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昔ならばいいのか

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第一章

                  昔ならばいいのか
 歯科医師である矢作健は今悩んでいた。何について悩んでいるかというと。
 歯の治療法だ。それについてだ。
 助手である稲葉剛にだ。こう言うのだった。
「僕はね。今考えているんだよ」 
 重厚な面持ちでの言葉だった。大学病院の歯科の部屋での言葉だ。今は患者がいないのでそれで稲葉に対して語ったのである。
「今の治療法についてね。勿論歯のだよ」
「現代の治療には問題がありますか」
「そう。歯は命だよ」
 よく言われることをだ。矢作は口にした。
「歯が悪いと健康全体に悪影響を及ぼす。だからね」
「今の歯科技術では限界がありますか」
「そう思うよ。最近も患者さんが多いね」
「確かに忙しいですね」
 稲葉は真剣な顔で答えた。額がやや広く温和な感じだが何処か骨ばっている。頬は痩せていて目は少し前に出ている。その顔での言葉だ。
「虫歯が特に」
「お菓子の食べ過ぎかな」
「みたいですね」
「それで抜くところまでいく人が多いけれど」
「問題は抜き方ですか」
「そう。歯を抜くことは難しいんだよ」
 矢作はまるで目ばりをしているかの様に濃い目で述べた。見ればその顔は映画俳優の様に整っている。五十代半ばという年齢がそこに重厚さを加えている。
 その風格のある顔でだ。彼は稲葉に言うのだった。
「下手に抜けば化膿したりするしね」
「そうですよね。しかも抜かれる方も」
「麻酔はしているけれどね」
「怖いですよね」
 痛みはないがそれでもだった。
「やっぱり」
「そう。だからいい抜き方とかないかな」
「難しいですね」
 稲葉は腕を組んで答えた。
「その辺りは」
「そう思うか」
「はい。とりあえず僕調べてみます」
「僕もそうするよ」
 自分でも調べるとだ。矢作は言った。
「とにかく今歯を抜くところまでいってる人が多いからね」
「それに対してですね」
「うん、歯の抜き方を調べてみよう」
「そうしますか」
 こう二人で話してだ。それからだった。
 矢作も稲葉も歯の抜き方、剣呑だが歯科医にとっては欠かせないことに対しての研究をはじめた。二人はその中である雑誌に気付いた。
 その雑誌は所謂極左と言われる人達の雑誌であり発刊者はとかく問題を起こした元新聞記者である。ある虐殺の話を何の検証もなしに新聞に載せたとして悪名高い。
 その雑誌の特徴はとにかく反文明的、反企業、反資本主義だった。それはまさに宗教にまでなっていて二人は異様な雑誌だと思っていた。反科学的でもあるからだ。
 その雑誌をたまたま見てだ。稲葉は思わず言葉を失った。
 それでだ。矢作に買ってきたその雑誌を見せてだ。開口一番こう言った。
「どう思われますか」
「君はこの雑誌は嫌いじゃなかったのか?」
 二人は今大学病院の喫茶店にいる。病院の中にある施設らしく真っ白だ。その真っ白な中でだ。
 矢作は稲葉の目を見てだ。こう言った。二人の前にはそれぞれコーヒーがある。白い喫茶店の中にそこだけ黒いものがありコントラストになっていた。
 そのコントラストの中でだ。矢作は稲葉にまずこう言ったのである。
「僕と同じで」
「ええ。その通りです」
「だったら何故この雑誌を僕に持って来たんだい?」
「この特集記事ですけれど」
 稲葉は言いながら表紙のある書き込みを指差した。そこに書いてあるのは。
「歯の磨き方ですけれど」
「うん、あるね」
 矢作も応える。正しい歯の磨き方と書いてあってそこには番号も振ってある。もう十三とある。 
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