘れていたんだろう。初めて会った時から彼女はそうゆう女の子だったじゃない。

お家はそこそこお金持ちでいろいろ恵まれているのに欲しがりさん。わたしが持っている物を全て奪い取っていく小悪魔さん。
わたしがじゅっちゃんのことを最初旧友と呼んだのもその理由あって。とても大切な物を奪われ傷だらけされそして捨てられたから。

小悪魔のじゅっちゃん。彼女にとって嘘をつくのは呼吸するのと同義語。裏切るのだってそう。
お馬鹿でお人好しのわたしはこうなると分かっているのに、いつもじゅっちゃんに無償の供与をしてしまうの。
そして用済みになったら捨てられる。使い捨ての駒。

こうしてわたしはクラスで完全なるぼっちとなりました。絶海の孤島に取り残された可哀想な人となってしまいました。
まあそうなることはこの中学校に転校してきたあの日から分かっていたことですけどね。

それでもやっぱり現実は辛いものがあります。
ぐっと堪えたから目からは涙は流れてはいないと思う。誰もそのことでは騒いでいないから。

そっと自分の席へ荷物を置き、窓の方へ歩き、窓の外に広がる晴天の空を呆然と眺めて

ああ――どうか神様仏様先生様、わたしに気持ちの整理をする時間を下さいな。

誰にも聞かれないように心の中で祈ってみたけど、そんなの何にも効果なんてありませんでした。
もうパンドラの箱は開けてしまったんです。もう開けてしまった箱を閉じることは出来ないんです。

今日も退屈と言う名の地獄はじわじわとわたしの心を蝕んでいきます。

勇者はいつになったらお役御免になれるのでしょう。
悪の魔王を倒したら? でも倒しても実はそいつは四天王のパシリだとか、裏ボスの使いっぱしりだとか、散々な事を言われて第二第三の魔王が現れるんです。
勇者はいつになったらお役御免になって平凡で何もない退屈な日常を送れるのでしょう。

いつになったらわたしはお役御免となってこの世界から解放されるのでしょうか?

 
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